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俺がお前を幸せにしてやる

 学校という場所は小さな社会であると誰かが言ったらしい。その狭い社会にはカーストがあり、上位と下位が明確に分かれ学園のアイドルといった特殊で特別な人間がいる。


 ここに県内でもそこそこの進学校があり、その場所で学園のアイドルと称される人物がいる。

 『四季 愛華』当然のごとく容姿端麗、秀麗眉目、文武両道。適当な四文字熟語がそのまま当てはまると()()()女子だ。


 学年は一年。入学と同時に、否、入学前から学内の話題をさらっていた。まず容姿が特徴的だ、ハーフだかクォーターだか知らないが銀髪とかいうアニメみたいな髪色は黒髪ばかりの生徒の中で光るようだ。目鼻の整った顔立ちと細く女性的なスタイル。趣味はバイオリンと油絵、特に絵の分野ではプロ顔負けで何度も賞を取っている。それでいてこの進学校で、上位10位の成績に周囲とのコミュニケーションもバッチリ。家も金持ちという完全無欠のお嬢様だ。それがこの学園のアイドルというやつである。


 そのアイドルを睨みつける視線が一つ。目付きの悪い男だ。明らかに不機嫌そうに愛華を睨みつけている視線があった。三白眼で、短く清潔感のある髪型だが整えておらずやや粗野な印象を受ける。体つきはガッチリとしていて身長は170ほどだ。


「気に喰わねぇな……」


 男の名は『桃井 銀次』。昭和生まれのような名前だと友人達からはよくからかわれている。

 その視線は学園のアイドルである愛華に注がれている。……ように見えてそうではなかった。

 

「アイツ、いつになったら……」


 その視線は背の低い男子に注がれていた。長い前髪にビクビクと周囲を気にして右往左往する視線、か細い声、大きな黒縁のメガネ。慈母のような愛華が時折その視線を向けるとその男子はビクリと身体を震わせる。その様子を見て、銀次の近くにいた女子がヒソヒソと陰口を叩く。


「ねぇねぇ、『キモ猫』ってどうして四季さんといつも一緒にいるの?」


「知らないの? 四季さんの従兄弟なんだって、だから昔から四季さんが面倒見ているってわけ」


「えー、四季さん可愛そう」


「だよね。『キモ猫』もわきまえて転校とかしたらいいのに。というか、そうなるように皆で色々してるし」


「えー、イジメ?」


「別にー。私がメインってわけじゃないし、協力しているだけだって」


 バンっ! と机が叩かれる。


「ヒッ!」「キャ!」


 女子が飛び上がるが、銀次は気にした様子もなく。立ち上がり、教室を後にする。

 その後ろ姿にも何かしら言葉が投げられるが、彼はそれを気にした様子なかった。


 一方、愛華はいつものように周囲の生徒達から声を掛けられて忙しそうに答えている。


「ねぇ、四季さん。この前のコンテスト作品SNSでめっちゃ流行ってるね! スゴイよ」


「アハハ。マグレだって、でもありがとう」


 突き出されたスマフォを見てほほ笑むと、少し恥ずかしそうにはにかむ。

 少しでも会話に隙間があると次の学生が話しかける。今度は男子だ。


「四季さん。学生会の書類助かったよ。文化祭のメイン看板のデザインもするってことだけど、大変じゃないかい?」


「皆の為だもの頑張るわ。でも、私ひとりじゃ大変だから助けてね」


「あ、ああ。俺にできることならなんでもするよ」


 顔を赤らめる男子生徒を置いて、愛華は席に座りその周りには人だかりができた。


 大変な仕事を引き受けても一向に嫌な顔をせず、笑顔で応対するその様子はまさにアイドルと呼ばれるに相応しい。その愛華の顔色を窺い俯いている『キモ猫』と呼ばれた小柄な生徒はただ体を振るわせていた。

 

