第137話 眠りにつく
今までにないほどの大きな揺れ、ガラガラと瓦礫が落ちてきて、俺はとっさにアリソンとテディの方へ向かい、頭上に力の壁を作り上げた。
アリソンも加勢しようとしているが、しかし、顔は青白く、まともに動けるとは思えない。
高らかにウィルフリッドの笑う声が聞こえる。
「この島を落とせば、私は、認めてもらえるのです! 私を認めないこの島などもういらない! 王とともに沈んでしまえばいいのです! 私は、七賢人としてホムンクルスを得て莫大な魔力を得て敬われるでしょう!!」
ウィルフリッドの喜びを表すかのように、足元をうねうねと箱から伸びる根が動いている。のたくり、地面を叩き、穿ち、埋もれるそれは散々地面を、この島を――ノルデアを痛めつけている。
だから、仕返しをくう。
突然、ウィルフリッドの足元が大きく崩れ、陥没した。
俺は頭上に力の壁を作りながらも背後の瓦礫も魔法でどけて後退る。テディがアリソンに肩を貸し、引っ張ってくる。陥没は俺たちギリギリまで達していて背筋が凍った。
対して、ウィルフリッドはそれどころではない。奴の手はすでに箱から離れ、その目が驚愕と恐怖に見開く。
「うわあああああああああ! サード様! お助けください! サード様!!」
サードは、現れなかった。
ウィルフリッドの身体は陥没した穴に落ちていき、その声が小さく消えていく。
あまりにもあっけない最期だったが、問題はまだ解決していない。
「まだ崩れ続けている!」
テディが叫んだ。
ウィルフリッドの最期の命令は箱から手を離した後も続いている。いや、もう動いていないかもしれないが、さきほどのが刺激になったのだろう、島は自分から崩れていく。
完全に崩れ落ちた地面から光が注ぎ込み、魔石の光を頼りにしていたこの空間が一気に明るくなって、遙か下にある海が見える。
ゆっくりとではあるが、確実に、落ちている。
「ニコラ殿!」
トモアキが穴の向こう側、魔石と箱の近くに出現して叫んだ。体中が傷ついているが、致命傷ではないらしい。
「サードは!?」
「逃げられた! 申し訳ない! 今は魔石の方が重要だ! 箱は止まっているが、魔石が機能していない! 魔力が足りないのだ! ニコラ殿、こちらにきて魔力を流してほしい!」
俺は頭上に降り積もった瓦礫の山を地面にあいた穴の中に落とすと、アリソンをみた。
「魔力を流すことはできそうか?」
「魔法は使えないけど、それくらいなら」
俺は頷くと、分厚い氷の地面を作り上げて、力の壁で覆い、補強した。テディにアリソンを連れてきてもらい、魔石に近づく。
「全力で魔力を流し込むんだ。いいな」
トモアキの言葉に俺たちは頷く。
魔石に触れて、魔力を流す。
アリソンの顔色が徐々によくなっていくのが見えた。
同時に魔石が、まるで溶け出した氷の時間を巻き戻しているかのようにみるみる大きくなっていくがまだ耳にうるさい崩壊の音が鳴り響き、落下は進む。
「ぐっ」
トモアキが離脱する。アデプトで魔力を消費しすぎたのだろう。
俺もギリギリだ。
魔力切れを起こし始めた頃、ようやく崩壊の音が止み、落下が止まった。
荒く呼吸を繰り返し、俺はその場にへたり込む。アリソンも同じように座ったが、魔力中毒症の症状は改善されている。魔力切れは起こしているようだけれど。
俺は箱を見上げた。未だに根をのばしてノルデア中に張っているこれを破壊しなければならない。
……破壊してしまっていいのだろうか?
「今この箱を破壊してしまえば、ノルデアは崩壊してしまうだろう」
トモアキが俺の視線を追って言い、アリソンが頷いた。
「ケイトの家、根っこがなくなったところにものすごく大きな穴が開いてた。今、箱が壊れちゃうと、ノルデアは穴だらけになっちゃう」
「じゃあ、どうしたら……」
俺が呟くと、トモアキはふっと息を吐き出して、
「破壊せずに、機能だけ奪う。二度と誰も起動できないように、念入りに眠りにつかせるしかあるまい。危険ではあるが、この島が崩れるよりはずっといい」
俺とアリソン、テディが頷くと、トモアキは箱に手を伸ばして、念じた。
黒かった箱が徐々に色を変えて灰色になり、まるで燃え尽きた炭のように、役目を果たした後のように、眠りについた。
「ニコラ殿とアリソン殿も、もう一度《眠りにつけ》と命じてほしい。二重三重に命じた方が効果がある」
俺とアリソンは指示に従った。最終的に箱は灰色よりも白の方が近くなり、中を這い回るように動いていた光も消えてしまった。
トモアキは頷くと、頭上を見上げた。
「これで充分だが、後はここからどうやって出るかだな」
すでに被害は甚大で、らせん階段は崩れ落ち、ここへ入るための入り口は塞がってしまっている。
当然魔力切れを起こしている今登ることなどできないし、跳ぶこともできない。
完全に閉じ込められてしまっている。
そんな中、テディは、
「ああ、それなら大丈夫だ」
そう言って笑みを浮かべて、パタパタとどこかから跳んできた魔物を腕にとめ、頭を撫でた。鳥とコウモリを混ぜたような魔物で、俺は名前を知らない。俺は首を傾げて、
「それに乗るのか?」
「んなわけないだろ。彼女を呼んだんだよ」
「彼女って……ああ」
アリソンは笑った。
『まったく大変なことになったものよね。ああ、ニコラ久しぶり、元気だった?』
魔石の下にあいた大きな穴からグリフォンがバタバタとやってきて着地、開口一番そう言った。
『それにしても寝てたらぐらぐら揺れて、何事って思ったところにこの子がやってきてピイピイうるさいのなんのって』
テディの肩に乗った魔物を睨んで文句を言う。
というか彼女の存在を俺は完全に忘れていた。まだここにいたのか。そして、この大変なときにぐうすか寝てたのかこいつ。
「ビー。ここから出してほしいの。私たち魔力切れで」
「ビー? ビーって名前なのか。知らなかった」
俺が驚いていると、グリフォンことビーは、
『ええ、そうよ。それで……ま、ここから出せないことはないけれどね、一人ずつよ、一人ずつ。ルフとか連れてきた方がいいんじゃないかしら。そいつらも運ばないといけないんでしょ?』
ビーが見た先には倒れこんだウィルフリッドの部下たちがいた。気を失ってはいるものの、運がいいのか――それとも悪いのか――これだけ地面が崩れているのにもかかわらず、誰も落下していない。落ちたのはウィルフリッドだけだ。
「じゃあそうして、あなたならルフを連れてこれるでしょう?」
『無理を言えばね。はー、だらだら怠けていたのに突然こんなにお仕事しなくちゃいけないなんて』
そんなことをいいながら、怠惰なグリフォンことビーは飛び立っていった。
次回更新は土曜日です。
新作『竜源刀・七切姫の覚醒』を投稿しましたのでよろしくお願いします。