海に飛び込め
車窓から見える風景が変わっていき、建物が次第に少なくなっていく。それに比例するように電車に乗る人は増えて、夏らしい喧噪が車内に満ちて行った。
「おぉー、山だね。夏の山は色んな緑があるから見ていて飽きないよ」
「山だな。そしてあのトンネルをくぐれば見えてくるぞ」
ソラが窓に張り付き、銀次がスマフォを見て時間を確認する。
ほどなくして、時間にして僅か数秒ほどのトンネルを電車がくぐると、それまで山ばかりだった光景がパッと開ける。
「海だよ。銀次っ!」
緩やかにカーブを描く線路からは海が見え、街並みが姿を現す。
指で作った四角から、ソラがその光景を覗きこみ眼に焼き付ける。
「何してんだ?」
尋ねると、ソラは四角を銀次に向けて枠に銀次を入れながら振り返る。四角の奥からはヘーゼルアイがこちらを見ていた。
「描きたいものがたくさん見つかりそうで、悩んでる」
「いいことじゃねぇか。ソラが見ている物、俺にも見せてくれよ」
それはどうだろう? 今、この指で作ったキャンパスから覗く人を描いてしまったらならば、この想いも全部伝わってしまいそうで、それは……少し恥ずかしい。……でも。
「うん、見せたげる」
その時の銀次の姿を想像して、笑みがこぼれるソラなのだった。
電車が目的の駅に着くと、同じく海を目指す人達の流れに乗り、バスに乗り換えてさらに十分ほどで目的地に着く。道の駅が近くにあるこの砂浜は人気のスポットだった。ここ数年で更衣室やロッカーが増えており、利用しやすいのが強みである。人も多いもののごった返すほどではなく、家族連れが日除けのビーチテントを多く広げていた。
「ついたー」
「しゃ、じゃあ着替えに行くか」
「あっ、ボクは下に着てきてるよ。日焼け止めも塗ってきたから、脱いで荷物を入れればバッチリ」
ムンと胸をはるソラ。
「準備いいじゃねぇか。俺も下に水着を付けているぜ」
無論銀次も下にすでに海パンを履いていた。道の駅に入ると、流石に人が多いが、幸いロッカーは開いているようだった。受付で鍵の付いたリストバンドを貰い、更衣室で一旦別れる。
先に着替えた銀次がソラ用の浮き輪をレンタルしてロッカー室の前で待っていると、鞄を引きながらソラが小走りでやって来た。というかちょっと涙目である。
「よかった、銀次~」
「どうした?」
「なんか視線が集まってる気がして……すぐに銀次を見つけれて良かった」
ふにゃりと安堵の表情を浮かべてすぐに、口を開けるソラ。
「……そりゃ、視線を集めても仕方ないだろうな。」
「うん?」
銀次を不思議そうに見上げるソラ。ラッシュガードを羽織り、白のフレアトップに黄色のスカートの水着姿である。胸元は露出を抑えているようでしっかりと盛り上がっており、その存在を主張し、惜しげもなく晒している白く華奢な肢体は周囲の視線を惹きつけている。儚げで小動物のような雰囲気は庇護欲を掻き立てるにも関わらず、そんな自分の魅力をいまいち理解していないゆえの無防備な立ち振る舞いはギャップを引き起こし、男女問わず周囲の注目を集めていた。
見るのは二回目だが、その威力は留まること知らない。可愛らしくも蠱惑的な水着装備のソラに銀次は自分の理性にヒビが入るのを感じるのだった。
「……いや、その……」
漢、桃井 銀次。ソラを直視できない。そんな銀次を見ているソラもポーっと口を半開きにしてフリーズしている。銀次に会うまでは周囲の視線から逃げることに精一杯だったが、銀次を見つけて安心すると、次はその体に目を奪われていた。
「筋、肉……」
涎のようにこぼれる言葉。夏服からもわかっていたつもりであったが、銀次の体はソラの予想を上回る。しっかりと鍛えられている男性のそれであり、特に肩と背中が綺麗な筋肉の付き方をしている。周囲を威圧することもある悪人面もその体と合わせるとバランスがとれるように魅力が増していた。
水着姿の銀次に対し、抵抗の余地はなくソラの理性は崩壊した。引き寄せられるままにペトペトと銀次の腹筋を触る。
「お、おい、何してんだ!?」
接近したソラの何とは言わないが、わりとしっかりある谷間が見えそうになって顔を背ける銀次にソラは接触を続ける。
「ちょっと待って、もうちょっと……」
なかなか理性が戻らないソラに銀次がデコピンをする。
「……くすぐったいだろ。ほれ、ロッカーに荷物を置くぞ」
「ハッ、ボクは一体何を……」
ソラ、正気に戻る。
「人前で何やってんだお前は……」
「銀次の筋肉が悪いんだ。着やせするタイプなんだね」
「……そっちもだと思うぞ」
「そう?」
ソラを見れない銀次と、銀次しか目に入らないソラである。
二人で荷物をロッカーに預けて、浜辺に移動する。時刻は10時30頃で、一層賑わう時間帯だった。
砂浜に立つと、潮風が熱気を二人に届ける。
「わぁ、凄い。クリーム色の砂浜に青い海。このビーチ初めて来たけど、凄く綺麗だね」
「割と穴場だよな。波も静かだし、最高の海日和だ」
海を見る銀次の隙をついて、ソラは腕に抱き着く。人生で体験したことない薄い布から直接伝わる柔らかさに、無抵抗になる銀次を引っ張って海へ進む。
「うぉ、ソラ!?」
「早く行こうよ銀次!」
止まることなく、二人は浮き輪ごとに海に飛び込んだ。
来週は月曜日更新予定です。
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