夏休みの始まり
朝、ホームルームを終えるとソラが銀次の席にリスの様に小走りでやって来る。
「銀次っ、テスト結果見に行こうよ」
「おう、そういやもう張り出されるんだったか」
終業式前の浮ついた空気に急かされるように、二人で一階の掲示板へ向かう。
ざわざわと二人に周囲の視線が集まる。そして、前からは唇をきつく結んだ愛華がこちらへ歩いて来ていた、二人を一瞥すると通り過ぎる。その表情を視線で追った銀次は同じく愛華の表情を見て不安そうにするソラの背中を押して掲示板の前に移動した。一年の期末のテストの教科の数は12科目であり、最高得点は1200点となる。
『第一位:髙城 空 1200点』
張り出された当たり前のように一番上にあるその点数。予想はしていたとはいえ銀次の口からは乾いた笑いが漏れる。確認するまでもなく前代未聞であることは明らかだった。
「ハハ、漫画だってもう少し調整すんじゃないのか?」
ソラは少し心配そうに銀次を見上げる。
「……えっと、大丈夫だった?」
不安そうな表情。しかし、それはすぐに杞憂だとわかる。銀次は笑顔でソラの頭に手を置いて、ワシワシと撫でた。
「頑張ったな。ご褒美考えなくちゃな」
「……うんっ!」
鼻の奥がツーンと沁みる。ちゃんと頑張って褒められること、そんな当たり前のことがソラにとっては得難いものだった。潤んだ目を乱暴に拭う。
「銀次は?」
「ギリギリって所だな。ふぅ……ぶっちゃけ、ソラの点数よりも俺の点数の方が心配だったぜ」
『第十位:桃井 銀次 1055点』
張り紙を上から下に辿った先に銀次の名前もあった。同じ点数で三人ほど十位はいたが、銀次も目標の十位以内に滑り込んでいた。二人で拳を合わせる。
「やった、今日は祝勝会だねっ!」
「だなっ。景気の良い夏休みの始まりだ」
周囲のことなぞ目に入らないとはしゃぐ二人には様々な視線が向けられる。単純な羨望、好奇、そして嫉妬を通り越した恐怖の視線。血道を上げて勉学に時間を費やしたものほどソラの取った点数が信じられない。一年の期末テストは範囲が決まっている為に、模試などに比べて点数が取りやすいというのは大前提だが、それでも応用の問題も多く出題される。その問題に対しケアレスミス一つしなかったということは到底信じられなかった。仮にカンニングしたとしても満点を取ることはできないだろう。努力ではどうにもならない壁をまざまざと見せつけられているのである。ソラはその視線に気づいていた。しかし、いつかのように怯えることはない。
「気にすんな。終業式に行こうぜ」
銀次の声に顔が上がる。全部わかった上で自分を見てくれる人がいるから、怖がる必要はないのだ。
この人を好きになって本当に良かった。
「……今日は、スーパー尽くしたがりコースだから」
「なんでだよっ!」
この男は本当に、どれだけボクを好きにさせれば気が済むのだろう。
あぁ、周りに人がいなければ抱きしめてキスをするのに。
そんなことを思いながら、ソラは銀次の袖を掴んで胸のときめきを必死に抑えたのだった。
終業式が始まると、校長や学年主任の退屈な話が続き終盤にさしかかり生徒会長が代表の挨拶を送る。最後に愛華が一年生代表としてスピーチをするようだ。先程すれ違った時の表情とは全く違う、凛とした誰からも好かれる笑顔で内容を読み上げた愛華に拍手が送られ、終業式は終了した。
その後、夏休みの宿題やプリントが配られて帰りのホームルームが終了した。
教師が教室から出て行くと、ソラの周りに人だかりができた。
「髙城ちゃん、学年一位おめでとう。満点とか凄いなっ!」
「おら、髙城ちゃんに近づくな」
「そう言うお前が近づくなっ!」
「あ、アハハ……」
銀次の友達の男子達がソラに近寄り、ソラの表情が引きつる。
状況を察してすぐに銀次が間に入った。
「お前等、人の彼女に群がるなっての」
「うるせぇ銀次。お前まで上位になりやがって、あれか、彼女の力ってか!」
「だったら悪いかよ」
「言い切りやがったな。野郎ども、囲めっ!」
「うぉ、なんでお前等スクラム組むのそんな慣れてんだよっ」
男子達と銀次のいつものやり取りを見て、愛華の取り巻きの女子達と一部の男子はなんとも言えない表情をしていた。愛華は澪と生徒会に行くためにさっさと教室を出て行ったので、自分達がどうするべきか悩んでいるようだった。銀次と男子がじゃれている隙をついて一人の女子がソラに話しかける。
「あの、髙城さん」
「……何かな?」
「いや、その、テストとか凄かったんだね。どうして男子の格好とか……最初からその感じなら私っていうか、私達も……」
無視、物を隠す、陰口、これまでしてきたそれらの行動をどうにか許されようとするクラスメイトの話を手で遮る。
「ゴメン、今日は銀次とお祝いだから。田中君、銀次を返してくれるかな?」
「え、あの」
話を中断された女生徒は面食らったような表情で止まるがソラは話はもう終わりと言うように背を向けていた。
「お、おう髙城ちゃんが言うなら勘弁してやらぁ」
数の暴力に押しつぶされていた銀次が脱出する。
「本気で潰してきやがったぞあいつ等……。じゃあ、行くか」
「がってんしょうち」
ふざけた調子でソラが応えて廊下に出ると、他クラスからもソラを見に数人の生徒がいたが人垣に阻まれているようだ。
「注目されてんな」
「……無視されていた方が楽だったかも」
「まっ、こうなるとあいつらも大人しくなるだろ」
銀次が教室に残った愛華の取り巻き達を一瞥する。
「うん、流石に物を隠されることはなさそうだね」
そんな話をしながら靴を履き替え、自転車に乗った。時間は昼を少し回った所。
いよいよ夏休みの始まりだ。
「お昼ご飯はどうする?」
「夜、夜一杯食べたいから軽い物がいいな、素麺とかどうだ?」
「賛成っ。夏休みの計画も立てたいし、やることが一杯だね」
「じゃあ、晩御飯はソラの家として昼は俺んちで素麺だな」
「付け合わせ買って帰ろうね」
帰りにスーパーに寄り買い物を済ませて銀次の家に帰宅する。買い物袋を持ったソラが、扉に手を掛けようとすると、先に内側から開かれた。
「おう、銀次。帰ったか、さっさと飯を作れ……あん? 誰だ?」
どこかで見たような三白眼で悪人顔の女性が勢いよく顔を突き出してきた。
「え、えと」
蛇に睨まれた変えるようにソラが停止し、自転車を停めた銀次がパクパクと口を開け閉めする。
「帰ってくるのはまだ先じゃなかったのかよ……お袋!」
銀次がそう言うと、桃井母は裸足のまま飛び出して銀次の頭をはたく。
「お袋じゃなくて母さんと呼びなっ」
「銀次のお母さん……」
急に現れた桃井母にソラは呆然とするのだった。
来週は月曜日更新予定です。なろうの仕様が変わりましたが、引きつづき読んでいただけると嬉しいです!
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