工場見学
朝、桃井兄弟が卓を挟んで朝食を食べていた。本日の朝ごはんは焼き魚に豆腐とネギのお味噌汁であり、銀次が作ったものである。
「アジ、美味いな。夏って感じだぜ」
「うん。……そういえば、夏のボランティアあるんだけど……兄貴、忙しいよね」
「あん? 今年も親は難しそうだし、行くつもりだったぞ。いつだ? 高校でもボランティアに参加したら報告すりゃ内申の加点があるからな。なんならソラも連れて行くぞ」
哲也が言った夏のボランティアとは、中学校が企画する清掃のボランティアのことだった。主に運動部が主導するのだが、哲也はある理由で参加が決定していた。
「来週の火曜……皆も喜ぶ」
「おう、可愛い後輩たちの顔を見に行くぜ。それにしても今日も学校か? そっちこそ忙しそうだな」
「兄貴ほどじゃないから。それに、俺は前任としての確認だけだよ」
哲也は夏休みにも関わらず制服を着ていた。
「そうは思えないけどな。まったく、お前は自慢の弟だよ生徒会長」
「……『元』だから」
できる弟、桃井 哲也。清明中学校の一期前生徒会長であり、引きつぎが終わった後も学校行事を手伝う面倒見の良い男なのであった。
哲也が出て行くと、銀次は後片付けをしながら携帯である場所と電話した。その後タンスから薄緑の作業着を取り出す。着てみると流石に熱いので前を開ける。
「うっし、俺も行くか」
家に鍵をかけて、自転車でソラの家へ向かう。到着しチャイムを鳴らすと、しばらく後にドタバタという音がして扉が開けられる。髪の毛ボサボサでソラが出てきた。
「ご、ごめん。寝てたっ! ちゃんと目覚まししたのに」
「なんつう格好してんだよ。人に見られんぞ」
タンクトップに短パン姿で出てくるソラを見て全力で目線を逸らす銀次。普通に下着が透けていた。
「ぐはっ、すぐに準備するから待ってて」
プチパニックのソラが服を持って洗面所に駆け込み身だしなみを整えて出てくる。
「朝飯、冷蔵庫に入っていたサラダか? 飲み物はオレンジジュース? それとも牛乳?」
「……牛乳」
「わかった。そんな顔すんな、夏休みなんだ寝坊するくらい当たり前だ。どうせ、昨日も絵を描いてたんだろ?」
「ううん、昨日はチョーカー眺めてすぐに寝たんだ。凄く良く眠れていい夢も見て、気が付いたら銀次が迎えに来る時間だったんだよ。貴重な夏休みなのに……そういえばその恰好どうしたの?」
銀次が来ている少し小さめの作業着を指さす。
「昨日色々あって今日の予定を決めてなかったろ。朝のうちに知り合いの工場長に電話して、作業場を使わせてくれないかお願いしたんだ。これから行こうぜ。芸術祭に提出する作品のデザインつっても何ができるのかとか確認しないとやりにくいだろ」
「工場見学!! 本当に行っていいの」
「見知った相手と場所だし大丈夫だ。ただし、汚れてもいい服の方がいいかもな」
「着替えてくるっ。あとスケッチブックも用意しないとっ」
目を輝かせたソラが一気にチキンサラダを口に頬張る。
「一気にかっこむと体に悪いぞ」
「むぐむぐ、もふぁい、むす」
「何言っているかわからん」
「ごくん……すぐに、準備、する」
朝食を食べきったソラはすぐに洗い物をして三階に上がり降りてくる。長袖のトップスにジーンズという格好だった。
「これでいいかな?」
「上は後で俺の作業着を貸してやるよ。じゃ、いくか」
「やらいでかっ!」
自転車で向かったのは銀次の家の前にある工場。敷地内に三つほどの建物があるようだ。門を通り、事務所へ行くときついほどの冷房が二人を出迎える。事務所では中年の女性職員が三人ほど机に向かっていた。
「うっす。桃井っす、社長いますか?」
「こ、こんにちわ」
事務作業をしていた中年の女性がすぐに反応する。
「あら、銀ちゃんこんにちわ。今日打ち合わせだっけ?」
「いえ、母さんの手伝いじゃなくて私用で頼みごとがあって」
「……ちょっと待って、銀ちゃん後ろの子だれ?」
銀次の後ろに隠れるように立っていたソラに事務の女性陣の視線が注がれる。
「あぁ、こいつと一緒に作品を作るって話なんすよ。ほら、ソラ」
銀次に促されたソラが前に出る。
「え、えと、桃井君の彼女の髙城 空です。本日はお世話になります」
「「「……彼女?」」」
事務の女性三人が銀次とソラの顔を数回見比べる。そして、三人で顔を見合わせ同時に動き出す。
「携帯……いえ社内放送でっ!」
「繋いでいますっ!」
「お茶菓子、お茶菓子どこだっけ?」
『岩崎社長、岩崎社長、事務所に桃井君が『彼女をつれて』来られています。至急、事務所までお戻りください』
「ふぇ!」
「何してんすかっ!」
「こんな大ニュース、私達だけで抱えれるわけないでしょ! ちょっと、うわっ、本当にかわいい子じゃない。やったわね。テツ君はモテるだろうけど、銀ちゃんは顔がちょっと強面だからオバサン達心配してたのよ。高校入学してすぐに(四か月経過)彼女をつくるなんて……あの小さかった銀ちゃんが大きくなって……最悪私の娘を紹介するつもりだったのに……来賓用の一番いい羊羹だすから座って座って」
「なんか最近、似たようなこと言われたなぁ」
「紹介されたらダメだよ銀次」
「されねぇよ。ソラ一筋だ」
オバサンに運ばれ椅子に座らされる銀次とソラ、それから程なくして大人数の足音が響く。
派手に扉が開けられ、作業着を着た男達が一斉に事務所に詰めかけた。
「銀坊の彼女!?」「嘘だろ、俺よりも早く彼女を作っただと」「テツ君の間違いだろ」「あれか
、あの子か……可愛いのか!?」「やったなぁ、銀ちゃん。今度お父さんもいれて大宴会だ!」
大学生くらいから白髪の生えた年齢まで幅広い層の男たちが次々に事務所にやってくる。ソラはビビッて銀次の後ろに隠れる。
「あんた等、仕事はどうしたのよっ! もう、朝礼も終わってるでしょさっさと作業に戻りなさい!」
おばさま方の一喝が入り、蹴散らされる作業員達を見て銀次は大きくため息をついたのだった。
来週は月曜日更新予定です。
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