努力しているやつは幸せになっていいじゃないか
話を区切ったが銀次が、ため息をついてグラウンドを見る。タオルを被るその表情はソラからは見えない。
「……そうなんだ。それで銀次は野球を止めたんだね」
才能という名の壁にぶち当たり、心が折れた者はソラも見てきた。しかも、銀次の相棒はケガをしてもうその道は潰えたのだろう。だから銀次は、責任を感じて野球を辞めて……。
「その時は止めたわけじゃねぇよ。やり方を変えただけだ」
タオルを首にかけ直した銀次はソラに笑いかける。話の内容と噛み合わないその表情にソラはポカンと口を開けてしまう。
「え、えと、じゃあ、銀次一人で野球を続けたの?」
「あー、どう説明したもんか……ちょっと待ってろ」
ベンチから離れた銀次は自分の鞄を持って来る。中からスマホを取り出して操作し、画面をソラに見せた。そこには、ユニフォームを来た色黒の男子がボールを持って親指を立てていた。
「強豪野球部の私立高校だ。一年でレギュラー取ったってよ」
「えぇ! これって、相棒さん? ケガしたんじゃないの!?」
「リハビリしたんだよ。チームには迷惑かけたけどな、三年の夏には間に合わなかったけど、高校入学には間に合った。……まぁ、すぐに立ち上がれたわけでもねぇけどな。相棒が怪我した後はしばらくは俺も何もできなかった。あんなに努力しても結局は無駄になるんだってことを受け止められなかったんだ」
壊れた肘のリハビリは途方も無く、時間と苦痛が伴う道だった。何よりもボールを投げられないことがピッチャーである彼は辛かった。診療所で泣く相棒を見て、自分が無理をさせてしまったと感じた銀次も大好きだった野球を続けることができなくなった。学校には通うがそれまで野球ばかりしていた銀次は時間を持て余す。周囲から見れば、丸刈りの強面がブラブラしているのだから評判は良くなかった。人から避けられることを知った銀次は、人目を避けるように図書館で時間を潰すようになっていった。
「そん時に本を読むようになって……まっ、やることもなかったから自分から本屋に行くようになってよ。難しい本は疲れるから、ライトノベルとかハマってな。アニメとかも見てた。覚えてるか? 『どうしてここまでしてくれるのか?』ってソラが俺に聞いたことあったろ?」
「うん覚えてる。報われない奴が、救われる物語が好きで。ボクがその物語のキャラクターみたいだからお節介したくなったって」
銀次のことを好きだと自覚してすぐの頃、もっと銀次のことを知りたいと思ったから聞いたことだ。忘れるわけがない。
「おう、そういうジャンルに出会ってな。そんで思ったんだ。努力は絶対に報われるわけじゃない、だけど努力した奴が幸せにならなきゃ嘘だろってな」
ライトノベルを読んで変わるなど、人から見ればバカバカしい話かもしれない。だが、銀次は努力を認められなかった主人公が報われる物語を読んで、相棒だって幸せにならなきゃおかしいだろと思ったのだ。そして、もしその手助けができるなら、自分にできることはなんでもやりたかった。積み上げたラノベを本棚に並べて銀次は再びユニフォームに袖を通した。
「家まで行って、玄関で土下座した。一緒に頑張ってくれと頼みこんで、あいつも泣きながら土下座してよ二人でデコから血が出て……そんで、それがおかしくて笑ったな。俺達は普段はマネージャーとして野球部の手伝いをしながら、リハビリを始めた」
理学療法士の指導の下、肘に負担をかけないトレーニングを中心にリハビリを続ける。マネージャーの活動はそれなりに忙しかったが、野球だけの生活よりは余裕があった。そして、その視点で周囲を見た時、銀次は家の状況がかなり追い詰められていたことに気づく。
