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第4話 でかい熊を倒す。新しい力を発見する。

 一人は俺と同い年くらいで、ブロンドの長髪、鉄の鎧を身に着けていた。ヘアバンドなのか王冠やティアラのような金属製のアクセサリーを頭につけている。もしかしたら鎧の一部なのかもしれない。きれいな女性だった。


 もうひとりの女性も同じくらいの歳で、褐色の肌に白い短髪、丈の短い濃い茶色のドレスを着て、ストールのような黒い布を首に巻いている。ブロンドの女性が「きれい」なら、こちらの女性は「かっこいい」が形容として正しい気がした。


 というか、褐色の女性の方ダンジョンに潜るには軽装すぎるな、と思ったが他人のことは言えなかった。


 俺はいま、軽装どころか服をほとんど着ていない。


 二人の女性は俺に気づくと眉をひそめた。


「新種のゴブリンか?」褐色肌の女性が言った。ハスキーなのは彼女の方だった。ということは彼女がコルネリアなのだろう。


「違うでしょ。人間だよ」ブロンドの女性はそう言うと心配そうに俺に尋ねた。


「大丈夫、君? ここで何してるの? そんな下着姿で」


「服が濡れたんだ。脱いだら寒くて暖かい所を探していたらここに……」


 ブロンドの女性ははっとして言った。


「まさか、濡れたのってすぐそこの川?」


「そうだよ」


「水は飲んでないでしょ!? そうだよね!?」


「ええと……飲んだ」


 彼女は慌てた様子で俺の手を掴んで引っ張り出した。


「え! なに!?」


「あの川は『死の川』って呼ばれてるの。アニミウムがたくさん入った水が流れてるんだよ。飲んだなら、すぐに体の外に出さないと!」


「ああ……」俺は立ち止まった。ブロンドの女性はぎょっとして振り返った。


「何してるの! 早くしないと!」


「いや、あの。それならもう手遅れだ。俺、アニミウムを注射されてるから」


 彼女は眉間にシワを寄せて俺を見た。


「どういうこと?」




 俺たちはダンジョンから出ると火を焚いた。木々を集めてゴブリンの松明をそこに投げ込んだ。俺は服を火の前にかざしながら今までの経緯を話した。向かいに座ったブロンドの女性はアリソンと言った。コルネリアは彼女のサーバントで盾であるらしい。アリソンは口に布を巻いていた。アニミウムが含まれた水蒸気を吸わないようにするためだ。


 アリソンは話を聞き終えると両手をすり合わせて言った。


「そう、ひどい話だね」


「ここは死後の世界だとずっと思ってた。体も健康だし」俺が言うとアリソンはさみしげに笑った。


「違うよ。健康なのはなんでだろうね?」


「そう、それ。俺考えたんだ」俺はさっきの仮説を話した。


 アリソンは納得したように頷いた。


「そうなのかも。おもしろい」


「死後の世界じゃないならここはどこ?」


「ここはエントア。レズリー伯爵の長男ってことはレズリーに住んでたんでしょ?」


 俺は頷いた。


 コルネリアは少し考え込んでから言った。


「どうやってここまで来たんだろうな」


 アリソンが首をかしげた。


「川に流されて、じゃないの?」


「そうなんだろうが……距離が離れすぎてる。アルコラーダまで馬車を走らせても2日かかるんだぞ。レズリーはそれ以上に離れてる」


 コルネリアは俺を見た。


「その距離をずっと流されてきたのか? 気を失ったまま? よく生きてたな」


 そう言われても……。


 俺は目が覚めたとき、口から大量の水がでてきたのを思い出した。呼吸できたのが不思議なくらいに大量に。


「うまく浮かんでたんだよきっと」アリソンがそう言うと、コルネリアは「まあ、そうかも知れないが」とつぶやいた。


「ニコラ、行くとこないんでしょ? 家にも戻りたくないよね、きっと」


 アリソンの言葉に俺は頷いた。


 そうはいっても、俺は今、本当に着の身着のままここにいる。金だってもちろんない。


「冒険者ギルドに登録すれば仕事を貰えるよ。……サーバントがいないから小さな仕事だけしか受けられないかもしれないけど、でもそれは私も同じだからきっと大丈夫。連れてってあげる」


