第145話 これ以上俺のどこを痛めつけるつもりですか!
とは言ったものの、やはり気を失う直前の記憶がどうも曖昧模糊としていて判然としていないのだけれど、確か俺は川で目を覚ました後にアリソンと一緒に片田舎で農場を経営していたのではなかったか。
ローザと一緒だったかもしれない。
ヴィネットでは、ないな。
ジェナでもないし。
と言うより相手が誰なのかわかっていない時点でこれがねつ造の記憶ではないかという思考に至り、誰にねつ造されたのかと推理しはじめたあたりで全てを思い出した。
で、悲鳴をあげた。
逃走に失敗した脱走兵よろしく、俺は鞭打ちなどの何らかの刑に処されるのだろうと思いつつ、敵前逃亡ではないから刑は軽いはずだと思いつつ、そもそも俺は騎士ではないし、脱走兵じゃなくね、と考えたあたりでバタンとドアが開く音が聞こえ、さらに悲鳴をあげる。
ちなみに俺が寝ていたのは清潔なベッドで、宿にしては調度品が豪勢だった。
もしかしたらまたドラゴンの卵を孵したときのようにあの悪魔ことマヌエラがいい部屋をとったのかと思ったけれどそうでもないらしい。
「ひい!」
と俺のさらなる悲鳴に呼応するように怯えた様子でやってきたのはメイドで、と言うことはここは何らかの貴族や金持ちの住む場所らしいと言うところまで考えた。
で、諦めて聞くことにした。
「あ、すいません、ここどこです?」
メイドがおどおどしながら話したところによると、どうやら俺が運ばれてきたのは近くの街の名士宅らしく、多分俺が逃げ込もうとした街だろうなと推察する。
と、そこに、メイドと入れ替わるようにして、
「おおニコラ、目を覚ましたかの」
悪魔がやってきて俺は身体を萎縮させた。
「これ以上俺のどこを痛めつけるつもりですか!」
「ん? すでに終わったが? 腕も足も胸も腹も至る所を触らせてもらったわ」
「なんかいやらしいんですけど」
「おぬしの身体はもう妾なしではいられないのじゃ」
「俺の身体に何をしたんです!」
「ま、冗談はともかく、おぬしの身体はすでに先ほどとはまったく別物になったといっても過言ではないのじゃな。妾が魔力の流れを矯正したからの」
あの爆発みたいな矯正か。
俺の身体、どうなってしまったんだろう。
「矯正と言ってもの、おぬしの場合は血管にアニミウムがあるが故に魔力が流れておるじゃろ? じゃからそのアニミウムの流れを変えたというのが正しいわな」
「……そんなこと、できるんですか?」
「できる。妾の人体改造にできぬことは無い」
「人体改造!? 何ですかその恐ろしい単語は!」
「夜な夜な外を出歩くからこうなるんじゃ」
「出歩いてません! そもそも人体改造はあなたがやったんでしょうが!」
まるで俺のせいみたいに言いやがって。
「ま、人体改造などしたことはないがの。魔力が流れておるなら、その流れを見極めてうまく矯正することなど妾にはわけないのじゃ」
それがエルフと人間の差なのだろうか。
ローザは俺の身体の魔力が見えると言うが、マヌエラはそれを変形できる。
圧倒的な差がそこにある。
俺とローザの差も相当だけど。
「ニコラ、元々のおぬしの魔力の流れはの、アニミウムを無理矢理流してできたひどく歪なものじゃったんじゃな。そりゃできる魔法も歪になるはずじゃ。例えて言うならの、右を命令すると左に動き、すすめと言うと後退するような馬に引っ張らせた馬車に乗っていたようなものじゃな。しかも、その上、車軸が曲がっているというおまけ付きじゃ」
そんなにひどかったのか。
俺よく魔法使えてたな!
「血管の形に魔力が流れておったからの。それは結局、『魔力が循環して魔法を使える』というだけで魔法を使うのに適していたわけではないのじゃな。エルフやハーフエルフ、それから獣人たちの身体には魔力を流す器官があるわけじゃが、それは血管とは別にあるからの。同じにしてはいかんと言うのが明らかなのじゃ」
「まあ、確かにそうですね……」
「と言うことでおぬしが今まで使っていた魔法というのは結局のところ魔力量があったからこそ成り立っていたというだけなのじゃな。魔力量馬鹿じゃ。恥を知れ」
「何で最後に罵倒したんですか!」
「間違いじゃ、肝に銘じておくようにと言いたかったんじゃ」
ほんとかよ。
「ええと、ってことはじゃあ俺の体内の魔力は今うまく循環してるんですね」
「そうじゃな。ま、もう一度街の外で訓練じゃな。殺し損ねたからの、圧殺してやるわ」
「やっぱり俺のこと嫌いでしょ!」
まさか俺の身体をいじくってる間に死んでしまえとか思っていたんじゃないだろうな。
「冗談じゃと何度言ったらわかるのじゃ。おぬしは一生モテないじゃろうな」
こんなことで一生と言われてしまった。
はあぁ。
とにかく魔法練習だな。本当にうまく魔法を使えるようになっているんだろうか。
マヌエラに連れられて先ほどと同じ場所に来る。
……先ほどと?
「あの、俺ってどのくらい眠ってたんです?」
「十五年じゃ」
「俺三十代になってるの!?」
「嘘じゃ。三日じゃ」
「三日……」
それも結構寝過ぎな気がするけど。
相当な改造だったんだなと実感する。
改造じゃないけど。
「さてニコラ、まあまずは普通に魔法を使うとよいのじゃ。圧殺は後じゃ」
殺すという字を消してほしい!
さてさて、こうして新しい魔法、ないし、新しい属性を手に入れた時の俺の恒例行事に「やり過ぎ」と言うのがあって、水浸し、火だるま、窒息、などなどかなりまずいことを俺はやってきた。
今度はそうはならない。
ならないはずだ!
結論から言おう。
なった。