桃井家半端ないって!!
そこにいるだけで汗が噴き出るようなグランドと互いに掛け合う声。この場所だけが俺の全てだったし、それでいいと思っていた。
大会前の練習試合。7回最終回の裏、1点リードのツーアウトランナー無し。これを抑えれば勝てる。出したサインは相方が最も自信を持っているツーシーム。これで終わらせる。これが最後の一球。
「……ハッ!」
目を開けると自室の天井。自分が夢を見ていたことを理解した銀次は体を起こして左手を見る。
「まったく、夢にまで見るとはな」
自嘲気味に笑い。寝汗を流す為にシャワーを浴びる。
着替えて居間に出ると、哲也がすでに朝ご飯の準備をしていた。
「おはよう兄貴」
「おはよう。っていうか起きてたんだな」
台所に入ると、味噌汁と漬物がすでに用意されていた。最後の一品は鮭の塩焼きのようだ。銀次は炊飯器から二人分の白米を茶碗によそう。
「兄貴のシャワーで起きた。今日はボランティアよろしく」
「任せとけ」
大盛りにした茶碗を運びながら銀次は元気よくそう答えた。朝食後、兄弟でジャージにシャツといった格好で家を出てソラとの待ち合わせ場所へ向かう。商店街前には案の定ソラがすでに立っていた。
「……待ち合わせよりも大分早いよね?」
「いつもそうなんだよ。というか、何持ってんだあいつ?」
桃井兄弟を見つけたソラが腕をブンブンと振っている。その手には巨大な風呂敷包み、背中にはリュックを背負っていた。服装はボーダーのシャツに日除けの為に薄ピンクのパーカー、ボトムはガーリッシュな短パンを着ている。
「おはよう銀次、テツくん。いい天気だね」
「おはようソラ。何持ってんだ?」
「おはようございます。ソラ先輩、早いですね」
銀次に聞かれたソラはムンと胸を張る。
「お弁当とボクのおすすめの掃除道具だよ。学校外と一階部分だよね、細かい部分も掃除できるように準備したから」
『そこまでしなくとも』とか巨大お重に対し『何時に起きて準備したのか?』などツッコミが浮かんだが、ここでそれを言うのもヤボだと思いとりあえずお礼を言おうとすると銀次が先に口を開く。
「流石だぜソラっ! ちなみに俺もすでに商店街の人達に声かけしているからな。差し入れもバッチリだ。行きがけに寄って大量のメンチカツと余った布切れとか掃除に役立つものを貰う予定だっ!」
「おぉ、さすが銀次だよ!」
なまじスペックが高く、少しズレている二人による全力の姿勢はおそらく他の生徒やその保護者とは違う。周囲の目が気になる感性を持つならば遠慮してしまうだろうが、この二人を見ていればそんなことはどうでもよくなってしまう。哲也は気合を入れ直しここまでしてくれるのならば、自分もそれに全力で答えようと思った。
「兄貴、ソラ先輩ありがとうございます」
「あん? 何言ってんだ。いつも世話になってるのは俺達の方だからな」
「うんうん、今日は頑張るからよろしくね」
二人はさっさと商店街に入っていく。兄もその想い人も、1歳しか違わないはずなのに先にいるような気がする。そう思った哲也は少し小走りで二人を追うのだった。
早朝の商店街を回って差し入れや掃除道具を手に入れた三人は中学校へ向かう。
三人はかなり早くついていたので、人影はちらほら見かける程度だった。哲也の案内で管理人室前の入り口から校内に入り生徒会室を目指す。
「今日は現生徒会長が仕切るけど……一応、細かい部分とかあるから」
「テツ君は生徒会長をしていたんだよね。すごいなぁ」
人前に出るのが苦手なソラとしては生徒会長という役職に就くだけで凄く見える。
「だろ? 自慢の弟だからな」
「銀次は生徒会とかはしなかったの?」
「柄じゃねぇよ。それに、部活で忙しかったからな」
「そう言えば、銀次って何の部活してたの?」
「言ってなかったか? 野球だよ。軟式だけどな」
「……そういえば、斎藤君とかと野球部の差し入れとか言ってたっけ? バッセンも好きそうだったし。高校では……」
『野球を続けなかったの?』 という質問をソラは飲み込んだ。銀次が昨日見たような少し寂しい表情をしていたからだ。
「着いた。ここが生徒会室です」
「え?」
会話を止めたソラが意外そうな顔をしているのは、銀次とソラが通う高校とは生徒会室の規模が全然違ったからだ。二人が通っている高校は生徒会室で客ををもてなすこともあるため豪華な作りかつ、隣に資料室などがある。それに対しここの生徒会室はむしろ他の教室よりも少し狭いほどだったからだ。
「うちの高校の生徒会室の方が変わってると思うぞ」
「ボクの行ってた中学も生徒会室は大きかったよ?」
