灯台もと暗し
ガラス細工を買い、暑さから逃げて甘味を探し、高低差のある町から色んな海を眺める。そんなのんびりとしたデートを堪能する二人。時間はあっという間に過ぎて海からの風が少し涼しさを帯びてくる。時間が近づき町からは少し離れた場所にバスで移動し、工場が並ぶ通りをすぎて海沿いの丘のふもとで降車した。この先にお目当ての灯台がある。本日何度目かの坂道を上る必要があった。その途中でソラが足を止める。
「時間もあるしどっか休憩するか?」
「ううん、ちょっと景色を見ていただけだよ」
ソラは建物の隙間から微かに見える紫色に染まった夕暮れの海を見ていた。
「一面に広がる景色も好きだけど、隙間から見える景色も好きなんだ。窓からみる花火や棚の影から見える置物とか、見えないからこそ趣があるんだよ」
「そんなもんか……ピンと来ねぇなぁ」
「あはは、銀次はそうかもね」
「どういう意味だ?」
視線を前に向けてソラが一歩前に出る。振り向くとフワリとワンピースの裾が広がる。
「銀次はいつも外からボクを引っ張ってくれるから」
閉じられた世界で、積み上げたキャンパスとイーゼルの壁の先から手を伸ばしてくれた人。
今、きょとんとするその顔を忘れない。今日一日で見た色々な貴方のことを忘れない。そう思うソラの手をを銀次が掴む。
「それもピンと来ねぇ。どっちかと言うと俺も引かれていると思うぜ」
「え~、絶対銀次が引っ張ってるよ」
「いーや、ソラが引っ張ってるな」
そんな言い合いをしながら、二人は灯台を目指す。たどり着くころには陽はほとんど沈みかけていた。小高い丘を登り、たどり着いたのはずんぐりとした二階建ての建物とその脇の灯台だった。丘からはさきほどまで歩いていた工場や町の風景が見渡せる。
「なんていうか、ここの灯台って意外と小さいんだな。下からみえるともっと大きいように見えるんだがな」
「高い場所にあるから、そう見えるのかもね。ほら行こうよ」
灯台に直接入ると言うわけではなく、横の建物に入るようだ。券売機でチケット買って入場する。
建物の中は町の資料館になっており、海沿いの町の発展が写真付きで説明されていた。展示物を横目に螺旋階段を登ると屋上に出る。紫からより濃く、夜の色に空が染まっていた。
周囲には人はカメラを持った人がチラホラいる程度で、恋人は二人だけのようだ。人との間隔もあり二人の様に感じる。
「ここが展望台なんだ。あとちょっとで灯台が点灯するよ」
「穴場って感じだな。まぁ、わざわざデートで灯台から工場の光を見る奴も珍しいか」
銀次が揶揄うとソラはプクリとわかりやすく頬を膨らませる。
「む、どうせボクは変わってるよ」
「俺はそういうとこ好きだぜ」
「……ならよし」
屋上は景色を見る為に設計されており、手すりから遮蔽物のない景色を見ることができた。海からの風はここまで届き心地よい。足元が確認できる程度の照明がつき、屋上から見る町の光が変わって来る。目を輝かせて景色を一心に見るソラと興味深そうな銀次。
「あっ、銀次。見てよ、工場の灯りが見え始めたよ」
「どれどれ……」
煙突に赤い照明がつき、煙の影が見える。夜が濃くなるほどに灯りは増していきパレードのような夜景が現れる。
「へぇ、いつもは工場の中にいるけどよ。離れてみると綺麗なもんだ」
「近くで見るのもいいけど、光の位置から建物のシルエットを想像するのも乙なんだよ。あれが、製鉄所でしょ、向こうには化学工場もあるし石油精製所とは違った良さがあるんだよね」
「こうしてみると、特徴あるよな。つーか、あっちに船が光ってるな」
「えっ、めっちゃいいタイミングだよ。そろそろ灯台も点灯するし……」
話題に上がるのを待っていたように、ガシャンと音がして淡く灯台が点灯する。光がクルクルと回り始めた。徐々に光量が強くなり光の筋が見えるようになると辺りが暗くなる。
「うぉ、点灯するとむしろ暗くなったぞ」
「灯台もと暗しってね。遠くの船が光を見えるように指向性があるから、周りは暗いんだよ。でも、ここまで暗いとは思わなかった。夜空が綺麗……」
「すげぇな。灯台の下から見上げる星空か」
「うん、綺麗。工場の光と星の色がはっきりわかるよ」
どちらからともなく手を握り、ソラが銀次にもたれかかる。光の筋から星空が覗き、視線を落とすと工場の照明と静かな海。どこを見ても美しい光景だった。
「描きたいものが多くて迷う。銀次、選んで」
「馬鹿言うな。お前が描きたいもんを描くんだよ」
銀次の言葉を聞いてクスクスと笑うソラ。
「描きたいものか……ねぇ、銀次。ボクは君が好きだって描きたい」
「……どうやって描くんだ?」
「わかんない。でも、描きたいんだ。海やガラスの風鈴、工場と灯台、今日見た何を描いてもボクはきっと銀次が好きだって描いてるよ」
「そっか。そりゃ……照れるな」
「でも描きたいんだ。カタチがないからどうすればいいかわかんないけど、それが今のボクの描きたいものなんだ」
「そんなら、描けばいい。ソラにならできるさ、楽しみにしてる」
「うん、待っててね」
しばらく二人で静かに景色を見ていると。ソラがポツリと喋り始める。
「銀次……ボクね。カタチのないものが怖かった。愛華ちゃんはよく、芸術は見えないものを評価されるって言っていたし、絵の紹介文にもどんな気持ちを込めたかを文章にしていたけど、ボクはそれが怖かった」
「ソラ?」
ソラは息を吸って、銀次の腕にしがみつく。ソラの様子を見て銀次は心配そうにしていた。
「だって、お母さんはボクのことを大好きって言ってくれたのに……いなくなったから……見えないものは知らない内に変わることがあるから……見えるものなら、少しでも変わればボクにはわかるのに。だから機械達が好きなんだ。必要とされる『カタチ』ならきっと捨てられないから。もし変わればすぐにわかるから……」
ソラが顔を上げると銀次はソラを見ていた。目が合うと、銀次は笑ってソラを引き寄せた。
「そうかもしれないな。だけどよ、どんなものだって変わるなら。いい方向に変わることもあるかもしれねぇだろ。誰かを嫌いなることもあれば、もっと好きになることだってある。……俺は……まぁ、なんつうか……出会ったころよりも今の方がずっとソラのこと好きだぜ。見えなくたってわかるもんもあるさ」
ソラの瞳からポロポロと涙が零れる。
「……ボクが言おうとしたこと言われた。……うん、そうだね。今ならカタチのないものも……信じてもいいって思うし今は描きたいんだ。今日、ここにきて良かった……銀次、好きだよ」
見上げたソラが銀次を引き寄せる。
灯台の下の暗闇の中で、二人は今日二回目のキスをした。
来週は月曜日更新予定ですが、ちょっと忙しく、もしかしたら遅れるかもしれません。
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