それは初恋に似ている
銀次とソラがノートパソコンの前に座って画面を眺める。そして、二人で顔を見合わせて片手でタッチをした。
「できたっ! 予備も含めて予算ギリギリだね。……予算追加してもいい?」
芸術祭に出す作品の部分である金属板の設計図が完成したのだ。
「ダメに決まってるだろ。さっそく共有ファイルで作業所にデータを送るか。予定通りなら一週間後にはできてるぞ」
「待ち遠しいね。ディティールのデザインはまだ煮詰めれるから、しっかりと考えるよ。というかこれ、前にも話したけどそのまんま夏休みの自由研究としてだせそうだよね」
「おう、合同作品だからな……とはいっても、これを見られるのは少し恥ずかしいってのがあるが……」
ソラの恋心を強く反映したイメージに、それを銀次が組み立てるという作品である。芸術祭に出すとはいえ、教師に提出することは話しが別である。やや恥ずかしい銀次だったが、ソラは少し真剣で応える。
「創作って恥ずかしいものなんだよ。知られたくないことも、見られたくないことも本気であればあるほど絵には入り込むから。本当に怖くて、誤魔化してきたけど最近はそれも良いなって思うんだ」
「ソラ……」
「失敗したくなくて、怖くて、恥ずかしい。でも、抑えきれない。これって……似ていると思わない?」
何に? と銀次には尋ねずともわかる。自分もそうだと思ったから。
「確かに似てるかもしれないな。なら、隠す必要も無いか……なんつうか、随分言うようになったじゃねぇかソラ」
胸の奥のこそばゆさと、目の前の少女を想う感情は確かに少し似ている。ただ、それを真っすぐに言い切る強さが銀次には眩しい。
「言っとくけど。そう思えるようになったのは銀次のおかげだから。銀次にしか言えないし、言わないから」
ソラの指先がパソコンの画面に映るハート型の設計図に触れる。
「……初恋です」
「俺もだっての」
言葉にすると気恥ずかしくて、二人ははにかむ。照れるけど嫌いじゃない。二人なら怖くはない。
クスリと二人ははにかみ。ソラが立ち上がる。
「お昼にしようよ。何食べたい?」
「魚だな。昨日の飯はマジで旨かった。一緒に商店街で何食べるか選ぼうぜ」
伸びをして銀次も立ち上がる。
「うんっ!」
二人で献立を話しながら、部屋を出る。無人の部屋には昨日買ったガラスの風鈴がかけられていてリンと涼やかに鳴っていた。
一方。同時刻。場所は変わって、中学校の図書室で哲也は複数人に囲まれていた。
哲也はモテる。銀次に付き合って筋トレをしているためにガッチリとした体格。切れ長の三白眼は桃井家独特の悪人面を目つきの鋭い男前という印象にしている。運動はもちろん学業に置いても、学年で五本の指に入る。なによりも、無表情かつそっけない態度とは裏腹に年にそぐわない人情に厚く面倒見が良い性格の為、本人にとってはさほど特別でない親切により道を踏み外した女生徒が後を絶たなかった。
夏休みは文系の部活に所属する女生徒は何かと理由を付けて、学校にくる哲也に近づこうとするものが後を絶たないが、本日に限っては哲也を囲んでいるのは男子達がほとんどである。よく見れば帽子を被った女生徒が二名ほど尋常ではない顔で哲也に詰め寄っていた。どうしてこのような状況になったかというと、哲也が兄である銀次に彼女ができたことを言ってしまったからであった。
「詳しく話してもらおうか……銀次先輩に彼女だって?」
坊主の男子がカツアゲでもしそうな勢いで哲也に顔を近づける。
「……そろそろお昼だから帰りたいんだけど」
哲也は無表情のまま面倒くさそうに鞄を抱えていた。
「最後でいいからよ。話してくれねぇと、俺達……心配でっ! だってあの、銀次先輩だぜ?」
囲んでいる生徒がブンブンと首を縦に振る。
「……間違いじゃないよ。家によく来るし、兄貴も彼女さんも幸せそうだし」
「「おぉー!!!」」
哲也、爆弾を追加する。そしてその発言を受けて、生徒達は膝から崩れ落ちたり、ガッツポーズをとったりと様々なリアクションを取っていた。その中で女生徒が坊主頭の生徒を押しのけて哲也の前に立つ。
「……騙されている可能性は? ギン先輩はあんな顔だけど人がいいから、貢がされているとか。私達はそれが心配なのよ」
「ない。むしろ……逆」
「逆ってどういうこと? ギン先輩が貢がせてるって、そんなわけないじゃない」
哲也の脳内に前に見た光景が思い出される。
『ソラ、また食器を買いやがったな!』
『銀次にはこの食器が似合うんだよ』
『……いくらだ。払う』
『え? いいよ。ボクが勝手に買ったんだし』
『そんなわけにいかねぇだろ! あと、前から言おうと思っていたが弁当代やソラの家に置いている茶とか、手間賃も含めてちゃんと払うからな』
『ダメだよ。それだと、尽くしてる感じがしないんだよっ! 銀次の身の回りのお世話をすることをこれ以上制限されるのは耐えられないよ』
『そんなこと言うなら、俺がお前に世話するぞ』
『……それはそれでありかも。っていうか、銀次も朝の挨拶こととか、料理の手伝いとか色々してくれてるよね』
『そりゃ、ソラのことが好きだからな』
『ボクも銀次のことが好きだよ。……エヘヘ』
『……』→晩御飯中にこの会話を聞かされている無表情の哲也。
というやり取りだった。基本的にソラは放置しておくと、無限に銀次に貢ごうとするのでそれを止められるという言い合いの体のイチャコラが桃井宅ではわりとよくある。最後にはいつも銀次が折れて妥協点を出し、ソラが嬉しそうに銀次に『尽くしたがり』をするというところまでがセットだったりする。そんなこれまでの二人の様子を脳内で確認した哲也と、それを怪訝そうに見る周囲の生徒達。
「なぁ、銀次先輩の彼女ってどんな人なんだよ? 可愛いのか? 可愛かったりするのか?」
「……清掃のボランティアで確認すれば。じゃ、お昼だから帰るね」
「あっ、おい待てテツ」
これ以上は面倒だと、なんとか囲いを突破してそらに、押し寄せてくる後輩の女子生徒を躱して家に帰ると、銀次とソラが昼食の準備を終えていた。
「おうテツ、おかえり。勉強は捗ったか?」
「おかえりなさい、テツ君。丁度良かった」
「ただいま。『丁度よかった?』ソラ先輩、何か俺に用事ですか?」
机の上には刺身に漬物、さらにとろろご飯が用意されており、哲也が食卓に座ると二人は真剣な表情をしていた。身構える哲也に銀次が口を開く。
「昨日ソラと俺でデートをした時のことで聞きそびれてたんだけどよ。カップルで一緒のグラスのジュース飲む奴あるだろ、あれってどうやったら恋人っぽく飲めるんだ?」
「昨日デートであれを注文したんだけど、うまくいかなかったんだ。テツ君ならきっと、正しい飲み方を教えてくれるかなって料理しながら話になったんだよ」
「……いただきます」
二人の質問を聞き、深くため息をついた哲也はとりあえず美味しそうな魚料理を食べることにしたのだった。
次回も月曜日更新予定です!!
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