ゲームセンター
テスト最終日。最後のテストをやり遂げた銀次は上を見上げてため息をついていた。
心地よい達成感に身を任せて倒れ込みたくなる。今日はテストの最終日で午後の授業は無く、早上がりとなっている。
「おう、銀次どうだった?」
同じく疲れた様子でクラスメイトの田中が話しかけてきた。目の下には濃い隈ができており、カビでも生えそうなくらいに湿気た空気を纏っている。
「まぁ、できたと思うぜ」
「……入学後のテストじゃあ俺とどっこいだったのに凄い自信じゃねぇか。これが、彼女持ちの力ってやつか」
「彼女持ちっつうのは関係ない……わけじゃねぇな。俺の場合は」
基礎からみっちりとソラに教えてもらい。テスト前にはお手製のプリントを数十枚、解いたそばから丁寧に指導付き、さらに勉強しやすい環境づくりにお手製のおやつにお茶が準備され、なによりも問題が解けたら満面の笑顔で褒めてくれる彼女の存在はあまりに大きい。
「ケッ、惚気やがって、テスト期間中もずっと一緒だったな。話題になってんぞ」
「そうだろうと思うんだが……何故か絡んでくる奴とかいないんだよな。偶にお前等が冷やかしてくる程度だぜ」
月末テスト一位に加え、最近可愛さに磨きがかかりにかかっているソラである。話題にならないわけがないし、休み時間中もチラホラとソラ目当てに教室に近づこうとする輩を見てはいるのだが、不思議と直接絡まれたことはない。無論、愛華の取り巻き達からの無視や陰口は続いているが、最近はソラの人気が上がったことで表立って攻撃されなくなってきている。銀次がソラの味方になると公言した時期に比べると平和そのものだった。
「そりゃ……まぁ、問題がないならいいことだろ。そんなことより、折角テストが終わったんだ。明日の結果発表と終業式までのわずかな時間を遊ぼうぜ。ゲーセンとかどうだ?」
「そうだな。いいぜ、ソラも一緒でいいか? あいつ、意外とゲーセンで楽しめる奴なんだ」
「えっ、髙城さんも一緒!? ……そりゃ、俺はいいけどよ。髙城さんが嫌じゃないか?」
銀次の提案にたじろぐ田中だったが、横から小さな影が飛び出してくる。
「嫌じゃないよ。ゲーセンいいよねっ!」
ソラが銀次の机に手をついて身を乗り出していた。
「お、おぉ、制服だとあれだから。じゃあ、一旦飯食ってから着替えて『シューティングスター』でどう?」
シューティングスターとは、学校からほど近い場所にあるゲームセンターである。店内は喫煙オーケーでレトロな筐体があるとかと思えば、最新のオンラインのゲームもあるという両極端なゲームが置かれていることが特徴だった。雰囲気を言ううならば、良く言えば昔ながら、悪く言えば古臭いゲームセンターである。
「わかった」
「行ったことないけど、銀次が一緒なら大丈夫」
「そ、そうか。髙城ちゃんも一緒か、ヌハハ、じゃあ後でな」
待ち合わせの時間を決めて、二人は鞄を持って教室を出て行く。田中はウキウキで自分の席に戻り鞄に荷物を詰め込んでいると……。
「……田中、やりやがったな」
「線を超えちまったなぁ」
ガシっと両肩を村上(久々に登場)と斎藤に掴まれる。二人共瞳孔が開いていた。
「村上っ!? 斎藤は違うクラスだろうがっ、どうしてここに……」
「聞いてたぞ。自分だけ髙城ちゃんとゲーセンなんて羨ま……不健全だろうが」
「そうだな。あそこは治安が悪い、念のため俺達も付いて行かないとな」
「ふざけんな。お前等、これは俺が銀次を誘った棚ボタで……」
田中が言葉を失った理由は単純である。廊下からどこからか湧いたのかわからないほど静かに、男子達が田中を睨みつけていたのだ。ちなみに少数であるが、男子以上に血走った目で田中を睨みつける女子の姿もあった。
「話は向こうで聞こうか。何、すぐにすむさ」
「やめ、卓球部の俺が抵抗できないだとっ! やめ、離せぇえええええええ」
そんなことが会ったことなぞ知らぬ銀次とソラは、一旦自宅で着替えた後にいつもの商店街前で合流していた。
「おう、さっきぶり」
