確信と謎
二人で放課後の作業をするようになって最初の金曜日の放課後、今日も今日とて資料室で愛華から押し付けられた作業をこなす銀次とソラ。
だが、二人が向かい合う書類の量は明らかに少ない。
「終わりだ。残りは?」
「えっ、もう終わったの? 凄いね。ないよ、今日の指示された作業は終わりだよ。学校の学生会の仕事なんて実際は量なんてないしね。嫌がらせの弾もつきたというか調達の方が面倒みたい。これも銀次のおかげだね」
「……俺の三倍は仕事しているやつに褒められてもな」
銀次も手際良く作業できていたが、ソラの作業量は圧巻の一言で脳みそが二つあるんじゃないかと銀次は密かに疑っている。そして、銀次の頭を悩ませているものが一つあった。
ことりと銀次の前にお盆が置かれる。
「はい、ご褒美だよ。今日はカラスミの焙り、チーズと大根もあるから合わせて食べてみて。濃いめのほうじ茶と合うんだから。カラスミもいずれは自作したいよね」
「……人の三倍作業して、デザインの仕事もこなして、俺を餌付けして楽しいか?」
青筋を浮かべた銀次がソラを睨みつける。口に運んだカラスミは濃厚で銀次の好みの味だった。
……コイツ、俺の反応を見て味の好みを把握し始めてやがる? と銀次は心の中で戦慄する。
「最高だね。銀次は美味しそうに食べてくれるもん」
満面の笑みで断言するソラ。数日前から銀次に自分の作ったおやつや料理を食べてもらうことにすっかりはまってしまっている。せっかく、作業やある程度女子からのヘイトを引き受けてやっているのに、自分から負担を増やすとは思わなかった。ほっとけば無尽蔵に身の回りのことをしようとしてくるので、銀次から一日一回と制限を設けるほどだった。……愛華の代わりに銀次に依存しているとも考えられるが、本人の感覚では全くの別物だと銀次に対してソラは断言している。
「朝の挨拶もそれくらいやる気だせよ」
「……人には得手不得手があるんだもん」
フイっと横を向いて
「ったく。せっかく早めに作業が終わったんだ。今週の成果を確認するぞ」
「や、やらいでか」
ノートパソコンを脇に押しやり、どかりと肘をついてカラスミを食べつつノートを取り出す。
「まっ、それなりに男子の知り合いは増えたんじゃねぇの?」
ここ数日の挨拶のおかげで、ソラの存在は学年の男子に顔くらいは覚えられていた。
「正直どんな効果があるのかわからないけどね。でも人と話すことに慣れた気もする……かな」
「ソラが本気を出した時に、正しく評価されるための下準備だな。こういうのはジワジワと効いてくるもんだ。次に、目下のところの問題だが……一部男子と女子達の嫌がらせだな」
「前からだから、もう気にならないけどね」
愛華の取り巻きによる言葉によるネチネチとした嫌がらせは続いており、見ていて非常にムカムカしている銀次だったが当のソラはまったく気にしていなかった。銀次が見る限り、かなり疲弊していたはずだがわずか数日で見違えるように回復している。劇的と言ってもよいかもしれない。
「物が盗られたり、俺のいない所で詰められたりとかも無いんだよな?」
「警戒しているからね、まぁ、たまに体操服とか隠されるけど予備もあるし、外靴もいつも靴入れにいれているし、大っぴらにすると先生に睨まれるから本当に陰口が主かな? 男子達もあれ以来特に暴力とかはないから。銀次こそ、女子達から大分嫌われているけどいいの? モテたいんじゃないの?」
「あんな奴らこっちから願い下げだ」
わかりやすくソラの盾になった銀次も女子達から蛇蝎のごとく嫌われ、一部の男子と疎遠になったようだが他の男子とは変わらず交流があるし、銀次も覚悟の上だったのでダメージはほとんど感じていない。
「四季の方はどうだ? 毎日作業を振って嫌がらせをしてはいるけどな」
「……うーん。銀次と一緒にいるようになってから、家に呼ばれないし変わりがわからないかな。まぁ、愛華ちゃんは叔父さんの知り合いが開くパーティーに週末参加するから、そっちのが忙しいんだと思う。もし、ボクに何かするなら来週からかな?」
ソラもカラスミを摘まんで口にほうりこむ。軽い調子で言ってはいるが、微かに指先が震えている。
愛華のことは変わらず恐怖の対象のようだ。それに気づかないふりをして銀次は話を続ける。
「パーティーね。お前も行くんだっけか?」
「そうだね。愛華ちゃんのメイクとか、ドレスの調整しに行くよ」
「化粧まで人にやらせんのかよ……」
「いや、ドレス着る時とかは他人にやってもらうのが普通だからね」
「ソラがやるのはおかしいだろ。いや、できてしまうお前がおかしい」
「そうかな?」
「そうなんだよ」
こうして少しずつされていることを把握していくと、四季という人間はソラでなくてよいこともソラに押しつけると言うことを何年もしているようだ。それだけ聞くとソラに依存しているようだが、愛華の態度に執着を感じない。まるで代わりはいくらでもいるとでも言っているようだ。
数か月の観察と数日一緒に作業したことで銀次は確信したことがある。
ソラは本物の天才だ。まだその片鱗しか見ていないがモノが違う。コミュニケーション能力が低かったり人との距離感がバグってはいるが、大抵のことはすぐに吸収し消化することができる。本人の自己評価の低さと周囲にその成果を見せる機会がないだけで、替えのきかない人材であることは間違いない。そして、誰よりもそのことを知っている愛華がそんな態度をソラに取れる意味がわからない。まさか本当にソラが無能で自分が優秀だと思っているのだろうか? そんな馬鹿なことはいくらなんでもないはずだ。
「四季はソラをどう思っているんだろうな?」
「ボクなんて、愛華ちゃんからしたら玩具か何かだと思う。いつでも壊せる玩具なんだよ」
「……気に入らねぇな」
本気でそう思っているソラを不機嫌そうに睨む銀次。コイツを幸せにするために必要なことは何だ?
俺は何を見逃している? カラスミを食べながら考えるのだった。
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