第140話 最終章プロローグ
ゴロゴロと進む馬車はローザの家のもので、つまり、ボルドリーから出発しCランクの森を経て進むこの道中は俺にとってひどく懐かしいものではあったのだけれど、同時に、俺の中にはモヤモヤとした感情が渦巻いていた。
どうして俺はこんなことをしているのか。
ノルデアでの崩壊と墜落を阻止した一件からすでに数ヶ月が経過して季節は冬から春に移行しようとしていたけれど俺の心の春はいつまでも来そうにない。
『箱』が、各所で見つかって、俺は結構バタバタした冬を過ごしていたし、七賢人の動きが徐々に活発化してきたような情報もちらほらと入ってきていた。
まったくおとなしくしておけよ。
毎日毎日憂鬱で仕方がない。
この移動も、憂鬱だ。
「へえ、ニッコラもそんなことを考えるんだねえ。ま、事ここに至ってはなにを考えていようと、どれだけ嫌だろうとやらざるを得ないことではあるんだけどね」
と、俺の目の前に座る真っ白なサーバントが言った。
サーバント、と言うより、ホムンクルスか。
俺のことをニッコラなどと言うふざけた名前で呼ぶ彼女は、自らを『始まりのサーバント』、アルベドなどと呼ぶ。
彼女と出会ったのはついこの間のことなのにこれほどまでになれなれしい。
憂鬱の原因の一端どころか半分くらいをコイツが担っているのは、アルベド自身解っているはずなのに暢気に彼女は鼻歌を歌っている。
目的地に向かう馬車の中で鬱々とした気分を転がす俺はそれをなんとか処理しようとして、
「アルベド。お前どうして付いてきた? ボルドリーで待ってればよかっただろ」
「ニッコラったらまったく、どうしてウチを置いていこうとするかな。これほどまでに重要で重大な任務を背負ったウチがもしもグリーンウルフに跳ねられて死んでしまったらそれはニッコラのせいになるんだよ」
「グリーンウルフどころかレッドグリズリーに跳ねられてもお前は死なねえだろうが」
「ええ、ひどーい。まったくさ。少しは乙女のか弱さをさ、評価してくれてもいいと思わない?」
「お前のやり口はな、あるサーバントを思い出すんだよ。白くて傲慢で、自分のミスをひとのせいにするところまでそっくりだ」
「白いののなにが悪いの! 輝く白さ! ウチはこの白さに誇りを持ってるんだよ。きっとその子ともウチは友達になれるんじゃないかな!? ねえ紹介してよその白い子をさ!」
絶対友達になんかなれないだろ。傲慢と傲慢だぞ。大げんかして終わりだ。
「あいつはもう死んだんだよ。亡骸はまだ俺のマジックバッグに入ってる」
「よみがえらせるよ! なんたってウチは『祝福』ができるんだからね!」
エッヘンとない胸を張るアルベド。
「絶対に止めろ! マジで止めろよ! 俺にとってはトラウマ以外の何ものでもないんだから!」
貴族として病弱ながらもわずかに命をつないで生きていたはずの毎日を、明らかに個人的な理由で破壊し、俺の体にアニミウムを注射して、川に流した張本人こそ、俺のマジックバッグに入っている亡骸にして、白いサーバント、カタリナである。
俺を一度見捨てたどころか川に捨てたくせに何度も追いすがって、結局ライリー/ゾーイのホムンクルスによって処理されてしまった哀れな彼女。
もしもあいつがもっとマシなら、今の俺は存在せず、貴族として何も知らずのほほんと暮らしていてだろうなと思う。
いやそれも希望的、と言うか夢物語的な《《たられば》》だ。
「カタリナが問題を起こさなくても、きっと、俺はいつか見限られてただろうな、と今なら思うよ」
アルベドにつらつらと俺の生い立ちを話しつつ、カタリナについて話した後、俺は付け加えるようにそう言った。
「そうなのかな? ま、聞く限りにおいて、カタリナちゃんとやらだけではなくて、ニッコラの父親もいろいろとヤバい人みたいだからそうなのかもしれないね。魔力のことだけじゃなくてさ体裁みたいなところでずいぶん人の目を気にする人みたいだからさ」
俺の話からそこまで読み取るのか。
「だから、きっと、『箱』に手を出したんでしょう? ま、手を出したと言うより誰かの甘言に惑わされて手をつけただけだろうけどさ、その因子はあったわけだ」
「そう、なのか?」
「だってさ、体裁を気にする貴族でしょ? ってことは子供ができない=跡継ぎができない状況ってのはかなりの焦燥に駆られるんじゃないかな。長子相続のこの国で子供が一人も生まれない、となると、レズリーという土地は誰かどこか遠い親戚に奪われてしまうことになるんでしょ? 代々続いてきたレズリー伯爵家がどこの馬の骨とも解らない人間に穢されるかもしれないなんてさ、体裁を気にする貴族なら業腹じゃない?」
「そうかもしれない。だから子供が生まれる薬と言われたそれを使った」
ノルデアの下にある街で、『ルベドの子供たち』を身ごもっていた夫婦と同じように。
アルベドは頷いて、溜息をついた。
俺はそこでようやく自分の中にあった思考に納得がいった。
「そう思えば、だからきっと、最初からなんだろうな。最初から俺には愛がなかった、んだろ。だから、カタリナがいなくても俺は見限られてたと思うんだ」
魔力中毒症がなくても。
俺を愛してくれていたのは、家族では、母さんだけ。
鬱々とした気分を解消するために話していたのに、ますます鬱々としてしまった。
「カビが生えてきそうだよね。もしくはキノコがさ。ジメジメってして呼吸が苦しいよ」
「正反対の気候だと思うけどな」
「雰囲気の話だよ」
馬車がゴロゴロと進み、その建物が見えてくる。
見慣れた風景。
懐かしくもあり、
胃が痛くもなる。
その屋敷は、俺の生まれ育ったまさにその場所。
俺は父親に、全ての元凶に会いに来た。
次回更新は土曜日です。