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ボクの彼氏がかっこよすぎる

「うっす。迷惑おかけします」


「おう、銀ちゃん。がんばんなよ」「後で、どうやって彼女作ったかマジで教えて……いや、よくよく考えたら金一さんからして、モテてたか……」「もう高一かぁ。あと少しで飲めるようになるな。結婚式には呼んでくれよ」「じゃあな銀ちゃん! 彼女によろしく」


 仕事場に戻らされる従業員達に挨拶をした銀次は大きくため息をついて、事務所内のソファーに座った。

 机には羊羹が差し出されており、小さくなったソラが心配そうに銀次に話しかける。


「ボクも挨拶したほうがいいんじゃないの?」


「止めとけ、悪い人達じゃないのは保証するが、つかまったら長くなる。おいおい慣れて行けばいいさ」


「そうよっ、ソラちゃん可愛いんだから男に囲まれたら可哀そうでしょ。社長来ないわねぇ……ねぇねぇ、ところで二人の出会いは――」


 事務のおばさまが身を乗り出してくると、事務の扉が勢いよく開けられて非常に大柄で作業着を腹で押し上げた50台ほどの男性が入ってくる。


「すまん、銀ちゃん待たせた。機械の調子をみてたのよぉ」


「社長、作業した後は着替えてください! 鉄粉が入ると掃除が大変ですっ! あと、臭いですからっ!」


「おおう、スマンな。おっ、そこにいるのは彼女ちゃんか。一緒に作業する人がいるとは聞いたが、彼女とは聞いてねぇぞ。やったなぁおい」


 独特の金属臭とガスが混ざった匂いにソラが思わず顔をしかめる。銀次にとっては慣れた匂いではあるが、理科の実験のオゾン臭のようなものは慣れない人間にとってはかなり気になる。


「お疲れ様です。今日は無理言ってすんません」


「いいってことよ。割のいい仕事持ってきてくれた桃井家がいなきゃウチはとっくに潰れてたんだからよぉ。頼み事なら何でも言ってくれや。そっちが彼女ちゃんかい?」


「あっ、はい。髙城 空と申します。今日はよろしくお願いします」


 立ちあがったソラが元気よく。頭を下げる、慣れない相手で銀次に近しい人ということで緊張しすぎて声がうわずっていた。


「……えっ、銀ちゃん。こりゃあ、ベッピンさんじゃねぇか。顔が俺の半分くらいだぞっ。ソラちゃん、俺はここの社長っていうか工場長の岩崎だ。ほい、これ名刺」


「あ、はい……」


 大柄な体を縮こまらせて岩崎が両手で持った名刺を差し出して、ソラも慣れない手つきでそれを受け取る。


「うっし、じゃあ行くか。熱いからここでちょっと休憩してから……」


 ジロリと事務のおばさま方に睨まれて岩崎が頬を引きつらせる。


「ま、まずは作業場いこうか。空いてる場所があるからよぉ」


「そっすね」


 銀次が羊羹を口に放り込み、三人は部屋を後にする。工場の床にはペンキで導線が牽いており、それに従っていくつかの区画を移動する。大きな機械が好きなソラは目を輝かせて機材について聞き、岩崎と銀次はそれについて説明しながら歩いて行った。この工場では配管の溶接をメインしており、細かな部品から一メートルほどの大きさなの配管の一部分の溶接をしていた。そして銀次とソラはは工場の区切られた一角に案内される。


「あっちょっと涼しい」


「定期的に換気するし、作業すれば地獄のように熱いけどな。広い場所はどうせ冷えないから作業場を区切ったり休憩場をガンガンに冷やしてんだよ。給水できる場所も必須だ」

 

「へぇ、機材のこともだけど。詳しいね、銀次って営業以外にもバイトしてたの?」


「おう、中三の時はたまに現場にいれてもらったぜ。親父は元々そっち系の職人だったしな」


「金一は溶接の大会でも賞とってたからな。銀ちゃんはここの使い方はわかるな? ウチの親父呼んでくらぁ」


 岩崎が二人を残して引っ込むと、小柄な老人をつれて戻って来る。かなりの高齢だが、背筋は伸びていて足取りもしっかりしているようだ。


「すまねぇ、銀ちゃん。俺、これから着替えて外回りだから、後は親父に聞いてくれ」


「はい、お疲れっす。ゲンさんお久しぶりです。ソラ、こっちは先代の社長の岩崎 源次郎さんだ。怖い顔してっけど、そんなことないから安心してくれ」


 去っていく岩崎に挨拶した後、銀次は自分より一回り小さい老人をソラに紹介する。源一郎はジロリと睨みつけソラは思わず銀次の服の裾を掴んだ。


「おう、食いやしねぇよ。……顔ならお前も大概だろが銀次」


 深い皺と太い眉の奥の瞳は年を経た人独特の柔らかさがあり、ソラは緊張が少し和らぐ。


「い、いえ。髙城 空と言います。よろしくお願いします」


「銀次の良い人かい? へっ、ガキが色気づいたもんだ」 


「ちゃかさないでくれよゲンさん。というか腰はいいのか?」


「おう、ばっちりよ。まぁ、最近は『技術指導員』とかこっぱずかしい肩書き押し付けられて、新人をイジメるだけの仕事だからなぁ。今日は暇だから、付き合ってやるよ。何作るんだ?」