 その日の放課後、生徒会の空き教室。机に座る愛華の前には正座させられる男子の学生服を着た生徒の姿があった。


「ねぇ、ソラ。どうして文化祭のメイン看板のデザインができてないの?」


 日中とはまるで違う声色、責めていると言うよりは、怯える目の前の人物を痛めつける愉悦に震える喜悦の声色。


「だ、だって、愛華ちゃんの他のお仕事のデザインが三つあって、そっちのことをしてたから」


「へー。私がいないと何もできないくせに。自分の務めも果たせないの? 今月の小テストの内容も私に教えなさいって言ってるのにまぁだ、できてないんだぁ」


「そんな!? 全部は無理だよ。傾向を見て全部の小テストの問題なんてわかんないよ」


「私もね。任せすぎかなぁとか思ってたの。でもね、そうじゃないってわかったの」


 愛華は背中に置いていた鞄から一冊のスケッチブックを取り出す。

 それを見てソラの顔が青くなった。


「あっ、ボクの……」


「ねぇ、これ、私が頼んだ絵じゃないわよね? アナタの絵じゃない……私を後回しにして自分を優先したってことでしょ?」


「あの、素敵なモチーフを思いついて、か、返して。まだ、描き上げてない……」


「ダーメ。あのね、アンタは本当にグズで使えない子なの。だからせめてもの存在価値を私が与えてあげてるの。別にテストなんて普通にできるし、絵だって私が描いた方がずっと良い物ができるけど、私は忙しいからアナタを使ってあげているの。必要ないのに、わざわざ私がアナタにしてあげてるの。それなのに感謝もせずに誰にも評価されないことをしようとしている。本当に腹立たしい」


 髪をかき上げて、ぶりを付けて愛華は机から飛び降りる。長い四肢を伸ばしてポーズをとる姿はその表情さえ見なければ美しいのかもしれない。


「だから、罰を与えるわ。そろそろかなー?」


「罰? 愛華ちゃん。一体何を……」


「準備しないとね、びりびりー」


 スケッチブックからまだ途中の絵を引きちぎり教室にばら撒く。


「あぁ……」


「プププ、変な顔。というかこれからが本番だから」


 ソラが破れた画用紙を集めきる前に足音が聞こえてきた。扉が開けられ、複数人の男女が入って来る。

 先頭は昼間に愛華と学園祭の看板のことを話していた男子だ。


「四季さん、IINEを見てきたんだけど」


 次の瞬間、愛華は眉尻を下げて泣き出しそうな顔で男子の腕にしがみつく。


「ごめんなさいっ! ソラが学祭の為に準備した私の絵を破いてっ! 私、どうしたらいいかわからなくてっ……」


 愛華の様子を見た生徒達が教室を見渡し、作られた状況を理解させられる。

 泣き崩れる真似をする愛華の肩に手を当てた男子は優しく愛華に話しかける。


「ここは大丈夫だから、四季さんは女子と外へ行って欲しい」


「サイッテー」「愛華ちゃん可哀そう」「……キモ猫」

 

 愛華が振り返り、笑みを浮かべるがその表情は誰にも見えない。そのまますぐに涙浮かべて女生徒と共に教室を出て行った。残されたのは三人の男子と項垂れるソラだけ。


「おい、君、何してんだよ。四季さんに嫉妬して邪魔して楽しいのか?」


「……」


 破れた画用紙を抱きしめて、何も喋らないソラに腹を立てた男子の一人が手を伸ばす。


「何とか言えよっ!」


「……」


「ちっ、だんまりかよっ!」


 激昂した男子が拳を振り上げる。


「おい、暴力はよくない。教師に怒られる」


「わかってる……四季さんに謝れよ」


「……」


「このっ!」


 一度は止めた拳だが、だんまりを決めこむソラに我慢できず再び拳が振り上げられる。

 その時、背後から壁を叩く音が響いた。


「なんだっ!?」


「先生っ! こっちだ!」


 男子の声が聞こえると、教室の三人は表情を引きつらせる。ここは進学校、内申点に響くようなことはバレるわけにはいかない。


「先生? おい、やばいぞ」


「あぁ、一旦退こう」


「チッ、覚えてろよ」


 教室から出た男子生徒達は振り返ることもせず、一目散に教室を飛び出した。

 一人だけの教室。うつむくソラは涙を流し震えていた。その体に影が落ちる。


「おい」


 ぶっきらぼうな声だった。


「……」


 無言で泣くソラの体が乱暴に起こされる。抱えた画用紙がこぼれる。

 夕日が差し込む教室で、桃井 銀次は不機嫌そうにソラを睨みつける。


「その絵、お前が描いたんだろ。四季の奴に好き勝手されていいのか?」


 その言葉で初めてソラが顔をあげる。桃井 銀次がそこに立っていた。


「見てたの?」


「あぁ、見てた。今だけじゃない、ずっとお前を見ていた。いいかよく聞け、もう我慢できない」


「……?」


 困惑するソラに彼は告げる。


「お前は努力している。だからお前は幸せになるべきだ。そうあるべきだ、小説みたいに勝手にそうなると思った俺が大馬鹿だった。スマン、詫びになるかわからないが、俺がお前を――」


 そう言って息を区切った銀次はソラの肩を掴んで引き寄せた。


「絶対に幸せにしてやんよ」


「……ふぇ!?」

 

 間抜けな顔をして頬を染めたソラに対して、銀次はニカっとほほ笑んだ。

暗いのはここまで。

見切り発車します。

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