デート後とテツの苦難
デートの帰りの電車。終電に滑り込んだ二人は安堵のため息をついて座席に座る。
「……間に合ったな」
「こんなにギリギリになるとは思わなかったよ……疲れた……」
灯台からの移動はタクシーを使ったのだが、渋滞に巻き込まれ予定より大幅に遅れてしまったのだ。
電車はガラガラでポツポツと人影が見える程度だった。二人が乗り込むのを待っていたように、電車が動き始める。二人はデートの思い出を語り合っていたのだが……。
「夜空がオツなもん……おっと」
銀次が横を見ると、ソラはスイッチが切れたように銀次の肩に頭を乗せて眠っていた。
口が大きく空いていて、本人が起きていたら恥ずかしいことこの上ないだろうが、その表情はどこまでも幸せそうで、安心しきっていた。
「まっ、疲れるよな……楽しかったぜソラ」
「ボクも……」
その返答に起きていたのかと思う銀次だったが、どうやら寝言のようだ。
苦笑した銀次は、今度こそソラを起こさない様に静かにその寝顔を見つめていた。結局、ソラが目覚めたのは二人が降りる予定の駅に着く前だった。
「ん……だぃようぶ」
「どう見てもダメだろ。タクシーもないか……歩けるか?」
「あるく、ける」
「どうみてもダメだろ。一緒に帰るぞ」
銀次は自転車を駅に置いてソラと一緒に帰ることにした。徹夜程度なら普通にこなすソラがここまでの状態になっているのは、それだけ今日一日を真剣に楽しんだからだろう。途中、フラフラになったソラを銀次は背負いなおし、片手でキャスターのついたトランクケースを引きながら歩く。背中からは眠る人間特有の高い温度がした。
「ついたぞ。起きろ」
「おきてる……流石に大丈夫……ありがと」
まだ半分眠っているソラが家の鍵を開ける。
「本当に大丈夫か?」
「しんぱい? 泊まってく?」
ほとんど酔っ払いのようなソラである。銀次は嬉しそうにソラの頭に手を置いた。
「そう言えるなら大丈夫だな。じゃあな」
頭を優しく撫でる銀次の手をソラは掴み引き寄せる。
「最後に、ちゅー」
「ったく……普段からこれくらい甘えてくれてもいいんだからな」
触れる程度のささやかなキス。銀次は鍵を閉めるように何度も忠告して背を向ける。言われたとおりに鍵を閉め、寝ぼけ眼を擦りながら水着と着替えを洗濯機につっこんでシャワーを浴びる。そして、ほとんど無意識で髪を乾かして下着姿のままベットに倒れ込んだ。
翌日の桃井宅。居間から感じる陰のオーラをみて哲也が銀次に尋ねる。
「……兄貴、ソラ先輩どうしたの?」
「そっとしておいてやれ」
「……ボクってやつはどうして、こうもツメが甘いんだ……灯台ではいい雰囲気だったのに……」
ソラが桃井宅の居間で悶えていた。寝ぼけていた時の記憶が恥ずかしすぎて、朝起きて身支度を整えて全力で桃井家に突撃したソラである。そんなソラの前に銀次は麦茶を置いた。
「まぁ、俺としては嬉しかったけどな」
「銀次のせいでボクはダメ人間になってしまう……ダメダメ人間」
「ハッハッハ、普段の俺の気持ちが少しはわかったか」
「ぐぬぬ……挽回するもん」
ガバっと起きて麦茶を一気飲みするソラ。そして、鞄からノートパソコンを取り出す。
「ん? どうした?」
「芸術祭の作品について、昨日のデートでアイデアが浮かんだんだよね。だから銀次と一緒に金属板のCADを完成させようと思って……ほとんどできているから、ちょっといじるだけで完成だよ」
「早いな……どれどれ」
画面には丸の形からハート型へ変化するような並びで設計のファイルが並んでいた。
「これを溶接で組み合わせるわけか」
「うん、海で見た泡が浮かぶような感じで丸からハートに螺旋状に変化していく感じなんだ」
「接地面が不安だな、特に上の方はハートからハートだから繋がりが不安だ」
「立体が重なるようにするから、できるだけ固定できる場所は増やすよ。支柱はいる?」
「有った方がいいな。俺の腕じゃ、支え無しだと強度が不安だ。デザインに不都合はあるか?」
「ないよ。元々、つけるつもりだったし。……そこにアイデアもあるんだ。支柱を灯台モチーフに変えて、ディティールは直接筆で描くから……」
「ふぅん。いいじゃねぇか」
スケッチやCADを見ながら相談する二人に哲也が切り分けた羊羹を置く。そして机に広げられたスケッチを見た。支柱に沿うように浮かび上がる丸からハートの金属板が描かれている。
「これ、何がモチーフなんですか?」
何の気無しに聞いたのが失策だったと哲也はすぐに思い知る。ソラが目をキラキラさせてスケッチをかかげる。
「テツ君、よくぞ聞いてくれたね。これはボクが銀次を好きになった時の気持ちをイメージしてるんだ」
「……」
「海の中で泡が浮かぶように、気持ちが溢れるさまを表現したくて、それに灯台ってのは標だよね。僕にとって銀次が気持ちを徐々に形にしてくれたことを、ハートへの変化にしているんだよっ!」
「流石に照れるな……でも、いい感じだよな?」
哲也は喉まで出かかった言葉を飲み込み、うなずいた。
「……うん、いい感じだと思う。ところで兄貴、夏休みの清掃だけどこれ日程。忙しかったら別に参加しなくてもいいよ」
これ以上深入りすると大変なことになりそうだと察知した哲也は話題を変える。
「馬鹿言うな。行くぞ、こういうのはしっかりやんないとな」
「なにそれ?」
哲也が渡したプリントを銀次は受け取って広げる。そこには夏休みの清掃について日程が書かれていた。どうやら週末にあるようだ。
「中学の掃除のボランティアでな。ツレなら連れて行ってもいいんだ。来るか?」
「行っていいの? もちろん行くよ」
「人手は多い方がいいだろ。可愛い弟の内申点、俺達でばっちり稼いでやろうぜ」
「やらいでかっ!」
「……いや、普通でいいよ。じゃ、学校行ってくる。作品、頑張ってね」
そうして哲也は逃げるように二人を置いて学校へ行くのだった。学校に着くととりあえず図書室を目指したが汚れたユニフォームを着た丸刈りの生徒が哲也を見つけ走って来た。
「おう、テツ。銀次先輩にプリント渡したか?」
「掃除のこと? 今年も来るって言ってたよ。……まだユニ着てんだ」
「二回戦間近の後輩の指導だ。そうか! へへ、皆も喜ぶぜ」
「彼女もついてくるっぽいから、あんまり皆とは構えない――」
アングリと口を上げる丸刈りの中学生。そして、やや引き気味のテツ。
「おい、今、なんて言った?」
「……彼女を連れてくるって」
「おぉおおおおおおい。皆ぁああああああ、集合! 大事件だ! 練習なんかしている場合じゃねぇぞ!!」
数分後にはユニフォームを来た生徒達が囲まれ、哲也は空を見上げて大きくため息をつくことになったのだった。
次回も月曜日更新予定です!!
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