表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

106/199

変わりたいと思ったから

 その日の放課後。愛華が生徒会室に取り巻きを引き連れて向かい、銀次とソラは晩御飯のこと話しながら、自転車置き場から校門へ歩いていた。

 楽し気に喋っていた二人だが校門前で足を止める。なぜならそこに、背中に埃が着くことを気にせず校門にもたれている大柄な男性がいたからだ。傍らに見送りの教師がいることもあり不審者扱いはされていないようだ。

 それどころか、明るい髪色と年を経て落ち着いた雰囲気に、見物人もいるほどだった。


「……うわぁ」


「あれ、やっぱそうだよな」


 どう見ても愛華の父親である四季 雅臣がそこにいた。顔を見合わせた銀次とソラは回れ右をして裏門を目指そうとするが、判断が一瞬遅かった。


「あぁ、良かったソラ。待っていたんだ。愛華や妻には止められていたけどやはり保護者代理としては心配でね」


 そう言って両手を広げて歩み寄って来る雅臣にソラは天を仰ぐ。

 二十分後、問答無用で車に乗せられた二人は車で十分ほどの場所にあるケーキ屋に連れて行かれ、席に座っていた。そして二人の前ではニコニコと笑顔の雅臣が注文をしている。


「ハハハ、貸し切りだ。洋酒のケーキが美味しいのだが君たちには少し早いかな。好きなだけ食べたまえ、私としてはアプリコットかイチジクのケーキがおすすめだ。おっと、君、コーヒーはミルク多めで頼むよ」


 店内に座っているのは銀次、ソラ、そして二人を連れてきた雅臣のみ。店には休業の立て札がかかり、雅臣の部下であるスーツを着た大人が数人店の前に立ってしきりにどこかと連絡をとりあっている。


「……」


「……」


 自分がここにいることに疑問を感じる銀次が、どうにかしろとソラにサインを送り、ソラはしばらく百面相を披露した後に口を開いた。 


「あの、叔父さん……」


「いいんだソラ! わかっている。何も言わなくていい! その制服似合っているよ。ビューティフルだ。ほんの少し見ない間に大人の女性になってしまったね。愛華と並んで写真を撮りたいが、愛華は嫌がっているようだったから……年頃の娘はデリケートなものだ」


 ソラが何かを言う前に自分で完結させている。ソラは下あごに力をいれて涙目で銀次を見る。


『だから苦手なんだよっ!』


 とその目は雄弁に訴えていた。強引さと人の話を聞かない部分は、その人を惹きつける魅力も合わせどこか愛華に似ている。ただ、銀次は何となくソラと相性が悪そうとも感じていた。相手は身内であるにも関わらず人見知りモードで警戒心バリバリのソラを見て、ため息をついた銀次がソラの代わりに会話を試みる。


「すんません。ケーキが来る前に挨拶してもいいっすか? 桃井 銀次っす。髙城さんとお付き合いさせてもらってます」


「銀次。いつも通りの呼び方でいいから」


「その通り、かしこまらずいつもどおりで頼むよ」

 

 悪人面の銀次が緊張しながら、挨拶すると雅臣は右手を差し出す。


「ソラの叔父で、今は保護者代理もしている四季 雅臣だ。よろしく桃井君、愛華とソラの次に君に会いたかった」


 外国の血が混じる彫りの深い顔に笑みを浮かべる雅臣は、まるでイタリアンマフィアの様で二人が握手する場面はおおよそ堅気の有り様ではない。店員がドン引きした表情で雅臣と銀次を見ているが、銀次は気にせず話を続ける。


「それで、今日はソラの様子を見に来たってことですか?」


「あぁ、愛華からソラに恋人ができたと聞いてね。いても立ってもいられないということさ、最近ソラは屋敷にも顔を出さないからね」

  

 目が笑っていなかった。ただ視線を向けられただけなのに、ソラは怒られたように身を縮める。


「あの、ボクは……その、愛華ちゃんと距離を置こうと思って……」


「なぜ? 愛華とは姉妹の様に仲が良く、今まで助け合っていたじゃないか。おや、ケーキが来たね」


「お、お待たせしました……」


 緊張した面持ちの店員が三人の前にケーキを並べている。銀次とソラの分のケーキも雅臣が先に注文していた。


「先にケーキを食べようか。実は昼を抜いていてね」


 芝居がかった仕草でナイフとフォークを持つと雅臣はケーキを切り分けて食べ始める。

 ソラはケーキには手を付けず。机の下で銀次の手を握った。

 

