学校で食べるお弁当って美味しいよね
「あ~、沁みる」
「暑かったね。汗拭きなよ」
ボランティアに配られるスポーツ飲料を一気の飲みする銀次にソラは手ぬぐいを渡す。
午前のボランティアを終えた二人は、昼食を取ろうと校内の休憩所として開放されている家庭科室へ向かっていた。
「あ、兄貴。お疲れ様。なんか色々話題になってたよ」
「おう、ソラがいればすぐにゴミが見つかるからな」
「観察はボクの数少ない特技だからね」
サムズアップする二人に「いや、それで目立っているわけじゃない」とツッコミを入れたくなる哲也だったが、説明するのも面倒なので黙る。ここに来るまでの間にも、やけに可愛い女子がいるとソラのことについて質問されていたのだが、なんとか質問を躱してきた哲也である。家庭科室へ到着してドアを開けると冷房の効いた空気が三人に吹いた。
「あー、いい感じだ」
「じゃ、お弁当だね」
空いている机に座る三人。清掃のボランティアは基本的には午前までで、昼以降に残るのはそのまま部活動をしたり、校内の見学をする保護者や部活動をする生徒が残っているのみである。その為、家庭科室の中には休憩目的の人がチラホラとしかいなかった。
「今日は熱いと思って、サラダを多めに詰めた冷し豚シャブ弁当にして見たよ。タレはピリ辛とゴマダレで仕上げてみました」
得意げにメニューを紹介するソラ。銀次に対して『ほめれ』オーラ全開である。
「おお! 旨そうだ。流石ソラだぜ」
几帳面に巻くように盛り付けられた豚肉に、準備されていたタレを掛ける。
「俺も食べていいんですか?」
テツが尋ねるとソラは笑顔で頷く。
「もちろん。その為に多めに作ったからね。おにぎりもたくさんあるよ。横からツナ、シャケ、梅干し、岩ノリ、白菜の浅漬けだね」
「……えっ、これ一人で作ったんですか」
お重の大きさからかなりの量だとは思っていたが、中身はかなり細かく分かれており、冷しゃぶやサラダのタレなども数種類用意されているという手間のかかりっぷりに、思わず困惑する哲也。
「そうだけど? 何か食べたいものがあった?」
「いや、十分っす……」
普段から桃井宅で食事を作ることの多いソラではあるが、まさかお弁当でもこれほどの物が出てくるとは思わなかった哲也は無言で兄を確認するが、銀次は特段驚いたというわけでもなくソラを褒めている。ということは、これはよく見る光景ということで……哲也は考えるのをそこで辞めた。普段から銀次が「油断するとソラにダメ人間にされる」と言っていたことの片鱗を味わうこととなった哲也だった。
「じゃ、いただきます」
「いただきます」
「どうぞどうぞ」
銀次の好みに味付けされたピリ辛のタレと風味の良い海苔のおにぎりの相性はバツグンで、銀次も哲也も頬を膨らませてお弁当を食べる。そんな一行を見つめるのは、昼休みに集まる約束をしていた野球部のマネのユキに幸子、部員のヒロシである。
「……料理できるんだ。美味しそう」
「お重だよ。可愛くて料理もできる……。ボランティアの掃除もマジめにしてたそうだし……むしろ、どうやってギン先輩があの人を彼女にできたのかっていう疑問が生まれてきたくらいだよ」
「おむすびもらえねぇかなぁ」
ソラの様子を見にきた三人だったが、銀次と哲也があまりにも美味しそうに弁当を食べる為に、身を乗り出してしまう。そんな三人をソラはすぐに見つけて、ソラの目線を負って銀次も遅れて気づく。
「おう、お前等も休憩か? こっち来いよ」
呼ばれて、おずおずと出ていく三人。銀次は笑顔で迎える。
「ヒロシはさっき会ったな。サチとユキも久しぶりだな。忙しいのに三年もマネやってんだな。ありがとう」
「久しぶりです先輩。マネっていってもスコア書いたり、ユニフォーム洗うだけだし……」
「むしろ役と……いえ、好きでやってることで」
「座れよ。そうだ、紹介するぜ。彼女のソラだ」
「……こ、こんちわ。髙城 空です」
