頑固おやじの割烹料理
道の駅を後にした二人は、バスに乗り込む。人はそれなりにいたが運よく二人は座ることができた。
二人座りようの座席で、トランクケースを前に置いてソラが窓際に座る。
「乗れて良かった~。結構ギリギリだったね」
「まさか、バス亭であんだけ話しかけられるとはな……」
ややぐったりする二人。道の駅でナンパを撃退したと思ったら、バス亭までの道でも何度か話しかけられたのだ。ナンパ目的というわけではなく、単純にソラが可愛いからと女性の観光客が話しかけてきたことがきっかけで、有名人がいるのかと勘違いした人が集まって来たのだ。
「最終的に、どこにもいないアイドルを探していたよね……」
「話に尾ひれがついて、芸能人がいることになってたからな。まっ、ソラを見てそっち関係だと誰かが思ったんだろ」
「愛華ちゃんじゃあるまいし、そんなことありえないよ。ふぅ、ちょっと休憩」
大きく息を吐いたソラが銀次にもたれかかる。ふわりとヘアミストの香りがした。人ごみが嫌いなソラにしては頑張ったと、快く肩を貸す銀次。バスが動き始め、海岸沿いを進んでいく。
銀次が道の駅で買ったペットボトルのお茶を飲んでいると、視線を感じる。空が銀次の肩に顎を乗せてペットボトルを見ていた。茶色に緑が混じったヘーゼルアイに吸い込まれそうになる。
「近いぞ……茶、飲むか?」
「うん」
お茶を受け取ったソラが前に向き直る。蓋を握ったまま横目で銀次を見て、悪戯っ子のようににやりと笑みを浮かべた。
「間接キスだね」
「……バーカ」
「えへへ」
照れてそっぽを向く銀次を見て、してやったりとソラはお茶を飲んだ。バスは海岸沿いから街へ入る。
街と言っても田舎街であり、二人が住んでいる所よりも背の高い建物はほとんどない。道が太くなったあたりで二人はバスを降りた。地図を暗記しているソラが道案内をする。トランクケースは銀次が運び、空いている手で手を握っている。
「この辺のはず……あった、あの暖簾のお店だよ」
「坂道の上にある店か。ここまで来たことは無かったな」
のぼり一つも無く、砂利の駐車場と『割烹』と書かれた暖簾だけの店だった。
「へぇ、雰囲気あるな。よくこんな店見つけれたもんだ」
「工場見学のスレでめっちゃ美味しいって話題だったんだ。山向こうの工場の人がわざわざ来るお店なんだって」
胸を張るソラ。そして、そそくさと銀次の後ろに移動する。
「じゃ、銀次。後はよろしく」
初めての店に入るのが怖いソラなのだった。銀次が店を開けると、カウンターとテーブル席三つだけのつつましい店内が明らかになる。天井が低く、白髪でオールバックの髪型に鉢巻をしたいかにも頑固といった板前がジロリと二人を睨む。
「すんません。予約していた……髙城でいいのか?」
「えと、い、いちおう、桃井で予約してる」
「俺の苗字? 別にいいけどよ。桃井で予約している二名っす」
なぜか照れて指をモジモジ合わせているソラであった。銀次が告げると、板前から威勢のよい返事が返って来る。
「いらっしゃい。冷房効かせてるからよ。さっさと入んな」
「どこ座ればいいっすか?」
「ん、どこでもいいよ。あんたらの他に予約なんていねぇからよ。ここまで暑かったろ。おい、お茶をお出ししな!」
テーブルが店の奥側だったこともあり、カウンターに座る二人。
「はいはいー」
板前が奥に向かってそう叫ぶと、シャツにエプロン姿の女将さんが現れる。冷えたガラスコップに注がれた麦茶を二人の前に置いた。
「いらっしゃい。若いお客さんは珍しいねー。どっから来たの?」
「中央からっすね」
「中央? あら、県内かい。お嬢ちゃんが可愛いから、隣県から来たのかと思ったけどね。いや、最近は中央も若い人増えたって聞いたけど、こんな人形みたいな子がいるんだねぇ」
