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描きたいもの

※※※※※


 銀次とソラが海でデートをしていた同日、新幹線で移動した他県の会場にて愛華は美術展に出した絵の批評を受けていた。高校生になってから初めての全国規模の美術展であり、愛華にとっては落とすことのできない大事な大会であった。すでに県予選は突破が決定している為、これは全国で評価されることになっている。今行っているインタビューや場合によっては作者自らプレゼンを行うことも界隈では見られるのだ。


「……モチーフは鳥……これはツグミですね。これを描こうと思った理由などはありますか?」

 

 そう尋ねた眼鏡をかけた女性は、誰もが聞いたことのある芸大の助教授で今回の審査員だった。愛華は心の中で舌打ちをする。相手が男性ならばやりやすかったからだ。


「えぇ、ツグミの歩き方が特徴的で印象的だったので、感じた可愛らしさを絵にしたかったんです」


 見た者が見惚れるような笑みを浮かべ愛華はそう告げた。しかし、審査員の女性は眼鏡をかけ直しながら舐めるように絵を見ており愛華を見てはいなかった。


「……跳ねるように歩く際の、尾羽の向きや動きなど、非常に優れています。特に重心の把握による傾きなど、骨格の知識が必要な部分まで違和感なく描けています。私はこの作品を高く評価します」


「ありがとうございます。嬉しいですわ」


「余談なのですが。この絵は写真のように精緻ですが、貴女が感じた可愛らしさはどこにあるのでしょうか?」


 愛華の表情が強張る。この絵を描いたのはソラであり、モチーフや構図を指示したのは愛華だった。何枚もラフをソラに描かせ、その中で審査員受けが良さそうなものを選び描かせていた。その為にこの絵に対するこだわりを愛華は持ち合わせてはいない。そして、この絵を描いたソラもまた愛華に言われて描いただけなのだ。


「……その絵の描写の中に、私が感じたツグミの愛らしさを入れているつもりです」


「なるほど、自然のままの姿がよいと……」


 手元のメモに何かを書き込む審査員。その後も愛華は数名の審査員と話をしてインタビューを終えた。

 会場から近くのホテルに移動すると、澪が出迎える。


「お疲れ様です愛華様」


「ご苦労様。澪」


 自室にて移動し、澪がいるにも関わず気に留めず服を脱ぎ着替え始める愛華。澪はやや顔を赤らめながら視線を逸らし、スマホを取り出して予定を伝えた。


「……本日は予定もありません。姉妹校との交流会の準備も問題無く進行しています。どうぞ、ごゆっくりお休み下さい。愛華様のお父様からも、休むように伝言が届いています」


 愛華がスマホを確認すると、自分を心配する内容のメッセージが父親から届いていた。


「そうね、そうするわ。貴方も休んでいいわよ」


「私は大丈夫です。何か飲み物でもお持ちしましょうか?」


 愛華は首を振った。


「……少し、眠るわ」


「かしこまりました。あの……」


「何かしら?」


「いえ……失礼します」


 澪が退出した後、愛華は部屋着に着替えベッドに倒れ込んで仰向けになった。


「……」

 

 無言で天井を見る。今日は上手くいったはずだ。指摘は受けたが、私が選んで指示を出した作品だ賞も十分に狙えるはず。

 収穫もあった。ソラの絵の欠点だ。あの化け物は写真のように絵が描けても、形のないものを描くことは苦手なようだ。それを指摘された。私なら描ける。私なら……もっと上手く描けるはず……。あの子は昔からそうだった。大人達が気に入る絵を描けばいいのに、錆びたネジや誰もいない空き地など、おかしなものばかり描いていた。

 大会ではそんなもの評価はされない。評価されなければそれは意味を成さない。自分が描きたいものではなく、誰かが見たいものを描くのだ。それでいい、そうすれば、皆が私を褒めてくれる。


「そう言えば……私が描きたいものって何かしら?」


 疑問が浮かぶが、その答えは必要が無い。私は、望まれた絵を描けばいいのだから。

 ソラが私が望んだ絵を描いていたように……。


「っつ! 違うわ、私は、あの子とは違うから……」


 愛華はベッドから起きて、冷蔵庫に置かれていたミネラルウォーターを喉に流し込む。

 

「……そういえば、あの子は描きたい絵があったのよね。どうでもいいわ」


 自分が破いた絵に何が描かれていたのか愛華は思い出せない。もし、ソラが描きたいものを描けていたのならば、そこにあの子の感情は描かれていたのだろうか?

 その絵を審査員が見たら、どんな評価だったのだろうか?

 

 そんな疑問を水で洗い流し、ベッドに戻った愛華は倒れるように眠りについた。


※※※※※


 一方、海で浮き輪に乗っているソラは浮き輪に乗り、それを引っ張る銀次を見て目を輝かせていた。

 

「筋肉……後で描かないと……石膏で再現……エヘヘ」


 描きたいものが多すぎるソラなのであった。銀次と出会ってから、自分を知ってもらいたくて、その為に絵を描き、絵について学び続けている。指示されて興味のないツグミの絵を描いたのは四月の頃、銀次と出会った今のソラがどう成長しているのか、愛華はまだ知らずにいた。

来週は月曜日更新予定です。次回からイチャラブに戻ります。


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[良い点] 現実でもいますよね嘘を隠すために 嘘を重ねて取り返しがつかなくなってる人 自分が今どういう立場•状況なのか 愛華嬢は分からないんでしょうねぇ••• 後半で二人が出て来てくれて良かった。 […
[良い点] 『他人』に望まれ、それに応えるように『他人』を利用して『自分』を表現している気になった結果、『自分』が描きたいモノが分からなくなってるのは哀れとしか言えない。けど、他にも主体性のない人はい…
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