「うん、待ってた。言われた通り、ズボンにしたよ」
銀次はアロハシャツにジーパンというラフな格好だったが、ソラは少し跳ねさせた髪型にハンチング帽を被りカーキ色の短パンに縞柄のシャツ。上に日除け用に長袖のパーカーを羽織っていた。前を開けたパーカーからは制服では印象の薄かった胸が相応に盛り上がっているのが見て取れる。
「……あそこは男が多いからな。念のためにズボン履いとけって言ったんだが。もしかすると逆効果か?」
銀次とお出かけということで目いっぱいおしゃれをしたソラを見て、銀次は苦笑しながらポンポンと帽子越しに頭を撫でる。
「え゛っ、そうなんだ」
何となくパーカーの前締めるソラ。
「まっ、俺や田中がいりゃ大丈夫だろ。嫌なら断ってもいいぞ」
「ううん、行ってみたい……ちゃんと守ってね。彼氏さん?」
「任せとけ。喧嘩は苦手だが、ソラのことは絶対に守るからよ」
揶揄ったつもりだったが、銀次は真っすぐに答える。カウンターを貰ったソラは照れを隠すように銀次の腕に抱き着いた。
「……悪人顔なのにねっ」
「顔は関係ないだろ。ほら、自転車に乗れよ」
「うん」
元気に返事をしたソラが自転車の荷台に乗り、銀次が強くペダルを漕ぎ始める。
「帰ったら、テストの振り返りだからね」
「おう、結構自信あるぞ」
「本当? じゃあ、ご褒美考えなくちゃね。夏休みが楽しみだなー」
そんなことを話しているとあっという間に『シューティングスター』の前に着く。潰れた映画館の向かいにあるその場所は、ところどころ切れたネオンが点灯し、近隣の学生や暇を持て余した大人達のたまり場だった。店の横の駐輪場に向かうと男子が数人立っている。
「おっ、田中以外にもいるな」
「斎藤君に、村上君だね」
朝見た時よりも大分ゲッソリとした田中の両脇に笑顔の斎藤と村上が立っていた。
「おう、銀次っ。ゲーセン行くって聞いて……は?」
「そうそう、全然下心なんて……し、私服……」
調子よく喋り出した斎藤と村上がソラを見て、停止する。村上に至っては目頭を押さえていた。
「ん、朝挨拶しているからまだ、怖くはないかな……どうしたの皆?」
「あー、やっぱり逆効果だったか」
女子と話す機会のない二人にとっては私服ソラの攻撃力はあまりにも高すぎた。というより、銀次もわかっているようで普通にマヒをしていることに気が付いていない。しばらく静止していた男子三人をデコピンで正気に戻し、冷房の効いた店内に入る。
「久しぶりに来たな」
「最近銀次はソラちゃんといたしな。っとアカウントのカード無くしたから、作り直さないとな」
「臭い……でも、この雰囲気、嫌いじゃない。パース取りたくなるね」
カビた冷房と煙草の匂いが混ざった匂いに、ソラは顔を顰めながら店内を興味深そうに見回す。
「ハハハッ、駅前のゲーセンとは違うだろ。折角だし、ここに来たならアーケードで対戦しようぜ」
「アーケード? おぉ、レバー操作は新鮮だよ。このゲームなら家でやったことある」
さっそく銀次とソラが筐体の前に座る。いくつかのゲームから選ぶシステムで同じゲームを選んでいれば店内対戦ができるようになっている。
二人はかなり古い格闘ゲームを選び、ソラは備え付けの操作説明を一瞥してからキャラクターを選んだ。銀次も慣れた様子でキャラを選択し、他の三人は後ろで観戦している。
……否、観戦者は三人ではなかった。まず、クラスでの話を聞きつけ、他メンツがいるならと駆け付けたオールブラックスが数名(テスト撃沈組)それとなく店内におり、さらに元々店内にいた客も男の園に女子が来たことで色めきだって一行を注目していた。
「普段はコントローラーだろ? レバーは慣れてないと見た。この勝負もらったぜ」
「そんなこと言っていいのかな? 最近は格闘ゲームも練習しているもんね」
売り言葉に買い言葉、慣れた調子で二人は掛け合いをしてゲームを始めた。
