努力は……
朝、ソラは起きて目を擦る。パジャマ姿のまま、朝ごはんにオムレツとサラダを準備する。食べながらスマホを確認して銀次とのやり取り。
「ん~。今日は夜まで会えないかぁ」
銀次はバイト、ソラは絵画教室の予定が入っている。その為、夜にご飯を一緒に食べるまでは一緒ではないということになる。
「晩御飯、何食べたいか考えといてね……っと」
メッセージを送り終えたソラは伸びをして、マグカップに注がれた牛乳を一気飲みする。
「よっし、行こう」
カジュアルなブラウスとジーンズを着て出発。バスに乗って絵画教室の『アトリエ・M』へ向かう。
講義が始まる時間よりもかなり早い時間に到着ソラは手短に受付をすませる。ベレー帽と丸メガネがトレードマークの『シゲ先生』は名簿の一番上に名前を書いたソラを見ながら、頬杖のままに笑みを浮かべた。
「おはようソラちゃん。随分早いね、そして今日の君はルノワールが描くパーティーのようだ」
「おはようございますシゲ先生。とっておきのモチーフが見つかったんです」
ソラがそんなことを言ったのはいつ振りか。描きたいものがあっても隠れるように描き、それ以外では言われたことを言われたままに描いていた教え子の変化が嬉しく、また興味をそそられる。
「どんなモチーフだい?」
「あ、えーと……秘密です」
目線を横に逸らしたソラは礼をして教室に入る。その表情のわかりやすさに我慢できずシゲからはクスクスと笑い声が漏れる。
「やれやれ……若いっていいねぇ」
誰もいない教室へ入ったソラは前の席に座る。時計を見るとまだ大分時間がありそうだ。
そう思ったソラは銀次との合作のデザインを詰めることにした。頭の中でもすむが、今日は描きたい気分だったので、スケッチブックを取り出して台にかけるとガリガリと鉛筆で描きだしていく。頭の中にある金属板の組み合わせを紙面に移す行為。描きながら徐々に角度や光の辺りを調整していく。
30分後、ちらほら他の生徒達が入室しはじめる。すでにソラの周囲には数人が立っていた。
『あの子……前に噂になった、比較で一位だった子。SNSで万バズしてる奴』
『すっげぇ集中力……ほとんど無駄な線無しとか……』
『見てる暇あったら自分の準備しとけよ。可愛いからって見すぎだろ』
『いやさ……それもあるけど……何つうか……楽しそうでさ……』
その後、一枚を描き上げたソラは囲まれていたことに気づき、人見知り発動して顔を真っ赤にして教室の端っこに逃げる。そして、その日の比較でも一位を取ってしまったために浪人生達の間で『アトリエ・M』にとんでもない才能を持った可愛らしい子がいると噂が広まるのだった。
ソラがそんな状況になっているとは全く知らない銀次は、自宅にてパソコンを叩いて作業をしていた。
スマホが鳴り、手に取って対応する。
「うっす。今メールしたところっす。追加? いや、無理っすよ。先方はもう数か月は仕事埋まってるんで……あー、溶接ならいくらか職人さんを紹介できますけど……納期の遅延が起きたら目も当てられないんで……関係性がいいならリピートオーダーの方がいいと思うっす。はい、メール送るんで良さそうだったらいつもの様式でこっちに送ってください。失礼します」
銀次がやっていることは営業の延長のようなもので、工場における外部発注や納期の大まかな調整、専門分野の製造などが両親から銀次に任されているバイトの内容だった。無理を言う顧客に個性の強い職人とのやり取りは一筋縄では行かないが、銀次は任されたリストの調整をなんとか終わらせる。その頃にはすっかり夕方になっていた。
「っと、意外と早く終わったな……まっ、時期的に仕事も流石に落ち着いて来たか」
春から初夏にかけての時期は夏の製品の為に家電に使われるパーツの依頼が増える。製造業とは不思議なもので、全く関係ない商材でも一つが売れ始めると、関係ない商材にも多くの依頼が入るのだ。夏真っ盛りである現在、仕事は少し落ち着きを見せていた。各所にメールを送付し、銀次はノートパソコンを閉じて後ろに倒れ込む。
「ソラが来るまでまだ時間あるか……そういや、中学の清掃ボランティアは用意するものあったっけかな?」
IINEを確認して、哲也に確認するとすぐに要項が送られて来た。ついでに画像が一枚添付されている。
「……ハハッ、アイツ等元気そうじゃねぇか」
そこに映っていたのは哲也を囲む後輩たちの写真。丸刈りに懐かしいユニフォーム。銀次は体を起こして引き出しを開ける。いくつかの物を押しのけ箱を取り出した。箱を開けるとボロボロの数冊のノートと寄せ書きが入っていた。銀次は寄せ書きを取り出して画像の面子と名前を照らし合わせながら返信を描き始める。机に置きっぱなしの箱に残されたボロボロの数冊のノートの表紙には。
『努力は必ず報われる!!』
と大きく書かれていた。メッセージを返信した銀次は寄せ書きを箱に戻す。その際にノートの一冊を手に取った。そのノートだけは他のノートと違う点があった。
『努力は必ず――』
「…………」
文字の後半はマジックで乱暴に塗りつぶされていた。しばらくそれを見つめ銀次はノートを箱にいれ蓋を締める。
箱をしまい、ボランティアに必要なものを買うために玄関を出る。しばらく歩き、足を止める。
ポケットからスマホを取り出してソラに電話した。
『もしもし、あっ、銀次。丁度良かった。こっち終わったから向かうよ』
『そっか。おっと悪い。まだ、晩飯決めてなかったな……』
『……銀次? どうかしたの?』
『ん? どうしてだ?』
『なんとなく。そういえば電話くれたけど何か用事あった?』
『まぁ、そうだな……用事といえば用事か……ちょっと、ソラの声が聞きたくてな』
『……わかった。ダッシュで帰る』
『いや、ゆっくりでいいぞ。迎えに行くよ』
『ううん、すぐに行く。待ってて』
電話が切られる。
「ダッシュって……あいつ、こけなきゃいいけど」
そう言って銀次がバス停に向かう途中でタクシーが止まる。
「直で来たっ」
言いながら飛び降りたソラが銀次を抱きしめる。
「っと、ソラ!?」
踏ん張って銀次が受け止める。
「よくわかんないけど、なんか、銀次が寂しそうだった」
「……そんなにか」
「ちょっとでも寂しいなら。すぐに飛んでくるから」
真剣な表情のソラに苦笑しながら銀次が頭を掻く。
「哲也から後輩たちの写真が届いてな。昔を思い出してちょっとセンチになってたかもな。今の高校に中学時に仲良かった友達ほとんどいねぇからよ。斎藤とかは別の中学だったし。そんなことを考えていたらソラの声が聞きたくなってな」
「それを言うなら……ボクはずっとボッチだったけど。三年生時は愛華ちゃんのお手伝いでスズとも疎遠だったし。友達と遊んだことなんて無いし」
「それはそれで寂しいな」
「なんなら、家でも一人……あれ、ボクも悲しくなってきた」
何故かソラにダメージが入り始める。ズンと青い線が入り始めたソラの手を銀次が握る。
「ソラっ! 肉食うぞ」
「に、肉!?」
「こういう時は肉食えば解決するんだ。商店街行くぞっ!」
「おお、なんか謎の説得力あるね。やらいでかっ!」
というわけで、桃井家での本日の晩御飯は肉尽くしになるのであった。
注意:不穏な雰囲気が出ているかもしれませんが、そんなことはなくイチャラブメインですのでご安心ください。
次回も月曜日更新予定です!!
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