 俺はコルネリアをチラと見た。


「小さな仕事しか受けてないの? コルネリアがいるのに?」


「ああ、それがね……」アリソンは苦笑して首につけたネックレスに触れた。縦長の金属がついていて、色は銅色だった。


「私、魔力が少ない体質みたいなの。だからあんまりアビリティが使えなくて、誰もパーティを組んでくれないの」


「俺と正反対だね」俺は苦笑して言った。


 魔力の量も、そして、サーバントとの関係性も。


 きっと、カタリナは俺が健康でも魔力が少なければ同じように見放しただろう。


 魔力が少ないとわかっていても、コルネリアはそばにいる。


「コルネリアは良いサーバントだね」


「そう! そうなの! こんな私でもついてきてくれる良い子なの!」アリソンはコルネリアの腕を抱いてそう言った。コルネリアは少し頬を赤らめてそっぽを向いた。


 俺もカタリナとそういう関係性を築きたかった。守ってくれるどころか積極的に危害を加えたのが彼女だった。


 コルネリアは照れ隠しか立ち上がって言った。


「そろそろいかないと暗くなるぞ。魔物が増える前にもどらないと」


 俺の服は生乾きだったが、びしょ濡れよりずっといい。立ち上がって着替えると火を消した。


 その時だった。


「しっ」と、コルネリアが俺たちに言った。「何かいる」


 アリソンは剣に手をかけた。が、それをすぐに離すことになる。


 草むらをかき分けるガサガサという音がしたかと思うと、その魔物は姿を現した。


 太陽が陰るほどの巨体が立ち上がる。真っ赤な目が俺の身長の2倍以上高い場所から見下ろしている。


「レッドグリズリーだ」コルネリアがつぶやいた。「運が悪い」


 ヤツの口元は真っ黒に汚れていた。汚れは腹まで続いていて、まるでさっきまで何かを食らっていたかのようだった。


 そして、まだ腹が満たされていないようだった。


 地鳴りのような威嚇の声が響く。背筋が凍る。


「コルネリア!」アリソンが叫ぶ。コルネリアが盾の形になる。


「ニコラ! アビリティ使えないでしょ!? 私の後ろに隠れて!」


 アリソンはコルネリアを構えた。


 俺は慌ててアリソンの後ろに走り、彼女の背中にピッタリとくっついて隠れた。


「これに怯えて逃げてくれるとうれしいんだけど」アリソンはつぶやいてから、叫んだ。


「《雷撃盾》」


 属性アビリティだ。しかも防具。ライリーと同じ、第二段階だ。


 アリソンの目の前に電気を帯びた半透明な盾が出現する。


「え?」アリソンはつぶやいた。「何この、大きさ。それに……」


 盾は俺の倍、レッドグリズリーと同じくらいの大きさだった。


 布を破るような音があたりに響く。帯電した盾から小さな雷のように、時折光が地面を穿つ。


 しかし、それだけじゃない。


「どうして水の属性が?」


 盾には水の属性まで付与されていた。雷の盾にとぐろを巻くように、螺旋状に水の流れが巻き付いている。


 レッドグリズリーは一瞬ひるんだが、すぐに腕を振り上げて、唸り声を上げた。


 やつの鋭い爪が盾に攻撃を仕掛ける。


 その瞬間、盾に巻き付いていた水が蛇のようにレッドグリズリーに飛んでいき、バシャとかかった。それ自体に全く攻撃力はなさそうだったが、次の瞬間、爆発音がして俺は耳を塞いだ。俺の体がアリソンから離れる。あたりが光に包まれ、盾が一気に半分の大きさに収縮するのが見える。


 光が収まると、レッドグリズリーの姿がはっきりと見えた。奴は体から煙を上げて固まっていたが、しばらくするとふらりとよろけて倒れ込んだ。


 アリソンの盾はまだそこにあったが、大きさは半分のままだった。


「……これ、私が倒したの?」アリソンが信じられないといった顔で言った。


 俺の心臓はまだバクバクいっていた。あんなでかい熊の魔物に襲われて生きていたのが信じられなかった。


 アリソンは優秀だ。アビリティも第二段階まで使えているし、それに属性を二つも付与できるなんて。きっと宿罪が少なくてアビリティがあんまり使えないというのは謙遜だったんだと思った。


「アリソン、守ってくれてありがとう。助かった」俺はまだ呆然としているアリソンに言った。「属性二つも使えたんだね。それにこんなに大きな盾まで……」


 俺がそこまで言うと、アリソンは大きく首を横に振った。


「違う! そんな人間はいない! 属性は最大一つまでしか持てないんだよ!? なのに、え? なんで!? なんで、水の属性が付いてるの? なんで、まだ盾が維持できてるの!? いつもは10秒も持たないのに!!」アリソンが信じられないと言った顔で言った。


 と、コルネリアが盾の姿のまま、興奮した声で言った。


「おい! おい、ニコラ! アリソンに触ってみろ!」


「え?」俺は首をかしげた。


「いいから!」


 俺はさっきと同じようにアリソンの背中に触れた。その瞬間、《雷撃盾》がぐんと巨大化してさっきの大きさに戻った。水の属性もそのままだ。


「すげえ! なんだコレ!!」コルネリアのはしゃぐような声が聞こえてくる。「力が有り余る感じがする!! ニコラから力が流れてくる感じがする!!」


 俺はアリソンから手を離した。コルネリアは雷の盾を消すと、人型に戻ってアリソンに言った。


「アリソン! ニコラはすごいぞ!! 一緒にいるだけでアビリティは使い放題だ!」



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