汗の匂い
工場で打ち合わせをした帰り道、汗だくの銀次が自宅にて畳で扇風機の風を受けながら寝転がっていた。
「疲れたー」
「お疲れ様、お昼ご飯作っておくからシャワー浴びて来なよ」
ソラが台所から麦茶を注いで持ってきてくれたので銀次は一気に飲み干した。
「まったく、ゲンさんも容赦ねぇよな。溶接を見てやるって、あそこまでやるとは……」
「アハハ、ボクとしてはすごくおもしろかったんだけどね」
工場で作品の方向性を確認した後、銀次は源一郎に溶接の指導を受けていたのだ。
うだるような暑さの中、昼休憩までの三時間ほどみっちりと鉄板で立体を作らされ続けた銀次はヘトヘトになっていた。ちなみにソラは早々に暑さに耐えられなくなり事務所で休憩しつつ、銀次を応援しに行っていた。
「暑さよりも、思ったよりもできない自分に冷や汗かいたぜ。黒ずむし、棒は入らないしでカッコ悪いとこ見せたな」
実際の所、指導して最初の方の失敗はソラがいることによる緊張だったりしたのだが、男の面子にかけてそんなことは言えない銀次である。
「……何が正解なのかボクにはわかんないけど。それに、最初は色々言われてたけど帰る時には『まぁまぁ見れる』って言われてたじゃん」
源一郎の真似をしてしかめ面をするソラを見て銀次はカラカラと笑う。
「ハハ、確かにゲンさんの『まぁまぁ』は割と高得点だからな。作品用の金属板が届く前にもうちょい練習しとくぜ。じゃ、風呂いってくらぁ」
「うん、行ってらっしゃい」
銀次が風呂場に消えると、ソラは今の会話を振り返る。
「……なんか、今の会話、新婚さんみたいだったな。エヘヘ」
と上機嫌に台所に向かい、銀次の為に昼食を作るのだった。
銀次がタオルで頭を拭きながら居間に戻ると、台所からエプロンをつけたソラが顔を出す。
「早いね。ご飯、もう少しかかるよ」
「手伝うぜ」
「ダメ、今日は頑張ったんだから。次はボクの番だよ」
そう言って台所に入ろうとする銀次を居間に戻す。
本人が楽しそうだからいいかと、銀次は扇風機の前で風を浴びていた。
「できたよー。といっても簡単なものだけど」
「どう見ても簡単じゃねぇけどな……」
持って来たのは揚げ焼きされたナスの上に豚シャブが乗せられてたものだった。
その周りには細切りにされた玉ねぎとキュウリが乗せられている。小鉢に入る豆腐にはナスの皮で作られた飾りが乗せられていた。
「ナス豚の南蛮酢です。あと冷奴」
「神かよ」
この料理を見た後にはこれ以外は食べたくないと言えるほど今の銀次の食べたいものであった。
「彼女です」
「そりゃ、彼氏は運がいい」
「そんなこと言われても何もでないよ。はい麦茶」
「もう、出されてるしな」
二人で笑い合いながら、作品について語り合う。
「ムグムグ、大体のイメージはつかめたけど、せっかくだし夏休みの思い出をこう、落とし込みたいんだよ」
「じゃあ、海行ってからにすっか。金属板の加工は5日ほどでできるっぽいから、CADっていう図面を作れるソフトを使うことを考えて余裕をみよう。……これ美味いな、後でタレの作り方教えてくれ」
ナスと豚しゃぶを唐辛子を効かせた甘ピリ辛の南蛮酢にたっぷりとつけて頬張り、一気に飯を書き込む銀次。ご飯に合う濃い味付けなのに、酢がさっぱりとしているのでいくらでも食べれそうだ。
「いいよ、銀次が辛いの好きだから最近そういうの凝ってるんだよね。CADなら2Dでも3Dでもボクが使えるから大丈夫だよ。直接データを渡せると思う」
「……マジかよ」
それなりに専門的な技術が必要なソフトだったので、銀次はその道の人にお願いをするつもりであった。
「これもそれで設計図作ったんだよ。作ってくれた所のテンプレートをいじっただけだけど」
スマホを取り出して見せるソラ。二人でおそろいの金属製カバーはソラがデザインし、わざわざCADでパーツを設計したものだった。
「あー、それなら一気に日程が楽になるな。というか、何でそんなもん使えんだよ」
「愛華ちゃんからの無茶ぶりにDIYで応えることも多かったし、ボク自身こういうの好きだしね。作業場にも自分で設計したもの置いてるよ。3Dプリンターとかも欲しいし……」
「大したもんだ。助かるぜ」
「えっへん」
得意げに胸を張るソラの頭を撫でようと手を伸ばすとソラは少し距離を置く。
「ん、嫌だったか?」
「……嫌じゃないけど、ボクも汗掻いたし。汗臭いかも」
シャツの襟を持ってスンと匂いを確かめる。
「そんな感じしないけどな」
「ふぇ?」
銀次が身を乗り出してソラの髪の匂いを嗅いだ。銀次から石鹸の香りがして、フリーズするソラ。
「やっぱ、変な匂いはしない……ソラ?」
顔を真っ赤にしてプルプルと震えるソラをして冷や汗を垂らす銀次。
「銀次ぃ? デリカシーないと思わない?」
「……悪かった」
その後、女子の汗の匂いを嗅ごうとした罪によりソラによる尽くしたがりが決定した。
食事をすませた二人は洗い物を一緒にして、銀次が自転車でソラを家まで送る。
「せっかくお風呂に入ったのに、また汗掻いちゃうよ。今日は疲れているだろうし」
「なーに、帰って風呂に入ればいいだけだ」
ソラの家に着くと銀次は帰ろうとするがソラに引き止められる。
「のど渇いたでしょ、お茶の一杯でも飲んでってよ」
「じゃあ、ご馳走になるか」
二階に上がり、ソラがポットのスイッチを押す。
「今のうちにシャワー入って来る。おすすめの茶葉があるんだ」
「あん、熱いお茶か?」
「ううん、お湯で淹れて氷で冷やすんだよ」
そう言ってソラは浴室に向かう。
「凝ったもんじゃなくていいのにな」
そうは言うが、銀次はソラが淹れてくれるお茶が好きなので、楽しみにしながらソファーに座る。
シャワーを浴びたソラが部屋着で出てくると、ソファーに座る銀次の後ろ姿は不自然な姿勢だった。
「銀次?」
「……」
ソファーに座る銀次は眠っていた。
「やっぱり疲れてたんだ」
ソラは銀次の頭手を当てて、そっと腕を引く。自分の膝の上に頭を乗せて銀次が起きた時の反応を想像しながら優しくその髪を撫でるソラなのだった。
来週は月曜日更新予定です。よろしくお願いします。
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