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第159話 バカ親父の書斎

 バカ親父の書斎は雑然としていた。


 新しく買ったのだろうか見たことのない巨大な机が書斎の中央に陣取っていて、まるで軍略会議でもするかのようにそこにレズリーからボルドリーまでの巨大な地図が広げられていて、至る所に×印がついている。


 相当な広範囲を片っ端から探している。


 俺みたいに《身体強化》をして無理矢理速度を底上げして走っている訳じゃなければ、レズリーからボルドリーまで馬車で三日はかかるはずだった。


 要するに、これだけ調べるには相当な時間を要したはずで、きっとあのバカ親父は寝食を忘れて――と言うよりすっ飛ばして活動し続けてるんだろうな。そう思うと一緒に連れているだろう部下とか使用人たち、あるいは(おそらく)雇っている冒険者たちが不憫に思われた。


 裏を返せばそれだけ探してもライリーは見つかっていないということだろう。うまく隠れているのか、逃げているのか、あるいはまったく別の場所にすでに移動しているのか定かではないけれど。



「ライリーは見つかりたくないのかもね。なんにせよ、あの人、俺への仕打ちからは考えられないくらい必死に探してるな」

「ええ。とは言え、あのあと――つまり、ニコラ様が廃嫡されたあと、ライリー様がうまく魔法を使えなくなると、旦那様は酷く不機嫌になられましたけれど。まるで見限られたかのように。一方で、失ったと知ったあとはこの有様ですが」

「……愚かだな」

「昔からそうなのです。旦那様は……なんというか……いらないと思ったものへの切り替えが早すぎます。それが散財にも繋がって、いまの伯爵家の財政を逼迫しているのですが」



 ミニマリストなんだね、とアルベドが呟いたが絶対違う。お前にはこの部屋の惨状が見えていないのか。



「俺の出生とかそこら辺の記録は、じゃあ、捨てられてるかもしれないな」

「いえ、それはないかと。ニコラ様との思い出ではなく、奥様との思い出ですから、捨てるという選択肢は旦那様にはないでしょう」

「そう。そりゃ安心だ」



 皮肉たっぷりに俺は言う。

 執事は特に反応することもなく、続けて、



「旦那様は奥様にご執心でした。それはご結婚なさる前からずっとです。奥様は……貴族でもありませんでしたし、それほど歴史のある家柄でもありませんでした。それでも、ご結婚なされたのは当時の旦那様が子爵から伯爵に陞爵したばかりであり、資産も地位も何もかもがうまくいっている状況だったからでしょう」

「いまじゃ考えられないんだけど。あの人かなり周りの目を気にするじゃん。だから俺のこと見限ったり、放置したりしたんじゃないの?」

「ええ。気にしますね。それは奥様との結婚後に気づいた不利益なのでしょう。貴族同士の結婚でなければ、周りから小言を言われる。なんというかいつも先見性がないのですね、旦那様は。目の前のことしか見ていない。そして失敗して初めて学びを得る」

「領主として最悪だが」

「私の苦労が予想できるでしょう」



 執事はそう言って苦笑した。


 よくそんな生き方でいままでやってこれたなと思ったけれど、やってこれてないから、こういうことになってるんだと思い直す。


 きっと俺の出生に関しても、そういう適当な行き当たりばったりで『七賢人』かその部下の甘言に騙されたんだろう。


 俺は深く溜息をつきつつ、



「聞きたいことってのはさ、俺が生まれる直前、母さんは薬か何かを使わなかったかってことなんだ? 俺を産むために」

「それは……いえ。そのような話は聞いていません。奥様は体調がよろしかったですし、そのような薬は必要なかったはずです。ライリー様の時はあまり体調はよろしくありませんでしたがそれでも、子供を作るという点においては問題なかったように思います」

「え?」



 それだと前提がそもそも崩れてしまう。


 執事には体調についてはまったく知らせずに、彼のいないところで手に入れて使ったとか?

 あれだけそばにいたのにそんなこと可能か?

 


「怪しい奴と伯爵に接触があったとかは?」

「それは最近――奥様が亡くなってから増えたことですね。ライリー様に新しいサーバントを買ったのも怪しい男からでしたし。ただ奥様の生前はそうでもありませんでしたよ」

「……じゃあ、教会の人間と接触しなかったか? 近くにあるような教会じゃなくてもっと大きな教会の人間と」

「それも……ない……いえ、ないのでしょうか?」



 そこで執事は腕を組んで考え込んだ。



「何か心当たりでも?」

「……一度、敷地内で不審なお客様を見たことがあるのです。不審と申しましても格好は至って普通の町娘と言った様子でしたが。お声がけすると決まり悪そうに苦笑をしてすぐに立ち去られましたが、しばらくするとまた同じ場所に……」

「それは普通に迷った客じゃないの?」

「私も最初そう思いましたが……この仕事をしていると一度来客されたお客様の顔は覚えるものなのですよ。不審なら特に。……それから数年後、その方を王都の大教会でお見かけしました。おそらくかなり位の高い方だったのでしょう」



『ルベドの子』を作り出せるほどの薬であればそのレベルの教会関係者だろう。ようやく足がかりが見えてきた。



「それで、その村娘風の教会関係者は伯爵と接触して何をしてたの?」



 執事は思い出すように眉間に皺を寄せて、



「いえ、そうではないのです。その不審なお客様がお待ちになっていた場所に現れたのは、奥様の方でした」

「母さん?」

「ええ。お客様と少しの間会話されたあと、何か手紙を受け取って、周りを気にするようにして屋敷に戻られました。お見かけしたのはその一度きりです」

「……何で母さんが教会の、それもお偉方と会ったりなんか」

「解りません」



 きっと昔の恋人だったんだよ、とアルベドが適当なことを言って、床に寝っ転がっている。


 ちょっと黙ってろ。


 手がかりは母さんの方にあって、追いかけるにはじゃあ、王都の大教会に行かなきゃならないってことか?

 

 執事を王都まで連れて行って、大教会の中から探してもらう――それは『七賢人』とその部下がどのくらいいるか解らない場所に足を踏み入れることを意味する。無駄に危険だ。



「アルベド。アイツじゃなくて母さんの方に手がかりがあるみたいだ。話を聞こうにも……母さんは……」

「ニッコラの母親ってこれ?」



 アルベドは寝っ転がっていて見つけたのか、書斎机の下から一枚の紙を取り出した。

 それは写真。

 魔道具を使って随分前に取られた色あせた写真で、幼い頃の俺とライリーも含めた家族全員が映っている。部屋を散らかす過程でいつの間にかそこに紛れ込んでしまっていたらしい。


 俺は懐かしさに小さく息を吐きつつ、頷いた。



「そう。それ。俺が七歳の時に死んじゃったけどね」

「生きてるよ」



 アルベドは「よっこいしょ」と身体を起こして言った。

 一瞬、彼女が何を言っているのか解らなくて呆然とする。

 

 いやいやいや。



「……何言ってんの?」

「だから、ニッコラの母親は生きてる。ようやく手がかりが見つかったよ。良かった良かった」



 アルベドは写真を俺に突き出して、母さんのところを指さして言った。



「これ、ルベドだよ」

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