夏の海へ
二人が工場で芸術祭の作品について工程を立てた日から、三日後。夏休みが始まって六日目。早朝の券売機の前に麦わら帽子とお気に入りの白いワンピースを着たソラが立っていた。日差しに弱いので薄手のカーディガンを羽織っており、上品に着こなしていた。
「むー、ちょっと早く着きすぎたかな?」
待ち合わせの時間は7時半、今の時間は6時50分。手には白地のトランクケースを握っていた。
残った宿題を終わらせ、作品のデザインを詰め、二人で料理を作ったり何もせずただ二人で話していたりしていたら、あっという間に県北の海へ行く日になったのだ。
「前髪、これでいいかな? 日焼け止めも良しっ」
手鏡を取り出して身だしなみを確かめるソラ。銀次を好きになってから女子として意識するようになり、スズにも意見を貰いながら修行をしている真っ最中である。周囲(主にスズ)から見ると効果のほどはてきめんなのだが、ソラ本人は割と自信がなかったりする。
「銀次は、ボクに甘いからなぁ」
可愛い格好をすると、基本的に銀次は照れながら褒めてくれる。褒めてはくれるのだが、その中でもより上を目指したいのが乙女心である。
「よう、おはよう」
「ぬわっ」
早速女子らしくない声が漏れてしまう。振り返ると、シャツにジーパンといった動きやすい格好の銀次が自転車から降りていた。背中にはリュックを背負っている。悪人顔なのに、笑うとどこか幼く見えて、だけどやっぱりカッコよくて、急に現れた銀次にソラは胸がドキドキしてしまう。
「び、びっくりした」
「驚いたのはこっちだぜ。待ち合わせ30分だろ? 暑いのに早く来すぎだ。迎えに行っても良かったのにな」
「荷物があるし……いつもと違う場所で待ち合わせの方が特別っぽくない?」
「わかるぜ。いいよな、自転車置いてくるからもう少し待ってろ。それと……似合ってるぜ服」
「そういうとこなんだよっ!」
「なにがだ」
顔を真っ赤にしたソラに送り出された銀次が自転車置き場から戻って来ると、二人で券売機の下の方の高額な切符を買った。
出てきた切符を持って、ソラは手触りを確認していた。
「どうした?」
「パスに入金したりスマホでも改札は通れるけど、今日はやっぱりこっちがいいよね」
「おう、無くさないようにしないとな」
「うん。今日はよろしくね」
「あぁ、楽しみだな」
二人で順番に改札に切符をいれる。オレンジの紙片が通ると改札が開き、ホームへ入る。
ありふれた場所であるのに、区切られた場所に二人で一緒に入るだけで特別になる。
ソラは思うのだ。自分はこの胸が締め付けられるような、鼻の奥がツーンとするようなこの瞬間の恋を忘れないだろうと。
「幸せで……泣きそう」
「何でだ?」
本気で困惑する銀次である。生まれて初めての彼氏と遠くへのデートに感極まったソラに苦笑しながら銀次はその手を握って階段を登って向かいのホームへ行く。二人が乗る電車までまだ時間がある。
「まずは海だろ?」
「お昼は海鮮だよ。予約もバッチリ、夜は海辺の灯台から工場の灯りを見られという完璧なプランです」
「だな。……それにしちゃ、荷物が多くねぇか。日帰りだろ?」
ソラが持っているトランクケースに視線を移す。すると、ソラは得意げに胸を張った。
「これは愛華ちゃんと県外に行くときにも重宝した優れものなんだよ。無茶ぶりに対応できるようにいろんなものを入れていたからね。それに見かけはレトロ調なんだけど、軽いし、コロが収納されているので転がしたり、地面に直接置くこともできるんだ。そして、持ち手をつけてキャリーバックのようにもできるんだ。変形ロボのように!」
「ロボにこだわりがあるのはわかったよ。でも大きいな、俺が持つぜ」
「中身は着替えとスケブだけだから大丈夫だよ」
「いいからよ。彼女の荷物を持つのは彼氏の義務だ」
「かっこつけちゃって……でも、片手は開けといてよね。手を繋ぐのも、彼氏の義務だよ」
少し体を寄せたソラが銀次の人差し指をそっと握る。
「そりゃいいけどよ。手汗が掻いちまいそうだ」
少し照れた銀次がそう言うと、ソラは指を弄びながら上目遣いで。
「ボクも」
と言った。言いながら照れているソラの表情は凶悪に可愛い。ソラは自信が無かったが、銀次にしてみれば出会ってから可愛さが留まることを知らないソラにいつもドギマギしてしまう。
「なら、大丈夫か」
銀次は指で遊んでいたソラの手を優しく握り、ソラも深くそれを深く握り返す。
電車が来るまでの時間、二人はベンチでずっとそうしていた。
来週は月曜日更新予定です。
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