「家の仕事が忙しくてな。……俺に野球をさせる為に、色々負担かけてたってその時になってやっとわかったんだ。だから家の手伝いをさせてくれと頼んだ。最初は親父も母さんも渋ったけど、簡単な仕事からやらせてもらった。じゃないと、哲也が無理して手伝いをしていただろうからな。工場にも顔を出して、仕事のことをゲンさん達に教えてもらいながら少しずつ色んなことを覚えて行った」
家の手伝いとリハビリの補助、マネージャとしての活動とあまりにも忙しい生活であった。それでも銀次は最後までやり遂げた。
「三年の夏には相棒の肘も良くなってな。多少遠回りをしたが、ピッチャーとしてボールを投げられるようになった」
グラウンドの隅で一年ぶりに被ったキャッチャーマスク。久しぶりの投球でコントロールが狂い、構えたミットとは全然違う場所に投げられた白球。必死に捕球したそれは一年前から待ち焦がれたもので、銀次はマスクの中で流れる涙を止めることができなかった。
「今でも夢に見る。相棒がケガをした日のことを……俺が無理させていたっつう後悔はぬぐえない。それでも、あの日々は……俺達の努力は無駄じゃなかった。クッ、なんか恥ずかしいこと言ってんな……ってソラ!?」
照れた銀次が横を見ると、とめどなくとソラが泣いていた。
「グズっ……ぎんじぃ、凄いよ。本当にずごい~」
「うぉ、鼻水出てんぞ。ほれ、ティッシュ。あっちに水飲み場があるから顔洗って来ようぜ」
「うぅ˝~」
完全にスイッチが入ったソラを連れて水飲み場まで行く。顔を洗うと少し落ち着いたソラに銀次はタオルを渡す。
「ごめん、でも本当に銀次が頑張ったてことがわかって……」
「別にそんなんじゃねぇよ。俺が勝手にやったことだ」
「うん、それで話の続きだけど、銀次は高校で野球やらないの?」
タオルで顔を拭いたソラが銀次に尋ねる。
「……相棒のことがあって、なんか燃え尽きてよ。新しい目標を探してたんだ。そしたら、ソラに出会ったんだ」
正直な所、また自分が馬鹿やって誰かを傷つけるのが怖かった。野球は好きだったが、こびりついた後悔が完全に晴れたわけではない。相棒が野球を続ける為に他県へと行った一方で銀次は目標を失い、心の隙間を埋めるようにバイトと勉強をして高校へ入学した。不自由というわけではない、だけど、どこか物足りない生活。それが続くと思っていた。
しかし、そうはならなかった。入学式の日、ソラが愛華に仕事を押し付けられている場面を偶然見つけた。それから気になって観察して、自分が中学の時に助けられた物語のようだと思った。でも、一向にそいつは幸せにならないから。
「銀次?」
じっとこちらを見つめるソラの頭を乱暴に撫でる。
頑張って、努力している奴は幸せになるべきだ。
「そう思ってたんだけどなぁ」
「い、いま、汗臭いから」
「そんなことないと思うぞ」
「な、なんか誤魔化されている気がする。ボクの為に野球部を止めたとかあるのなら、ダメだよ銀次。ボクは銀次を応援したいんだ」
「ハッ、違うって。最初は助けてやるって息巻いていたけどな」
「今は違うの?」
ヘーゼルアイが銀次を見上げる。
「一緒に幸せになるんだろ?」
支えてあげたい相手はいつの間にか自分を支えていてくれた。あの時ソラに出会わなかったら、少なくとも自分は今ほど笑えてはいないだろう。
「うん!」
あるいは、惚れた弱みなのかもな。そんなことを考えつつ、一緒にグラウンドへと戻っていくのだった。
本作品が『第5回HJ文庫大賞』の二次選考を通過しました。皆様のおかげです。本当にありがとうございます。書籍化とかそういった話では全然ないのですが、嬉しかったのでこの場でご報告させてください。
本編では少ししんみりしていますが、次回からいつも通りイチャラブ全開でお送りいたします。
次回も月曜日更新予定です。
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