「ど、ども」
人見知り発動中のソラである。女将が話を続けようとするが、扉が開き常連と思わしき客が数人入って来た。
「うーす。午前の荷下ろし終わったから。来たぜー」
「あらー、いらっしゃい」
そっちに移動した女将をみてちょっと安心するソラ。すると今度は板前がカウンターから身を乗り出す。
「嬉しいねぇ、若い子は奥のテーブルばっか座るからさ。割烹ってのはカウンターに人が座らにゃはじまらん。何食べたいんだい? 予約では値段はいくらでもいいっていうからどんなお大臣が来るのかと思ったら子供じゃねぇかい。勉強するから先に予算をいいな」
「予約通り、お金はいくらでも大丈夫で――」「一人、3000円から4000円でお願いします」
青天井を切り出そうとしたソラに銀次が被せる。やや、不満げなソラの視線を銀次は正面から受け止めて二人は睨み合った。
「デートなんだから。男が出すべきだろ。なんでも食えって言えないのが情けねぇけどよ」
「情けなくなんかないよ。バイトして稼いでいるんだから銀次は凄いよ。でも、折角だしボクも出したい。割り勘ならいいもの注文できるよね。そもそも、全部払いたい……お店選んだのもボクだし、百歩ゆずっても割り勘だと思う」
「……そうだな。じゃあ割り勘にすっか」
「全部払いたい」
「妥協案提示したのそっちだろが!」
銀次が譲歩した分踏み込むソラなのであった。
「おいおい、お嬢ちゃん。坊主を立ててやりな、ちゅーか、そんだけありゃ昼には十分だ。苦手な薬味とか魚はあるかい?」
「「ないです」」
「あいよ、待ってな。後ろの野郎どもは何食いたい?」
「「「ザンギっ!」」」
常連客達の声がハモる。
「魚食えよ、お前等ぁ!」
いつものやり取りなのかゲラゲラと笑いながら、板前さんが立てかけていた包丁を手に取る。
下処理された鯵を切っているようだ。料理好きである二人は興味深そうにその手際を見ていたのだが、女将さんがやってきて二人の前に小鉢を置いた。
「はい、お漬物とイカの酢味噌和えね」
ナス、ニンジン、大根、キュウリが入った漬物だった。口に入れるとカリっと小気味の良い音が響く。海で汗をかいた体に塩分が心地よかった。少量を上品に盛られた酢味噌和えも涼やかで夏らしい。味の感想を言う間もなく、お吸い物が置かれた。
「今日は、卵豆腐とエビね」
「わぁ、いい香り」
「普通にエビ入っているの凄いな」
蒸したエビと卵豆腐の上に三つ葉が乗ったお吸い物だった。食べる前にソラはお椀をマジマジと眺める。
「えっ、普通に器がめっちゃいいよ。漆塗りの吸い物椀だね」
「おっ、わかんのかい。昼に特別メニューを頼んだ客にはそれで出すのよ。出す客は俺が選ぶのさ。お嬢ちゃん、いいモン食ってんだねぇ」
「板さん、俺達はどうなんだい?」
常連が茶々を入れるると、板前は面倒くさそうに手で払いのける仕草をする。
「おめぇらは、安物よ」
「おいおい、そりゃねーだろ。ところでザンギまだ?」
「だあってろい。今油あっためてっからよ。若いモンに腹いっぱい食わせにゃならんだろうが」
「ハハ、元気なオヤジさんだな」
「……エヘヘ、良かった」
「ん? 何がだ?」
「別に、それよりもホラ、次はお刺身だよ」
騒がしい割烹だが雰囲気は悪くない。特に工場育ちの銀次とってオヤジ達の気兼ねの無い感じは嫌いではなかった。そしてソラはそんな銀次の様子を横目で観察しながら、銀次が嬉しそうでよかったと、安堵していた。実は自分が選んだ店が悪かったらどうしようと緊張していたソラなのだった。
次回も月曜日更新予定です!!
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