全部知りたいから
清掃ボランティア開始の時刻が近づくとポツポツ人がやってくる。集合場所は中庭だったので、冊子の地図では少し場所がわかりづらいと思った銀次が順路に画用紙で道案内を書いて貼ったこともあり、開催は問題なく行われた。現生徒会長が冊子の修正をアナウンスし、後から来た生徒会役員と手伝いが飲料を配布し滞りなくボランティアは開催された。
「ボク等はプール周りからグルっと体育館の横までだね」
「おう、なんたっての俺の母校だ。掃除しながら案内してやんよ」
やる気十分の銀次とソラはゴミ袋とゴミ拾いようのトングを装備して、ゴミ拾いを始めた。
……そんな二人を見ている影が三つほど、少し離れた場所でヒソヒソと話し合っている。一人は丸刈りで野球部のユニフォームを着ている田井 浩そして、眼鏡にショートカットの野球部マネージャの永原 ユキとおなじくマネージャでありおさげにツリ目が特徴的な北山 幸子である。
「あれ、ギン先輩だよな。……遠くてよく見えないけど隣にいるのが彼女か?」
「そうだと思うけど……背は私達と変わらないわね。ギン先輩はちょっと背が伸びたかな……うぅ、本当にちゃんとした彼女なのかなぁ。ギン先輩、人がいいから……」
「だよね……田井君、話しかけてよ」
「いや、後で部活に来るって話だし……永原こそ、自然に行けるだろ」
「いいからさっさと行きなさい。男でしょ!」
女子二人に押されて、何度も振り返りながら銀次達に近寄るヒロシ。始まって10分ほどしかたっていないにも関わらず、すでにそれなりにゴミを拾っていた銀次はすぐに田井を見つけて。笑顔で手を振った。
「おうっ。ヒロシっ! 同じグループに名前があって探してたんだぞ。元気か?」
「うっす。ギン先輩っ! 元気っす」
緊張していたヒロシだったが、銀次の呼びかけで落ち着いたのか嬉しそうに近寄る。
「懐かしいな。野球部はボランティア強制だったな。後で部活にも顔見せるからよ」
「はい、テツから聞いて皆楽しみにしてます! 今年は予選で勝ってて、いい感じなんで。先輩から教わった声かけとか自分めっちゃ大事にしてて」
「そうか、嬉しいぜ。予選の結果も知ってるぞ。大したもんだ」
「いや、ギン先輩の方が……えと」
ズゴゴゴゴと銀次の背後からオーラが出ていた。ソラがジト目で銀次にアイコンタクトを送っている。
「おっと、紹介してなかったな。テツから聞いてるか? あー、その、彼女のソラだ」
流石に後輩に紹介するのはやや照れくさいのか、すこしどもりながら銀次がソラを紹介し、ソラが銀次の背中から出てくる。
「……髙城 空です。おはようございます」
「朝の挨拶じゃねぇんだぞ」
校門での挨拶特訓の言葉をそのまま使ってしまうソラに苦笑する銀次。
「お疲れ様しゃっす! 彼女さん……マジで……いや、その、ちょ、ちょっと失礼しまっす!」
ダッシュで走り去るヒロシ。
「あん? ヒロシのやつどこ行って……」
「銀次っ!」
ずいっとソラが顔を出してくる。
「中学生の時のこと教えてよっ!」
掃除道具を持ったまま真剣な表情でソラはそう言った。
「お、おう。どうした?」
「なんとなく聞きづらかったけど……やっぱり、ボクは銀次の事全部知りたいんだ。ボクの知らない銀次のことを誰かと話しているのを見ると……すごい、モヤる!」
好きな相手のことを全部知って、全部好きになりたい。どこまでも貪欲な恋心は少女の背を押す。
「聞きづらいって……まぁ、変な感じだったよな。あー、話すのは別にいいんだけどよ。掃除しながらってのも変な感じだから、終わってからでいいか?」
頬をポリポリと掻いて提案する銀次にソラは腕を掴む。
「約束だからね」
「あぁ、そんなら俺の話の後はソラのことも教えてくれよな」
「……別にいいけど。でもボクって愛華ちゃんとか、お母さんのこととか、話づらい所はもう伝えてるし後は暗黒のボッチ生活だけど……聞きたい?」
「当然だろ。俺だってお前のこと知りたいって思ってんだぜ」
「そ、そう。わかった……うん、嬉しい」
「じゃ、さっさと掃除終わらせようぜ」
「やらいでかっ!」
肉を食べたいと言った時の微かに寂しげだった銀次の表情をソラは忘れない。
癒せるとか助けられるとは思わない。だけども、一緒に寄り添うことはできるから。そう気合を入れるソラの表情を銀次は眩しそうに見るのだった。
一方。二人から離脱したヒロシは女子マネ二人と合流していた。
「ど、どうだった?」
「可愛かった。ギン先輩の彼女って言われても全然イメージ無い感じだ! オシャレだし、とにかく可愛かった! マジで可愛い。びっくりした! 他の部員にも伝えないと!」
ハイテンションで叫ぶヒロシからの情報に顔を見合わせる女子マネ二人。
「可愛いのはわかったわよ。本当に付き合ってるの?」
「何系? 芸能人に例えると誰? 動物に例えるなら?」
「ギン先輩は彼女だって紹介していたし、彼女さんも否定していなかったぞ。何系? 芸能人とか俺に言われてもそんなのわかんねぇよ。動物って言われても……あれだ、シュっとした外国の猫みたいな……」
質問攻めにあうヒロシが必死でソラのことを伝える。といってもヒロシ本人も挨拶をしただけなのでソラのことを計り切れていない。女子マネ二人は斥候であるヒロシからの情報を収集し終えた後、話し合いを始めた。
「これは……本気で可愛い彼女ができたパターン? まぁ、ギン先輩って超モテるテツ君の兄だし、そう考えるとモテてもおかしくないのかな? 部活辞めてから丸刈りもやめてカッコいい感じだし。相変わらずの強面だけどね」
「先輩、性格はいいから可能性はあるけど……高校入学してすぐ彼女作るタイプじゃないと思ってた……」
「え……サチ、あんたまさか……」
割と本気で凹んでいる幸子を見てユキは、心配そうな顔をするが幸子は首をブンブンと横に振った。
「違う違う、あくまで尊敬の対象だから! あんなことがあっても諦めなかったこととか、僧帽筋のラインとか長ソックスから見えるふくらはぎの膨らみが綺麗とかそんな感じだから! アンダー姿の背中を見るだけでご飯食べれるとかそういうのだから」
「……あーうん、サチはそうよね」
友人のフェチについてはある程度把握しているユキだったが、目の前で炸裂しているのを見るとちょっと引いてしまう。
「なー、俺、もういいか? 流石にボランティアをサボってるのがバレたら顧問の先生に怒られるし……」
「はいはい、私達も午後練の準備あるし、一旦解散ね。お昼にまた集まって……私も直接、この眼で先輩の彼女を見てみるわ。ヒロシがこれだけ言うほど容姿が良いのはわかったけど、だからこそ先輩が騙されてないか確認しないとね」
「うん、男子ってすぐに見かけに騙されそうだから」
頷く女子マネ二人を見て首をかしげるヒロシ。
「そんな感じじゃなかったけどなぁ。俺は皆と一緒にどうやったら彼女ができるのか先輩に聞いてみたいぞ」
「……あんたは彼女できそうにないわね」
「なんでだよっ!」
三人は昼休みにまた集合することを確認しその場を後にするのだった。
次回も月曜日更新予定です!!
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