「ボク、自分の絵を描きたいんです。銀次と出会って……『私』と向き合いたいって思ったんです。こんな自分のことを好きになりたいって、好きになってもらいたいって、だから……変わりたくて……愛華ちゃんはボクとは離れたがっていました。どうしてなのかはわからなかったけど、ボクもそれでいいと思います。傍にいたらきっとお互い自分の絵を描くことはできないから。ごめんなさい、上手くいえなくて……」


 必死に気持ちを訴えるソラを見た雅臣はフォークを置いてコーヒーを一口飲んだ。そして少し目を閉じ、大きくため息をついて口を開いた。


「……君はレディになった。今日はそれがわかって良かったよ。さて、そろそろ私は行かなくてはならない。その前に桃井君、少しいいかな? ソラ、ケーキを食べながら待っていてくれ。私の分も食べてくれると助かる」


「え? 叔父さんっ!?」


「大丈夫、ボーイフレンドに酷いことはしないよ」


 雅臣はウインクして立ち上がる。銀次もソラの手を一度握り返して立ち上がった。

 外へ出ると、雅臣は甘い香りの煙草に火をつけながら銀次に話しかける。


「……桃井君。君はソラから両親のことを聞いているかい?」


「はい、聞きました」


「ハハ……凄いな。ソラは誰にも言えないと思っていた……私は、ソラの母親が逃げ出して兄が海外へ行った時、どうすればよいのかわからなかった。ソラの為に何かをするべきだったとわかっていたのに、できなかった……そして愛華にその役目を押し付けた。きっと、それが良くなかったのだろうね……そのことにさっき気づいたよ。二人は上手くいっていなかったのか……君がソラを救ってくれたんだね」

 

 吐き出す紫煙は揺れて、その行き先を見失ったように夏の空気に溶けていく。


「救ったとか、そういうんじゃないです。俺はただ、努力しているソラに幸せになって欲しくって、そうしているうちに、ソラに惚れただけです」


 手に持つ煙草から灰が落ちて、その後に雅臣は快活に笑う。


「ハハハ、ソラは魅力的だからね。そうか、私の可愛い姪は見る目があったようだ。十分だ、戻り給え、ソラが首を長くしてこちらを見ている」


「……俺達二人で幸せになります。だから、ソラのことは任せてください」


 そう言って銀次は店に入っていく。店内ではソラが心配そうに銀次の服を掴んでいた。それを見た雅臣は煙草の火を消して、落ちた灰を拾った。


「……若いってのはいいものだ。……それにしても」


 雅臣は電話をしていた部下に指示を出しながら車に乗り込んだのだった。

 一方、店内ではソラが銀次に詰め寄り、銀次がソラを席に座らせていた。


「大丈夫だった? 叔父さんに何か言われなかった?」


「大丈夫だって、あの人ソラのこと心配してただけだ。俺がソラを幸せにするって言っといたぜ」


「ふぇ……あ、ありがと。じゃあ、さっそくあーん」


 そう言ってソラがケーキを差し出して銀次の口に入れる。


「モグモグ……いや、俺が食べてどうなるんだ?」


「ボクが幸せになります」


「どういう理屈だよ。じゃあ、俺からもほい」


「ムグムグ……こっちもいいけどやっぱ食べさせる派かな」


「いや、まぁ、それでいいならいいけどよ」


「追加の尽くしたがりがあるもんね。叔父さんもいなくなったし、ほら横においでよ全部食べさせたげる」


「いや、俺も食べさせるね。ほれ、口開けろ」


 そうして二人は、店員のことをすっかり忘れてケーキを食べさせ合い、しばらく後で我に返り恥ずかしい思いをすることになったのだった。ちなみに、帰りの車はしっかりと準備されていた。

次回は多分月曜日更新です!


いいね、ブックマーク、評価、していただけたら励みになります!!

感想も嬉しいです。皆さんの反応がモチベーションなのでよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハイファンタジー連載中作品のリンク先↓

奴隷に鍛えられる異世界生活

― 新着の感想 ―
[気になる点] 二人ともさぁ……毎回甘ったるくしなきゃダメなノルマでも課せられてるのかな?「おっ、珍しくシリアスなまま終わるか?」と思ったら最後の最後にさぁ……(吐血)
[良い点] ただただ2人が幸せならそれで良いです。 ケーキを食べさせ合ってイチャコライチャコラ それだけで周りは幸せなんです。 本心を伝えられた事は良かったですが そんな事よりラブコメだ! 少し変えて…
[一言] 見せつけられた店員さん可哀想。ゴーヤでもプレゼントしなきゃね。それともニヨニヨしてたかな?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