できた弟。
「テツ~、うりうり~。背、高くなったじゃないか。やっぱ成長期だねぇ」
「…………止めて」
夕方、学校から帰ってきた哲也がハイライトの消えた目で燈花に抱きしめられ頭を撫でられている。
何も知らない哲也が帰って来ると同時に、眠っていた燈花は飛び起きてそのまま哲也を居間に引き込んで抱きしめたという流れである。
ちなみに本来なら銀次とソラは二人でテストのお祝いをする予定であったが、久しぶりに母親が帰ってきたと言う事であり、家族の団らんを邪魔したくないとソラが主張し、哲也が帰って来るまでの間、料理の仕込みや夏休みの予定について軽く話していた二人だった。
「お袋、テツの目が死んでいるから、そろそろ解放してやってくれよ」
「母さんと呼べって言ってるだろ。可愛い我が子を抱きしめるのが親の醍醐味ってやつさ。銀次ももう一回抱きしめるからね」
「勘弁してくれ……」
「仲いいんだね。いいなぁ」
少し羨ましそうにしているソラの呟きを聞いた、燈花は哲也を解放し、ソラを抱き寄せる。
「うわっぷ」
「なんだ、ソラちゃんもまだ子供だねい。うりうり~」
「ソラ先輩、そうしといてください」
「だな、飯の支度をすっか。テツ、着替えてこい」
「い、息が……銀次、テツ君……ヘルプ」
「恥ずかしがらなくていいんだよっ」
たっぷり、三分ほどソラを抱きしめた燈花は満足そうな顔でソラを解放し、タンクトップの上にシャツを着て、荷物をまとめ始める。
「うっし、じゃあ金一の所に行ってくるよ」
「晩飯、食っていかないのか?」
酸欠でぐったりしているソラの頭を撫でながら銀次がそう言うと、燈花はスマホを確認する。
「んー。昼にたくさん食べたし、夜は金一の所で食べるよ」
そのまま出て行こうとする燈花のスマホが鳴る。
「あっ、金一っ!」
満面の笑みを浮かべて電話にでる燈花を見て銀次はゲンナリとした表情する。
「なんだい、金一。夜には戻るって言ったろ。そんなにあたしがいないのが寂しいのかいっ! ……えっ、仕事終わったから。戻らなくてもいい? たまには銀次達といろって? いや、でも、あたしがいないと……銀次達は元気そうだったよ。……あぁん! そんなにあたしと離れたいってのかい!」
会話中にあからさまに不機嫌になる燈花を見て、心配になったソラは銀次を見るが銀次はいつものことと言うように台所に行こうとするのでソラも着いて行く。
「だ、大丈夫なの。あれって喧嘩してるんじゃないの?」
「いつものことだ。秒で仲直りするからほっときゃいい」
ソラが台所から顔を出して居間を覗く。
「いいさ、いいさ、そんなにあたしと離れたいって言うなら、こっちにも考えが……えっ、こっちに来いって? ……しょうがないなぁ、金一はあたしと一晩でも離れられないもんな。いいって、わかってるって、大丈夫だよ。銀次達には言っておくから。すぐに戻るからね、うん、愛してるよ」
そう言って、ニコニコで電話を切る燈花。そのタイミングで、哲也も居間に入ってくる。
「おっ良い所に、金一があたしがいないとどーしてもっ、困るっていうからね。仕方なし、これから行ってくるよ」
「……ああ、うん。行ってらっしゃい」
「気を付けてな」
桃井兄弟が雑に見送ると、燈花はサムズアップをして振り返る。
「ソラちゃんもまたね、銀次を頼むよっ。じゃ、稼いでくるっ!」
「わ、いってらっしゃい」
ソラの見送りにウインクで応え、燈花は勢いよく玄関から出て行った。
「……兄貴、今日はソラ先輩とテスト結果のお祝いじゃないの?」
「母さんを見送った方がいいとソラが言うからな。今日は三人で晩飯食べようぜ」
銀次がそう言うと、ソラも大きく頷く。
「うん、銀次の両親のこともっと知りたいし」
「……」
「……」
「なんで二人共黙るの!?」
その後、三人で関西風お好み焼きを作って食べながら、興味津々と言ったソラの圧力に負けた銀次が口を開く。
「お袋……母さんは昔っから愛情表現が過激でな。いつもあんな調子なんだよ。まっ、別に悪いわけじゃないが、流石に人前だと恥ずかしくてな。あと、察していると思うが……親父とラブラブ過ぎるんだ。一見母さんが押せ押せのように見えるが、親父も親父で母さんにくびったけでな」
「……」→遠い眼をする哲也。
「へぇ、いいことだよっ!」
「だな。だけど、毎日のようにイチャイチャされると思春期の男子としては気恥ずかしいってのもあるんだよ。いくら身内だからって、少しは遠慮して欲しいもんだぜ。ソラに見られちまうし……」
「アハハ、確かにちょっと恥ずかしいかもね」
「……」→困惑した表情で銀次とソラを見る哲也。
「だよなぁ、節度ってもんがあるぜ」
「えー、いいことだと思うよ。あっ、銀次、口元にソースがついてるよ」
「おっと、悪いな。ソラの作ったお好み焼きがうますぎてな」
「エッヘン、出汁が違うからね。銀次が美味しそうに食べてくれて嬉しい。あと……あ、愛情入れてますから」
「俺も、ソラのお好みに気持ち入れといたぜ」
「うん、だから美味しいと思った。ありがと、銀次っ」
「……」→喉元までせり上がった言葉を飲み込む哲也。
「ん? どうしたテツ、変な顔して」
「テツ君、お水飲む?」
「……大丈夫、なんでもないっす」
自覚無くイチャついている銀次とソラに何も言わず、幸せそうならそれでよいと突っ込みを押しとどめる哲也なのだった。
帰り道、自転車に乗ったソラが銀次に抱き着きながら話しかける。
「銀次ってお母さん似なんだね」
「ん、そうか?」
「そうだよ、そっくりだもん」
「自分じゃわからないな。そういや、商店街のおばちゃんにはそんなことを言われたこともあるな。テツは親父似って言われてたぞ」
「へぇ、親父さんってどんな人なの?」
「……基本的に無表情だな」
「あはは、テツ君じゃん」
「そうだな。ソラは……いや、悪い」
話の流れでソラのことを話そうとしてが、ソラの家庭のことを思い出して口をつぐむ。
ソラはそんな銀次を強く抱きしめる。
「お母さんは……いつもボクがお父さんに似ているって言ってた。ボクは自分には似てないって……」
「……そうか、ソラは父親似か。俺も挨拶しないとな」
「うん、いつか、ボクもちゃんとお父さんに紹介するよ。自慢の恋人だって」
ソラの声は少し震えていた。
「おう、望むところだぜ」
銀次は力強く返し、ソラは銀次の背中に顔をうずめた。しばらく、無言が続いたが、思い出したように銀次が口を開く。
「そうだっ! うちに置かれている食器については一度ちゃんと話し合うからな」
「……計画ではお披露目はまだ先だったのに」
「いくつ置くつもりだったんだよ」
銀次は苦笑しながら強くペダルを漕ぐのだった。
次回の更新は月曜日です。二人の夏休みが始まります!
いいね、ブックマーク、評価、していただけたら励みになります!!
感想も嬉しいです。皆さんの反応がモチベーションなのでよろしくお願いします。