「自覚無いっぽいけど、四季やお前が行っていた中学ってかなりのお嬢様学校だからな」
「そうなの?」
ソラが通っていた中学校は私立の女子中学校であり、県内でもわりと有名なお嬢様学校だったりする。
そんな二人の会話を聞き流しながら扉を開ける。中には二人の生徒がいたがなにやら様子がおかしい。一人は汗だくになりながら冊子を確認し、もう一人も慌ただしく右から左に荷物を運んでいる。ソラは人見知りが発動して銀次の影に隠れていた。
「……どうしたの?」
「あ、テツ先輩。後ろは……えっと桃井先輩と?」
「兄貴の彼女。それで、なんでこの時間に冊子を見ているの?」
哲也を見て男子二名の顔が明るくなる。中にいたのは現生徒会長と副会長らしく、現状をまくし立てるように説明し始めた。どうやら、生徒会が準備していた参加者の為の飲み物の準備に不備があり、そのことを確認していたら他にも班分けなど細かいミスが見つかったとのこと。
「確認作業は?」
「えと、してませんでした……先生がするって言ってたから……」
無表情のまま哲也の圧力が強まる。と生徒会長と副会長は感じるが、実際はどうしようか頭を回しているだけである。そんな哲也の肩を銀次が叩く。
「おう、OBとして手伝うぜ」
そして銀次の背中からニュっと細く白い手が伸びる。
「どう問題があるか、教えてくれたらすぐに直す……よ」
「えっ、いや、一から説明している時間ないんで……」
挙動不審かつ、整った容姿のソラにビビる中学生。哲也が冊子をソラに渡すと、10数ページほどの薄い冊子をソラはパラパラとめくる。
「覚えた。単純に班分けと飲み物の数がずれているだけだね。冊子を直す時間はないから、アナウンスで良いと思う」
「覚え……マジ?」
「じゃ、冊子だけ見て間違えない様に、今のうちに班ごとに飲み物わけるか。テツ、アナウンス用のカンペ作ってやれ。荷物は俺が運ぶからよ。あと集合場所わかりやすいようにした方がいいな、ちょっと行ってくる」
「うん、兄貴。飲み物だけど小分けできるように段ボールを管理人室から借りればいいと思う」
「おう。久しぶりに挨拶でもしてくらぁ」
と言っている間にも、ソラが紙とペンに班ごとの正しい飲み物の本数を書き終え、哲也がそれをカンペに直す。次に教師の確認不足だった班分けについてもソラが訂正をしていく。
「えと、これ間違えているのは一か所だけで、それで他が間違えてるだけだから。大丈夫だね」
もはや冊子を見てもいないソラの指摘が入る。
「えっ! どこですか?」
「4ページ目の表の3つ目と4つ目が逆かな? そこが違うと考えると他のミスも納得できるよ」
単純な入れ違いが一か所あり、それが複数の問題の原因になっているだけだった。何が間違えているのかわかっていなかった現生徒会長と副会長はここにきてやっとリカバリーの目途がたったことに安堵し、まじまじとソラを見る。
「あの……す、すごいっすね」
「テツ先輩のお兄さんの彼女……」
「べ、別に凄くないよ。じゃあ、ボクは銀次の手伝いに行くからっ!」
そう言って、部屋を飛び出して銀次を追うソラ。高校で潰れる寸前まで愛華に仕事を割り振られていたソラにとってはこの程度問題にすらならず。それは日頃バイトで、より複雑な製造の調整をしている銀次にとっても同様だった。
「まぁ、兄貴とソラ先輩はかなり特別だと思う。これ、朝礼の時に全体に訂正のアナウンスよろしく。ソラ先輩の言う通り、冊子は直さなくて大丈夫。他の生徒会の役員にも事前にSNSで伝達しといた方がいいかも」
そして淡々とカンペを完成させた哲也。受け取った生徒会長は申し訳なさそうに頭を下げる。
「テツ先輩、すみません。わざわざ、夏休み中に色々教えてくれたのに当日の朝になってバタバタして……」
「先生が間違えてる何て思っても無くて、先輩は確認しとくように言ってくれてたのに……」
泣きそうな二人に対し、哲也は無表情なまま商店街でもらったメンチカツを差し出す。困惑しながらメンチカツを受け取る二人。
「二人が早くにここに来て、当日の確認をしたから事前に解決できた。よく頑張ってると思う。これ、兄貴の差し入れ。食べて少し落ち着きなよ『会長』に『副会長』」
無表情のままそう告げると、黙々と他の作業を始める哲也。その姿を見ながらメンチカツを食べる現生徒会長と副会長は泣きそうなりながら、生徒会のSNSにて『桃井家半端ないって』と周知したのだった。
次回も月曜日更新予定です!!
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