四季 愛華は認めるわけにはいかなかった。
朝、愛華は家で時間をかけて髪をセットしていた。母親が手配してくれたサロンで手入れし、以前使っていたシャンプーに戻すことで髪質は元に戻っていた。
「……遅刻するわね」
いつも遅刻ギリギリになるのは時間をかけて身だしなみ時間をかけているからだったが、最近は別の理由もある。目の下の薄い隈を化粧で隠し立ち上がる。部屋を出ると、家に昔からいるお手伝いが待ってくれていた。
「お嬢様。朝食の準備ができています」
「最低限の栄養がとれればいいわ。いつものを用意して」
「最近、夜遅くまでお勉強をされておりますから、しっかりと食べたほうがよろしいですよ」
恰幅の良いお手伝いが心配そうに愛華を見る。その表情は心のからの心配する表情であったが、愛華は目線を合わせない。
「……車で食べるから、足りない栄養はサプリで補給するわ」
喉元まであがる言葉は言えない。それは弱みであるのだから。古い馴染みとはいえお手伝いから両親に自分の現状を知られるわけにはいかない。
自分の困りごとを言うまでもなく察してくれていた従姉妹の存在はもういない。銀髪をなびかせた愛華が門の外に止められていた車に乗り込むと、中には澪がすでに待機していた。
「おはようございます。愛華様」
「おはよう澪。いつから乗ってたの?」
「30分ほど前です。家は近いので、苦ではありません」
「そう」
のりの効いた制服を几帳面に着こなした澪が手帳を開く。ソラの代わりに任されていたスケジュール管理に関しては、澪は失敗を経験しながらもそれなりにこなせるようになっていた。
「食事するから。横で予定を言ってちょうだい」
野菜とゆで卵が一つ。味の薄い朝食を機械的に口に入れる。
「今日は終業式で、学年挨拶と生徒会からのお知らせがあります。原稿はできています」
多めの水でビタミン剤を流し込み。愛華は口元を引いてスマフォを開く。学内のSNSで自分とソラの話題を確認する。
「終業式の後は、夏休み中に行われるカナダの高校との学校間交流の会議があります。学校の予定は以上で、その後は愛華様の家のパーティー用の衣装を選ぶためにドレスメーカーに予約をしています」
つらつらと流れてくる予定を聞き流しながら、愛華はスマフォの画面をおでこに当てる。
「愛華様?」
心配そうに愛華を見つめる澪。
「……なんでもないわ。夏の油絵のコンクールに取り組む時間を作ってちょうだい。……少し行き詰っているから」
「はい、生徒会の仕事は私にお任せくださいっ!」
「頼りにしているわ、澪」
その言葉に澪は顔を赤らめ、やる気を漲らせて手帳に向き直る。
愛華はスマフォの画面を消して、鞄にしまった。閉じられた画面にはソラに関する肯定的な意見が溢れている。愛華を褒める話も出ていたが、愛華だけが学園の話題をさらっていた時と比べるとその声は確実に少なくなっている。それだけならまだよかったが、わずかではあるが、ソラに対する愛華の取り巻きの態度を良く思わない声もあった。その書き込みから目を逸らし、愛華は目を閉じる。
学校に着くまで後10分ほど、その短い時間が最後のやすらぎだとでも言うように愛華は座席に体重を預けた。睡眠時間は確保するようにしていたが、眠れてはいない。
夢を見るのだ、中学生の頃。才能を開花させつつあった従姉妹が母親から捨てられたその瞬間の夢を。ソラを虐げて、その輝きを鈍らせることでこの感情からは解放されると思っていたのに。
「私は……あの子とは違うから……もっと、優秀だから」
「愛華様?」
「何でも無いわ。学校が見えたら、起こしてちょうだい」
学校についた愛華が降車し、笑顔を周囲に振りまく。予鈴はすでになっており、まっすぐに教室に入ると、ソラを見つめる視線と自分を見る視線が二分化しているのが良く分かった。ソラは、銀次の机に張り付いている。
笑顔だった。捨てられて当然と思えるほどに、全てを奪って、そしていつかのように私も捨てたのに。
『捨てられたくせに』
口の中で言葉を噛み潰す。もし、ソラがこのまま学校の評判を独占して、『 』であることが証明された時はどうなるのだろう。自分が……ソラよりも……その考えを隅に追いやって愛華は終業式の為に用意された原稿を読み始める。
ホームルームの後、テスト結果が張り出された。愛華の順位はこれまでで最悪の十六位。
ソラの順位は……。
来週は月曜日更新予定です。次回からまたイチャラブし始めますのでご安心ください。
いいね、ブックマーク、評価、していただけたら励みになります!!
感想も嬉しいです。皆さんの反応がモチベーションなのでよろしくお願いします。