第146話 燃え上がる
俺の身体にあった問題点とは、要するに、血管を通るアニミウムを使った魔力の伝導という、魔法使用の観点から言えばかなり無理矢理な状態だったということ。
とはいえ、魔力の流れは一方向ではあり、魔力中毒症を解消し、魔力を流す疑似器官として魔法を発現させるには十分であって、だから、俺はまったく気にすること無く、歪で、不格好な魔法を恥も知らず使い続けてきた。
恥を知れ、
と言うマヌエラの言葉はある意味ではごもっともで、俺は技術ではなく魔力量で、この訳のわからない身体を使い、訳のわからない魔法を繰り広げていたのだった。
何が魔法研究だ、何が魔法訓練だ、と今になって思う。
俺がやっていたのは魔法訓練でも研究でもなく半ば暴発であり、半ば暴走であり、医療の黎明期にあったような、叩いたら治った、血を抜いたら改善した、願って病魔を駆逐した、というような根拠薄弱なものでしかなかったのではないかと思う。
それでも一応俺には魔法を使う感覚というのが身についてしまっていて、とりあえずそれでできるからそれでやっているという感じ。
これでは精密さはおろか、形状の変更すら思うようにいかないのは自明である。
だってなんでその魔法がこの方法で使えてるかわっかんねえんだもん。
と言うことで、今まで積み上げてきた俺の魔法的感覚は、土台部分が根拠薄弱な、いわば砂上の楼閣に過ぎないものであった。
それが突然土台の改築工事が行われたものだから大変。
何が大変なのか。
まず一つ目、少ない魔力で魔法が使えるようになった。
これに関してはなってしまったというほうがより適切かもしれないのだけど、どうやら以前の俺の魔力の流れというのは血管に沿って起こっていたために、枝分かれや細分化、ぐねぐねとした蛇行を強要されていて、せっかくの魔力が大幅にロスしていたらしい。
それが今回の改築工事によって、一本化され、曲がることのないまっすぐな魔力の流れに様変わりしているようだった。俺の身体の中で何が起きているのか、アニミウムがどのような形になってしまっているのか、そして、俺の血管は大丈夫なのか、まったくわからない。
内出血して死ぬんじゃねえかとさえ思う。
そして二つ目、これが一番まずいんだけど、イメージした属性と違う魔法が出現するようになった。
それを踏まえて、
以下俺がマヌエラに促されて魔法を使った瞬間である。
「ぎゃああ! 水を出したつもりなのに! 何で火が出るんだ!」
大炎上。
空中にぼかんと現れた炎の球体は、今までで一番美しい球体ではあったけれど、それは形が美しいというだけで、本体は禍々しく、まるで地上に太陽が降ってきたかのように辺りを明るく照らし出し、熱く焼き焦がしていく。
あまりの熱さに俺は身体を冷やそうとして、そこでさらに過ちを犯した。
だって、水を出したら火が出るんだぞ。
俺が身体を冷やす方法と言ったら、水属性の魔法を使い氷を作り出す冷却魔法だ。
つまりそれが逆転する。
ボン、
と身体の周囲が燃え上がり、またもや走馬灯が見えたところで、俺の魔法が消滅した。
跡形もなく。
何が起きたのかまったくわからなかったが、身体が燃え上がったのは一瞬であったし、厳密には身体自身ではなく、身体の周りが燃え上がっていて、大事はなかった。
前髪は焦げた。
大事だ。
「まったく、最初から炎を出す奴なんての。おぬしはやっぱり馬鹿じゃの。それともなにか。圧殺されるのが嫌で焼身自殺を選んだのかの」
マヌエラが焼け焦げた地面を踏みしめて俺の元へと歩いてくる。彼女の服に焦げなど当然なく、髪だってさらさらと日の光に輝いている。
キカがやったように俺の魔法を消したのだろう、あのでかさの魔法をこんなに一瞬で跡形もなく消してしまう当たりが化け物的なエルフだと感じる。少なくともキカはふしゅっと音を立てて消していたので跡形もなくではなかった。今ほどの魔力量でもなかったし。
俺はしばらく呆然として焦げた前髪を見上げて、それから、ようやくマヌエラの方を見ると、
「水を出したつもりだったんだ…………です」
「ふむ、属性がごちゃついているようじゃの。敬語もごちゃついておるしの」
と言った瞬間マヌエラはノータイムで俺の胸に手をおき、例の改築工事を行った。
胸の中で心臓が爆発四散したような感触の原因は明らかに恋ではないが、俺はその場にプロポーズをするがごとく両膝をついて、そのままマヌエラの身体に寄りそうように倒れた。
気を失っていたのはわずかな時間らしく目を覚ましたのはマヌエラに身体を起こされている最中だった。
「胸が痛いです」
「恋患いじゃな」
「どちらかと言えば、俺は俺の扱いに胸が痛いです!」
俺が可愛そう!
「ほれ、治したんじゃからまた魔法を使ってみるといい。今度はうまくいくはずじゃ。ちゃんと魔力量を調整せんと死ぬから注意するんじゃぞ」
「それを先に言ってほしかったです」
また走馬灯見ちゃったんだから。
何回死の淵をさまよえばいいんだ。