投げキャラを選んだ銀次はガードを固め、コンボキャラを選んだソラは果敢に攻める。最初は銀次がなんなく勝利を収めるが、ソラが再戦を要求し戦い始めると、徐々に銀次が押され始めた。
「ぬっ、上下に散らして来たな。掴めねぇ」
「ジャストガードさえされなければ、攻め続けれるもんね。一発入ればコンボで持っていくし」
ペロリと舌を出したソラはすでに銀次のガードの癖を覚え始め、あっという間に攻略してしまう。
それを見ていた斎藤達は興味深そうに話し合う。
「完全に癖を読まれているな」
「なるほど、こうして銀次は落とされたのか」
「髙城ちゃん、攻めッ気が強いんだなぁ」
うんうんと頷く三人。
「後ろで適当なこと言ってんじゃねぇぞ!」
「あっ、スキアリ」
「ぬがっ!」
銀次の前の画面に『YOU LOSE』の文字が浮かぶ。がくりと肩を落とす銀次。ちなみにこのゲーム、三回までなら対戦に勝ったプレイヤーは連続でゲームできるシステムだ。
「うっし、次は俺が相手するぜ。俺の炎のコマを見せてやる」
「絶対にわからないネタ挟むな。止めとけ斎藤、お前じゃ無理だ」
「ここは卓球部の俺に任せろ」
銀次を押しのけ自信満々の田中が座る。……その後、三人とも順番にボコボコにされるのだった。ソラが普通に戦えるので、店にいた他のプレイヤーが対戦を申し込んできたが。
「……あ、あう」
と、知らない人の前では相変わらずなソラが銀次の後ろに隠れた為に、銀次が丁寧に断ってその場を後にする。その後も、オンラインのクイズゲームだったりを楽しむのだったが……。
「銀次っ、この問題わかる?」
「全然わからんが、二回連続でBだから、Cが正解だろ」
「正解だけどズルだね。でもエライ、褒めたげる」
「「「……」」」
「ソラ、疲れてないか?」
「ん、全然平気だよ。ありがと銀次。ほら、次はあのゲームやろうよ」
「「「……」」」
一通りゲームセンターを回り、気が付いたように銀次が三人を見ると、なぜか全員缶コーヒーを持って虚空を見上げていた。
「……どうしたお前等?」
「何で缶コーヒー持ってるの?」
銀次とソラが顔を見合わせて疑問符を浮かべる。
「いや、ちょっと……口の中が甘くて……」
「近くで見るとやばいな。というか銀次、お前凄いよ、大した奴だよ」
「髙城ちゃん。学校の外ではよく笑うんだな。グフッ……」
ちなみに、隠れている他オールブラックスも学外でのソラの銀次への蕩けた表情にやられて魂が半分出ていた。学校でも銀次の傍では笑顔の多いソラだったが、敵対する愛華やその取り巻きがいない環境で銀次に甘える姿(しかも私服)はあまりに凶悪で可愛すぎた。
三人が変なテンションになったことと、ゲームセンターでの視線がかなり集まってきたこともあって一旦ここで解散することになる。
帰り道、自転車に二人乗りしながら楽し気にゲームセンターでのことを振り返っていた。
「久しぶりに遊んだけど楽しかったな」
「うん、あのゲームセンター皆で使っているんだね」
「皆?」
「学校の一年生とか二年生も何人か見た顔がいたし」
「全然気づかなかったぜ。テスト終わりにゲーセンで遊んでたのか、考えることは同じだな」
「そうだね。でも、人がいるとちょっと緊張しちゃうかも。頭も使ったし、疲れたから帰ったら羊羹を切って食べようよ。テストの振り返りもしないとだしね」
「それが終わったら、いよいよ夏休みだな」
「エヘヘ、今年の夏休みは銀次がいるから楽しみっ」
「……俺もソラがいるから楽しみだ」
二人で笑い合って、帰路に着いたのだった。
……ちなみに、鉄の結束力でソラの盗撮などは決してしなかったオールブラックスだったが、現地でソラの私服を見た者達の「やばかった。可愛すぎた」「あの空間に近づくだけで、涙が止まらなかった」「テストダメだったけど、髙城ちゃんが楽しそうだったので全然オーケーです」と言った感想が広まり、水面下でさらにソラの人気は上がっていくのだった。
来週は月曜日更新予定です。
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