お父様が来るの
「メカメカしいデザインでいいなら、是非協力したいんだよ。銀次のバイトのお手伝いにもなるしさ」
「いや、まずは『髙城 空』として自分の絵を描いてからだって……ちょっと待て、どうなってんだ?」
「愛華ちゃんが乗ってる車だ……」
朝、銀次とソラの二人がいつものように待ち合わせをして登校していたのだが、違和感のある光景に足を止める。普段は始業ギリギリに登校している愛華が乗る高級車が坂の途中に停車していたのだ。顔を見合わせる二人。他の生徒も気にしているようで、注目が集まっていた。
「四季の奴、珍しく早起きしたから車で時間を潰しているとかか?」
「だったら、学生会室とかでいいと思うよ。まっ、ボク等には関係ないよ。教室で話の続きをしようよ」
「そうすっか」
ソラが銀次の手を引いて、歩き出し車の横を通り過ぎようとするが、ガチャリと音がして愛華が出てくる。
「……おはよう、ソラ。ちょっといいかしら?」
「……おはよう、愛華ちゃん。あの、ボク……忙しいから」
高身長ゆえに上から見下ろす愛華に、銀次の腕を掴んだままちょっとプルプルしながら見上げて向き合うソラ。銀次はソラが隠れなかったことに感心してニヤリと笑う。
「そういうことだ。じゃあな四季」
「待ちなさい、話があるの……桃井君も一緒でいいわ。着いてきなさい」
去ろうとする二人の前に出る愛華に銀次はため息を吐いた。
「……どうする?」
「注目されてるし、行くしかないでしょ……」
学園の注目を集める二人のやり取りは周囲の生徒からの視線を集めていた。二人の因縁のなんとなく知っている一年生は少し気まずそうにしているし、そのような事情をあまり知らない上級生は素直に学園の人気を二分する二人が並んでいることに興奮しているようだった。
ソラが一緒にいた時の癖で愛華の少し後ろを歩こうとすると、銀次がソラの背中を押す。
「ぎ、銀次!?」
「大丈夫、見といてやるから」
「……後で、尽くしたがり追加だから」
ソラが銀次の腕を解いて一歩前に出て愛華の横へ並ぶ。夏の高い青空と二人の美少女は呆れるほどに絵になっており、男女問わず生徒達は見惚れていた。そして、それを誰よりも近くで見ている銀次には嫉妬の視線が突き刺さっているのだが、本人はどこ吹く風と愛華に並んで歩き出したソラの背中を見ていた。靴を履き替え、向かったのは生徒会室。合鍵で扉を開けると、愛華はソファーにストンと腰を降ろした。どうやら、二人にも前に座れということらしい。銀次とソラが座り、数秒の沈黙。
「お、お茶でも淹れようか?」
耐え切れずにソラが愛華と銀次を交互に見るが、銀次はソラを止める。
「呼ばれた俺達じゃなくて、四季が淹れるべきだろ」
「どうして私が貴方達にそんなことをしないといけないの……そんなことより、お願いがあるわ」
銀次の軽口を鋭い視線で睨み返し、愛華が重々しく口を開く。
「えと、何かな? 生徒会の仕事はもう断ったけど?」
「そのことではないわ。……お父様が学園に来る用事があるらしくて、その際にソラに会おうとするかもしれないわ」
「叔父さんが? 学校に来るのは寄付とかのことがあるからわかるけど、どうしてわざわざボクに会いに来るの?」
ソラが警戒しながら首を傾げ、銀次は脳内で愛華の父親について思い出していた。
「貴女が女性の格好に戻ったからよ。お父様には私から貴女が『女子の格好をしたくないと訴えた』と伝えていたから、今の貴方の様子を見に来るかもしれないの」
「……それで、ボクに何して欲しいの?」
「口裏を合わせなさい。貴女が男子として過ごしたいと『自分』で言ったにもかかわず、撤回したのだと」
あまりにも自分勝手な言い分に銀次の額に青筋が浮かぶ。黙っているつもりだったが、高圧的な態度を崩さず、都合の良いことを言う愛華に怒っていた。身を乗り出して愛華に詰め寄る。
「おい! 男装を強要させといて随分じゃねぇか。ソラは、女子の制服を買ってたんだぞ。女子として普通に入学するつもりだった。性別を隠して学園生活を送ってなけりゃ友達だってできたかもしれねぇ。それを踏みにじるようなひどい扱いをして、都合が悪くなったら逃げ出すってのは筋が通らねぇだろ。こいつがどんな気持ちでお前から押し付けられた学ラン着て、たった一人で雑用してきたと思ってんだ! ふざけんじゃねぇ!」
「……」
顔を背けて銀次の言葉を聞こうとしない愛華に、銀次はさらに言葉を続けようとするが、それよりも前にはっきりとした声が響いた。
「銀次っ!」
ソラが銀次のズボンを掴んでいた。唇をきつく結んで耐えるように目を潤ませている。それを見た銀次は怒りを噛み殺して腰を下ろす。一度、俯いたあとにソラは顔を上げて愛華を真っすぐに見た。その視線を受けて愛華はたじろぐように視線を逸らす。
「いいよ。もし叔父さんが会いに来て何か聞かれたそう答える。全部、ボクが自分の意志だったって言うよ」
「おい、ソラ。そんなことする必要は――」
ソラが銀次の手を上から握った。一瞬銀次を見て、そして愛華に向き直る。
「でも、どうしてそれを止めて女子として過ごしたくなったか聞かれたら本当のことを答えるから。……好きな人ができたからだって。そのことだけは、絶対に嘘をつきたくないから。……行こう、銀次。授業が始まっちゃう」
ソラが銀次の手を握ったまま立ち上がる。愛華は膝の上で拳を握り俯いたままだった。
学生会室を出ると、ソラがズンズンと無言で歩き出す。
「ソラ、教室は向こうだぞ」
「……」
人気の無い授業が始まる前の階段下。そこに銀次を連れてきたソラはガバっと抱き着いて銀次の胸元に顔をうずめる。全力で抱き着いてくるソラの頭を銀次は優しく撫でる。
「頑張ったな」
「……友達だってできたかもしれないってのは余計だと思う」
顔をうずめたままモゴモゴとソラが喋る。
「……悪かったよ」
「冗談。怒ってくれて嬉しかった」
猫が甘えるようにグリグリと顔を擦りつけるソラ。銀次は予鈴が鳴るまでソラの頭を撫で続けたのだった。
そして、教室に行くと……周囲の視線が銀次に付きささる。いつものことと銀次が席に座るとガシッと強く肩を掴まれた振り返ると鬼の形相を浮かべる田中をはじめとした数人のクラスメイトが立っていた。
「銀次くぅん。そのシャツはどういうことかなぁ?」
「何も言うな銀次……ただ一発殴らせろ」
「あん? 何言って……あっ!?」
ソラが着けていた色付きのリップがシャツに薄く移っていた。校則に触れない程度の薄い色合いのものだが、白いシャツに擦りつけるように着いていれば目立つのは自明である。
「心あたりあるような顔すんじゃねぇ! 朝から何やってんだ!」
「これは特別規定に該当するな。武力介入もやむを得ん」
「馬鹿っ、違うっての! おい、授業が始まるぞ!」
急いで拭き取り誤魔化そうとするが時すでに遅し、銀次達の会話を背中で聞いていたソラも恥ずかしくて耳を真っ赤に染めて机にツップしていたのだった。
次回更新は多分月曜日です。
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