何でもしてくれるっていったよね!
夏休み二日目。早朝に起きたソラは身だしなみを整え、少量のチキンサラダとオレンジジュースといった簡素な朝食を食べ終えた。銀次からのIINEが届いており、本日は外で宿題をしようという提案だった。ロボが射出されるスタンプでOKと伝える。
「うーん。どうしよう」
本日も銀次と夏休みの宿題について話をしているが、ソラには一つ悩みがあった。
「どう切り出すか……」
机に置かれていたのは、おしゃれな小袋。中には先日スズと買い物に行った際に購入したベルトチョーカーが入っている。しばらく、首を捻って悩んでいたソラだったが、ムンと気合を入れて小袋を勉強道具と共に鞄に突っ込んで銀次との待ち合わせ場所に出発した。
待ち合わせ場所の商店街の前で銀次は空を見上げていた。
「おはよう銀次。待たせちゃった?」
ジーパンにシャツとラフな格好の銀次が快活に笑いながらソラの方を向く。
何度見ても、その笑顔に胸がドキドキする。
「おはよう。どうだかな、考え事をしていたんだ」
手に持っていた鞄を銀次の自転車に入れて銀次の横に並ぶ。
「何考えてたの?」
「後で話す。ここは暑いからさっさと行こうぜ」
「えぇ~、気になるな」
座布団が巻かれた荷台にソラが乗って、銀次がペダルを漕ぎ始める。二人は商店街を抜けて、駅方面に向かう。向かうは数年前にできたばかりのブックカフェだ。田舎の古本屋の苦肉の策というよりかは、店主の気まぐれでできた店であり、駅から離れているので人も少ない店だった。木造の古びた古本屋に増設されたカフェスペースは黒を基調とした今風の喫茶店に仕上がっており、ややアンバランスだが、清潔そうな店内だった。
「ここか、テツに良い場所が無いか聞いたんだ。初めてくるが、良い感じじゃねぇか。おっ、ラノベもあるんだな」
「今日は勉強だよ。……純喫茶も好きだけど、こういうのもいいよね。逆に気を遣わずに勉強できそう。というか、勉強してもいいの?」
「多分大丈夫だろうけど、一応店員に聞くか」
初対面の人には人見知りを発動するソラに代わり銀次がカウンターのベルを鳴らすと、となりの本屋から壮年の男性がやってくる。どうやら店長が古本屋と合わせて一人できりもりしているようだ。いくつか銀次が質問すると穏やかに返答していた。ソラは銀次の後ろからその様子を覗き込み、店長と目が合うと目線を逸らす。
「ソラ、飲み物何にする?」
「うえ、えっと、メニューはこれ? ……うーん、朝ごはん食べたばかりだから、ブレンドと卵クッキーで」
「俺もブレンドで。それとサンドイッチ」
店長が時間がかかる旨を伝えて奥に引っ込む。
「勉強は全然OKだとよ。他に客もいないし、さっさと始めようぜ」
「うん」
日差しの当たらない奥のテーブルで二人は問題集を開く。
店長が気を利かせたのか、洋楽が静かにかかり始め二人は集中して勉強に取り組んだ。
昼前まで勉強をした所で銀次が大きく伸びをする。すでに問題集を終わらせていたソラは英文の課題に小論文まで終わらせてしまい。夏休みの宿題をほとんど終えていた。
「ほとんど終わったな。後は家でやりゃ終わるぜ」
「それなら、ここで感想文を書く本を買ってもいいんじゃない?」
「おっ、そりゃいいな。だが、その前にソラに言いたいことがあるんだ。長く使わせてもらったし飯もここで注文して、食べながら話そうぜ」
「別にいいけど、朝の話だよね?」
「そうそう」
ちなみにランチメニューは日替わりのみで本日はカレーライスらしい。
注文を終えると、銀次が鞄から金属製の鉛筆立てを取り出して銀次の前に置く。
「これを見てくれ」
「鉛筆立て……メタル感がよき。でも繋げている部分が歪だね」
「俺が中学の時に溶接の練習用に作った奴だ」
「えっ、これ、銀次が作ったの?」
驚いたソラが鉛筆立てを色々な角度で観察していると、銀次は少し恥ずかしそうに頬を掻いた。
「親父に教えてもらってな。家の向かいにある工場があるだろ。あそこ、ライン製造がメインだけど、製作場もあるんだよ」
「溶接って資格とかいるんじゃなかったっけ?」
「働くならいるが、個人的にやる分なら資格がないと溶接しちゃダメってことはないぞ。じゃないと資格取る為の練習もできないだろ。地域によって規制や設備を使う際の決まりとかはあるけど、俺が溶接するのに資格が必要ってことはない。まぁ、将来的にはとれるもんは取りたいがな」
「へぇ、すごい……本当に凄い」
「そんなに凄いことじゃないけどな。爺ちゃんも工場務めだったから、母さんが営業に回っている間は工場に預けられてグラインダーの音を子守歌にしてたもんだ。それでだ、昨日話した芸術祭についてなんだが、ソラがデザインしたもんを俺が作るってのはどうだ?」
想像以上に目をキラキラさせているソラに気を良くした銀次がズバリ提案すると、ソラはピタリと停止する。
「……ダメか?」
反応を見て、心配になった銀次がそういうと再起動したソラがブンブンと首を振って机に手をついて身を乗り出す。
「いいよ、それ、楽しそう! すごくいい! 天才だよ銀次っ」
視界一杯のソラの笑顔、銀次は安堵してため息をついてソラの頭をポンポンと撫でる。
「まっ、工場のおっさん達と比べたら素人も良い所だけどな。できる限りは頑張るぜ。製作場もいくつか心あたりがあるしな。話がついたら今度見学しに行こうぜ」
「三次元的なモチーフ……単純な形の方が逆にスマートだよね。数学な美しさとかいいと思うんだよね。カバラとか……曼荼羅……」
「あんまり難しいのはできないぞ」
それまで勉強に使っていたノートを破いて走り書きを始めるソラに苦笑する銀次。そうしているうちにカレーが運ばれたので、ソラはいったん作業を止めた。
カレーは奇をてらっていない普通のカレーに半熟の目玉焼きが乗っているものだった。
銀次は大盛で、ソラは小盛りである。
「美味いな。やっぱコーヒーとか入ってんのかな?」
「うーんどうだろ? それよりも野菜の旨味が強い気がするよ」
すぐにカレーを食べ終えた二人は、食後のコーヒーを飲んで一息をつく。
「二、三日で作業場の予約がつくと思うから、それまでは気分を切り替えて約束していた県北の海に行こうぜ」
「やらいでかっ。それなら、今日この後買いたいものがあるんだ。付き合ってくれる?」
「いいぞ」
銀次の即答にニマニマと頬が緩んでしまうソラ。
「そ、それと、テストで一番とったからご褒美ほしいなぁ……とか」
「おう、そうだな。色々考えてもいるが、ソラがして欲しいことがあったら『何でも』言ってくれ」
言った後で銀次はゾクリと産毛が逆立つような感情の圧を感じた。
「今、『なんでも』って言った?」
「……常識の範囲内でな」
ソラに電流走る。このまま『買い物』の流れでチョーカーを銀次に付けてもらえるのでは!!
無言で脳内をフル回転させるソラを見て、銀次は苦笑しながら支払いの為に店主を呼ぶのだった。
来週は月曜日更新予定です。
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