「それを決めたいんだ。実際できることをソラに知ってもらってその上で工程を決めたい」


「は、はい。えと、一応いくらかアイデアはあって」


 ソラが慌てて持ってきた鞄からスケッチブックを取り出そうとすると、源一郎が手でそれを止める。


「冷房強めようや、あと、銀次。服、サイズが合ってねぇだろ。危ねぇから事務に戻って作業着もらってこい」


「あぁ、前にもらったばかりなのになぁ。ソラ待っといてくれ。作業する時は着ればいい」


「うん」


 銀次が走りって作業場を離れ、源一郎が椅子に座る。


「先に、ブツを見せてもらおうか」


「はい、ただ、まだ全然できてなくて……」


「だからさっさと見せろっつう話だろうが」


 源一郎の口は乱暴だがこの強引さはどこか銀次に通じるものがあった。ソラはスケッチブックを開く。ざっと20枚ほど書かれた芸術祭に向けた作品の絵が描かれていた。


「これ、あんたが描いたのかい?」


「は、はい」


「……学生さんと一緒に物を作ることはあるんだが、ここまで立体的に描けるもんなんだなぁ。こりゃあ、工程がいくつか省けたようなもんだ」


 こう言った作業の場合。ざっくり絵を描いて平面であるそれを立体的な図にしていく作業がある場合が多いのだが、ソラの絵はすでに立体的な造形を描いている為にその必要が無い状況であった。


「大したもんだろ」


 戻ってきた銀次が誇らしげにそう言って、源一郎が振り返る。


「あぁ、昔に比べてガキ共が小器用で大人の立つ瀬がないぜ」


「良く言うよ。というか、俺もまだよく見てないんだ。見せてくれよ」


 銀次が横に座り、スケッチブックをめくっていく。あらかじめ銀次が説明していた金属板の溶接で作られた作品のアイデアを真剣に二人が見るのを、ソラは緊張した面持ちで眺める。


「いくつかは工夫がいるな。納期と予算はどうなってる?」


「えと、作品はすでに参加の申し込みをしているので、20日後ほどで、予算はいくらでも大丈夫。お金ならありますから」


「納期はわかったが、予算はダメだな」


 源一郎はスケッチブックをソラに返しながらそう言った。銀次も頷く。


「予算を設定することも、大事な工程なんだよ。物作りしたいってんなら、せっかくだから勉強しときな嬢ちゃん」

 

「だな。二人で出せる範囲で予算を検討しようぜ。というわけでゲンさん。例えばいくらかの金属板を加工して溶接したとして、どのくらいかかりそうだ」


「素材から決めようや、銀次は溶接何できる?」


「バイトでやったことあるのは、アーク、ティグ、半自動だな。そこに関しては自分でやるつもりだ」


 それぞれ溶接の種類であり、用途がことなる溶接法である。


「そんならティグにしとけ。仕上がりが綺麗だし、細かい作業にゃ向いているだろう。絵の感じだと用意できるのは生鉄かステンレスだな」


「どうすっかなぁ。出来上がりの感じが違うんだよなぁ」


「とっと決めな。板の加工は業者に任せるなら。それも工程にいれねぇとな」


「あぁそれなら、すぐにやってくれそうなとこに心当たりがあるから大丈夫だ。ソラ、絵の感じだが。これここから色つけんのか?」


「……かっこいい」


 ソラはボーっと銀次を見ていた。


「ソラ?」


「あっうん。最後に直接筆で模様を描く予定だよ」


 作業着を着て真剣に源一郎と話し合う銀次は、学生姿の時とは少し印象が違い大人びて見える。

 そもそも普段から自分と同じ年のなのにどこか成熟した雰囲気を普段から感じていたが、銀次のそういった部分はこうして大人と一緒に作業をしてきたから養われてきたことがわかる。そして、そんな銀次をみてソラは。


『ボクの彼氏がかっこよすぎて困る!!』


 と心で叫んでいたのだった。

来週は月曜日更新予定……なのですが、少し忙しくてお休みするかもしれません。

その場合はさらに翌週の月曜日になります。ならべく更新頻度は下げないようにしたいと思います。


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奴隷に鍛えられる異世界生活

― 新着の感想 ―
[良い点] 現場の会話リアルですねぇ。 元工業系の人間からしたら懐かしいです。 創作活動をしているソラちゃんからしたら 格好良くて仕方ないでしょうね。 [気になる点] このペースなら今年は夏休みイベン…
[一言] ぶっちゃけここまで社会人としての振る舞い身に付いてたら大学すっ飛ばしても良い気がする…。 いやでも現場を知ってて大学で機械工学学べば勉強も楽しいだろうなぁ。自分の興味の方向性とか得意不得意…
[一言] 職人の作業姿って妙にカッコいいですよね。職人の技はいつの時代も色褪せないから凄いし、格好良さに年齢も顔も関係ないんだなぁって思います。 その職人と対等に会話する彼氏…これは惚れ直しますわ。
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