負担を減らす為に俺ができること
四季 愛華は眉を微笑みを絶やさず、銀次を見ている。
「……ソラは人と話すのが苦手なんです。離れた方が良いと思いますけど?」
「そうなのか?」
銀次が肩を回す。ビクンと身を震わせるソラ。小さな声で銀次に囁く。
(こ、ここまでするの聞いてないけど)
(いいから、言ってやれよ)
肩を掴む手は優しくソラを支える。たった一つ支えがあるだけで、ソラの震えは収まっていた。
「銀次なら嫌じゃないよ。最近、忙しいから。あの、ボクのことを手伝ってもらいたくて……」
最後が少し尻すぼみだったが、愛華の眼を見てそう言った。そこで初めて愛華は目に見えて不快そうな顔をした。周囲の取り巻きも驚いている。ソラが愛華に対して目を見て発言するということを彼女達は見たことがなかったからだ。
「……面倒を見てあげていたのにね。そういうことなら良かったわ、『男同士』仲良くね」
一部を強調して言い切るとニコリと微笑む。ツカツカと踵を鳴らし愛華は下駄箱へ向かった。取り巻き達は困惑した表情をしていたが、数人はそのまま愛華に付いて行き、残った数人はソラを睨みつけた。その中の一人、サイドアップの髪型をした女子が心底嫌そうに吐き捨てる。
「四季さん……辛そうだったわ。キモ猫の分際で何調子に乗ってるの?」
便乗しようと他の女子が近づくが、肩から手を離した銀次が前にでる。それほど大きい身長ではないとはいえ、人相の悪い銀次に正面からガンをつけられるとその迫力に一歩下がる。
「な、何? あ、貴方、何かしたら先生に言いつけるから」
「あん? 下駄箱へ行くだけだ。遅刻するぞ?」
鯉の泳ぎのようにゆっくりと方向を変えて下駄箱へ向かう。
鞄を抱きしめながらソラはその横に並んだのだった。下駄箱で靴を履き替え、銀次はソラに笑いかける。
「ハハハ、おい気づいたか? 四季の奴、一瞬だが鉄面皮が崩れたぞ」
「……生きた心地がしなかったよ。はぁ、朝からハードすぎる」
「俺としてはもっと言ってやりたいが……今はあんまりやりすぎるわけにいかないからな。次は向こうの出方を見ようぜ」
楽し気にする銀次をソラはジト目で睨みつける。
「なんだよ?」
「楽しんでるでしょ? イジワル……」
「そりゃあな。言っとくけどこの二か月、お前のことで俺も相当我慢してたからな。この程度じゃあ胸がすくとは言いがたいが、やっとこさあのアイドル様に顔を覚えてもらえたってわけだ」
「どうしてそんな余裕なんだか……愛華ちゃんは怖いよ」
「そうかもな。俺も一人じゃあもっとビビってるさ。だけど、一番の難関は終わったからな」
鞄を担いで爪先を叩いて靴を履く銀次、言葉の意味がわからなくて首を捻るソラ。
「難関?」
「お前が勇気を持てさえすれば、俺達に負けはないんだよ」
どうしてそんなことを言い切れるのか、理解ができない。だけどもし銀次の思惑が外れて自分達が敗北したとしても、後悔はないとソラは思う。それはそれとして……。
「からかってるでしょ?」
「ハッハッハ、わかってきたじゃねぇか」
そのまま二人は並んで教室に向かうのだった。
「これで、俺の方にきてくれりゃあいいんだが……」
「うん、銀次、何か言った?」
「いんや、一限なんだっけ?」
一方、愛華は一限目の授業が始まる目の女子トイレの個室の中で忌々し気に表情を崩して爪を噛んでいた。
ここ数年で僅かながら初めてソラが自分に背いた。昨日のことに対する当てつけだろうか。後で確かめたが、男子生徒は特にソラに暴力をふるってはいないようだ。当然だ、そうならないように事前に言い含めていた、私のかわりに絵を描くアイツに怪我があってはいけない。名目上は気にかけてやっているとしている以上、ケアをするのも面倒だ。それなのに何を怒っているのか、私に構ってもらっているだけでも感謝するべきだというのに。本気でそう考えながらも周囲からの評判を考えて立ち回れるのが愛華の特筆すべき才能だった。
「あの子、桃井とかいう男子に私のことを話さないでしょうね……そろそろ捨てようかしら? 私は唯一無二だけどあの子の代わりなんていくらでもいるんだから」
そのまま足を組み、スマフォを操作すると愛華は立ち上がり。個室を出る。
「でも……そうね。桃井か……利用するのも面白そうね。久しぶりにできた友達に裏切られるなんて、ロマンチックじゃないかしら」
ブツブツと呟き、鏡の前で四季 愛華はアイドルの仮面をかぶり直した。
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