初対面の中学生に人見知り発動して、先程までの意気揚々とお弁当の内容について説明していた時とは打って変わって警戒心マックスのソラに銀次は苦笑する。これでも、ずいぶんマシになった方なのだ。
「ギン先輩……めっちゃうまそうなんすけど、おむすび、俺も食べていいっすか? 俺の弁当のおかずも出すんで」
「おう、いいかソラ?」
「うん、どうぞ。あっ、小皿もあるよ。冷しゃぶもどうぞ」
冷しゃぶも盛り付けておむすびと一緒に渡す。女子達にも同じように盛り付けて渡す。
そして三人がパクリとおむすびを食べて目を丸くする。
「え、おいしっ」
「海苔が美味しい……」
「うおっ、美味いっす」
「だろ? ソラは米から拘るからな。おっと、俺も食べないとな」
銀次に褒められて嬉しいけど、知らない人がいるので、ちょいドヤ顔のソラである。
ヒロシ達も自分の弁当を取り出して、食べ始める。そして、銀次とソラの食事をみることになる。
「ん、漬物美味いな。酸味がいい」
「ちょっとだけ柚をいれてるんだよね。はいサラダおかわりどうぞ」
銀次の皿が明かない様に絶妙なタイミングで出されるおかわり。
「あ、水筒を取ってもらえる……」
「お茶のおかわり注ぐね」
言い終わる前には注がれるお茶。いつものことなので、銀次は自然に受け入れているが、周囲から見れば異様ともいえる。
「ありがとな。というかソラもちゃんと食べろよ」
「食べてるけど、正直もうお腹いっぱい。だから、銀次がいっぱい食べてね」
「食べる分にはいいけどよ。美味しいしな」
「えへへ、そう? 銀次は美味しそうに食べてくれるから嬉しいな。あっ、口元拭いたげる」
「お、おい。後輩がいるんだぞ」
「「……」」
ちなみにソラとしては、人前なので『あーん』しないようにしているので、むしろ抑えているのだが、あまりにかいがいしいその様子は中学生の三人(哲也はもう慣れている)に徐々にダメージを与えていた。がまんするユキと幸子が背を向けて内緒話を始める。
「いや、これもう。ベタ惚れですやん!」
めいっぱいの小声で、ユキがツッコミを入れた。ちなみにヒロシはソラの弁当の虜になっているようで、ソラのおむすびをおかずに自分のドカベンを食べるというわけのわからない食べ方をしていた。
「だね……演技とか騙すとかそんなレベルじゃなかったね。二人だけの世界でむしろまだ恋人? って感じ。私、本物のバカップルって初めてみたかも」
「可愛くて、料理上手くて、尽くすタイプ……最強すぎる。なんでギン先輩はあの状況をわりと普通に受け入れてんの!? 私がギン先輩だったら、もっと情けない顔してるよ! 鼻の下伸びているよ!」
「ユキちゃん落ち着いて、すでにギリギリな顔しているから……幸せオーラがえげつない。高校生ってすごいなぁ。むしろなんでテツ君はあそこで無表情でお弁当食べれるのか不思議なんだけど。ヒロシ君はアホだからいいとして」
「うぅ、ソラさんがカワイイ……抱きしめたい」
「気持ちはわからなくもないけど、見るからにギン先輩一筋って感じだから……女子同士でもダメなやつだから」
謎の衝動に苛まれるユキとそれを抑える幸子を置いて、弁当を食べ終わったヒロシが銀次に声をかける。
「そうだ、ギン先輩。この後、部活に顔出してくださいよ」
「そのつもりだったぞ。ソラは――」
「ついていくよ」
やや食い気味にそう言う。
「そっか。ヒロシ、皆は元気か?」
「うっす。ギン先輩のノートを参考に身体のケアとか意識してますから」
「おいおい、あん時のノートまだ使ってんのかよ。ちゃんと講習とかで勉強しろよ」
「してます。高校でも野球したいんで」
「そりゃいいな。うっし、食べ終わった。片付けてグランド行くか」
「皆に連絡しときます!」
そうして、騒がしい昼食を終えたのだった。
次回も月曜日更新予定です!!
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