可愛いって言って
喫茶店を後にした二人はソラの案内で市営の自転車置き場に駐輪して、バスに乗り換えていた。
車内は半分ほど埋まっていたが、運よく二人は並んで座る。
「こっちの方は全然こねぇな。川を越える時は電車だし」
「そう? ボクは画塾があるから結構来るよ。街ほどじゃないけど、お店もけっこうあって良い所だよ。あー、涼しい」
冷房の涼しさに息を吐いたソラはシャツの襟持ってパタパタと空気を入れる。中の下着が覗きそうになって銀次が顔を背けるが、ソラは無意識のようだ。変な所で男子の仕草が抜けないソラにどう伝えるべきか銀次が顔に手を当てて悩んでいると、ソラが下から銀次を見上げる。
「どしたの?」
「女子なんだから、もうちょい警戒しとけ」
自分の襟をさして銀次がそう言うと、ソラは襟を引っ張って中を覗き、銀次の耳元に口を寄せる。
「今日の下着は可愛いやつ……見る?」
「……バーカ」
デコピンで返し、ソラは悪戯が成功した子供の様に嬉しそうにおでこを抑えて笑みを浮かべた。
銀次は表情を隠すようにそっぽを向き、ソラはそっと肩に頭を乗せる。
「それで、どこに向かってんだ?」
「服屋さんだよ。二階はスポーツ店だけどね。スモールサイズのツナギが売ってるありがたいお店だから偶に行くんだ」
ちなみにそのスモールサイズのツナギも袖や裾を捲り上げているソラである。
「へぇ、作業着とかもあんのか?」
「えーと、うん、前に見た時にはあったよ」
会話の流れから銀次はソラがツナギを買うものと思い込み、自分も芸術祭に向けた創作の為に作業着を買おうと考える。そして、バスから降りて店につく。様々なのぼりが立っており、入り口にもびっしりと広告が張り付けてある店だった。ソラのいう通り作業着から、柔道着まで変わった衣服を取り扱っているらしい。中に入ると店の至るところに試着室があり、品物が多すぎて通路がせまい。まるで迷路のような店内だった。
「こっち、こっち、銀次に選んで欲しいんだ」
「……拒否する」
ソラの案内で連れてこられたのは銀次の予想に反し、やけにカラフルなコーナーであり、周囲には大学生とみられる女子達がテンション高く話し合っており、品物を選んでいる。
言うまでもなく水着売り場である。女性限定で水着の試着ができるようで、周囲に男性はいない。というか試着室周りは仕切りで区切られており、女性客の連れ添いでないと男性は入れないようになっていた。銀次にとって圧倒的アウェーである。
「……だってボク、学校指定の水着しか持ってないし、そもそもサイズがあわないもん」
下から支えるように胸を持ち上げると、身長のわりに大きなそれが盛り上がり視線が吸い込まれそうになる。ちなみに、男装で胸を抑え込むことがなくなり、ここ数週間で少し成長している。身長こそ伸びないが成長期真っ盛りなソラだった。
「そりゃ、海に行く予定ではあるけどよ。女子の水着のことなんか俺にはわかんねぇぞ」
「ボクもわかんない。ネットで買おうとしたんだけどわかんない項目が多くて……」
ネットでの注文では、トップスとボトムでセットの調整がわからず、そもそもスクール水着以外は買ったこともない為ソラの知識は正直な所、銀次と同レベルであった。
「サイズチャートを見てもこれでいいのか不安だし、かといってお店で一人で買うなんてボクにはぜっっったい無理! でも、可愛い水着は欲しい……これは切実な願いなんだよ銀次っ!」
初対面の人間と話すことが苦手なソラにとってショップでの買い物は恐怖そのものであり、特に水着について相談することなど想像もできないことだった。スズと一緒に買いものをするという選択肢もあったが、せっかくなら銀次に選んでもらいたいというのが乙女心である。
「いや、流石にそれは……」
「なんでも……してくれるんだよね。男に二言はないよね」
「……わかった」
ソラがひしっと銀次にしがみつき涙目で訴え、銀次は大きくため息をついて了承した。
そこからは、ソラが数着の水着を銀次に見せるということが続く。
「これはどうかな?」
「いいんじゃないか?」
「こっちは?」
「いいと思うぞ」
「これもいいかな?」
「露出を減らしてもいいんじゃないか?」
「……なるほど」
大体何を見せても『いんじゃないか』という銀次であったが、ソラの超人的観察力により細かな反応を把握され、好みは筒抜けであった。ソラから見て銀次の反応が一番良かったトップスとボトムをそれぞれサイズを見ながら選び、試着することなくソラはそれをレジに持っていく。
「サイズ、それで良かったのか?」
「調整できるタイプだし、自分のサイズは家で計ったから試着しなくても直接見て確認できれば大丈夫。……流石にここで着替えるの恥ずかしいし、それに……銀次が気に入ってくれたから」
「まぁ、そうだな……」
男子高校生にとってかなりのストレスがある場所にいた銀次はやや放心状態である。
「……むー」
銀次の返答にやや不満そうに頬を膨らませるソラ。
「どうした?」
「別に……海、楽しみだね」
「そうだな」
その後、銀次も作業着を購入し、店を出て帰路に着く。ソラの家に帰ると冷たい麦茶を二人で一気飲みする。
「生き返るぜ」
「だね。銀次、ちょっと準備するから座って待っててよ」
「あん? 準備ってなんだ?」
「いいから、いいから。果物でも食べてて」
カットされたリンゴを渡された銀次が居間に座っていると、背後の浴室から音がする。どうやらシャワーを浴びているようだ。
しばらく、物音がして浴室の扉が開く。
「じゃ、じゃーん」
「おまっ!」
ソラは水着姿で部屋に入ってきていた。白のフレアトップに取り外しができるタイプの黄色のスカート付きボトムで可愛いながらもしっかりと露出のある水着である。わざわざ髪も整えているあたり本気であった。
顔を真っ赤にして、それでも胸を張るソラ。室内で水着姿というのは下着姿のようで、妙な生々しさがあった。なまじソラが照れてしまっている為に、銀次もどうすればいいかわからない。
「どう?」
「……似合ってるけどよ」
「じゃなくて」
直視できない銀次に対し、ソラがその頬を両手でつかみ自分の方を向かせる。
「可愛いって言って」
「……可愛い」
「エヘヘ、好きだよ銀次」
銀次の感情はソラほどの観察力がなくとも、誰にでもわかるほどで、ソラは満足そうに息を吐いて、立ち上がると置かれていた鞄から小袋を取り出す。
「水着、選んでくれてありがとう。それと、もう一つお願いがあるんだ」
小袋の中から革のチョーカーを取り出す。
「こ、これ、銀次につけて欲しい……」
耳まで真っ赤にした水着姿のまま、ソラは革のベルトチョーカーを銀次に差し出した。
来週は月曜日更新予定です。
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