第135話 決戦
サードがウィルフリッドの方を見ると、ウィルフリッドは恐れを成したように頭を下げて視線を合わせないようにする。まるで視線を合わせれば目が焼けただれてしまうとでも言うように。
「貴様やることはわかっているな」
「はい、サード様」
言って、恭しく礼をしたのを見ると、サードはトモアキに向き直り、
「ではさらばだ、同胞」
ふっと、サードの姿が消えるのと、トモアキが叫ぶのが同時。トモアキは半身でヒメツルを構え、呟いた。
「アデプト」
セブンスがやっていたそれを俺は思い出す。身体が変化して、身体能力も魔法も桁違いに強化されるそれをトモアキはすでに手にしていた。
トモアキの身体が変化するより早く、彼はふっと姿を消す。
頭上で土煙と何かが壁にぶつかる音が次々に聞こえてきて俺たちは見上げたけれど何も見えない。彼らは相手が見えているのだろうか。
見えているのだろう。アデプトと、ホムンクルスの戦いだ。
俺たちの次元は優に超えている。
アリソンは視線を箱に戻すと、言った。
「ウィルフリッド」
「体調は戻ったようですね。あなたはなにか、そう、そのまま死んでしまいそうなほど青白い顔をしていたはずですが。サード様の見立てではあなたは『ルベドの子供たち』とやららしいではありませんか。生まれながら膨大な魔力を持つ、人とサーバント――いえ、人と箱との狭間にある存在。妬ましいですね。非常に妬ましい」
ウィルフリッドは下唇を噛んで、
「私も、そうであればよかったのに!」
「それはお前の、この身体を体験してこなかった人間の考えだろ」
俺はじっとウィルフリッドをみて、言った。俺の中には怒りも軽蔑もなかった。
ただ、淡々と事実を述べるように、告げる。
「俺は魔力中毒症だったし、アリソンは逆に魔力を抑え込まれてまったく発動できなかった。術を持って扱えるような『ルベドの子供たち』はある意味では幸運だ。それ以外は、多くは俺たちみたいに不幸だと思う」
「あなたが私を魔力がないからと軽蔑したのが何よりの証拠でしょ」
アリソンはふっと息を吐き出す。
「それでも……それでも私は……」
ウィルフリッドは俺たちを睨むと、ばっと箱に手をのばした。
地面が揺れるかと思ったがそうではなく、代わりに動いたのは箱から伸びる根。俺たちを先に始末することに決めたようだった。
「私はここで、責務を全うします。そうすれば七賢人は私を上位のホムンクルスにしてくださる!」
「バカなこと言わないで! 止めなさい、ウィルフリッド!」
アリソンは叫んで、コルネリアを構えた。
ウィルフリッドは箱から伸びる根を動かして、攻撃を開始する。ウィルフリッドの部下たちが俺たちを押さえ込もうと魔法を次々に放ってきたのをアリソンは盾で押さえ込んだ。
と、今まで指示を出していたのだろう、テディが近づいてきて、
「後ろは俺と魔物たちがなんとかする。アリソンとニコラはウィルフリッドを止めろ」
言って、テディは数歩後ろに下がった。
ウィルフリッドの動かす根が視界の中を縦横無尽にうごめき向こう側がよく見えないけれど、いつの間に降りてきたのか、魔物たちはその間をするすると通り抜けてウィルフリッドの足元を駆け抜け、部下たちを強襲する。
次々に悲鳴が上がり、閃光、爆発、そろそろと仕事を終えた魔物たちが戻ってくる。まるで定時帰宅するみたいに何事もなかったかのように、戻ってきた魔物たちはテディの周りにまとわりついて、餌をねだっている。
「ルナまで! もう!」
働いていないのに飯を食おうとするルナ。
猿の魔物に押しのけられてくうんくうんと言ってアリソンのところに戻ってきた。
ウィルフリッドの操る根は密集していて、アリソンが作り出した雷の盾を時折叩いている。あの箱をどうにかするにはこの根を超えなければならない。
「ニコラ、あれ使ったら?」
今まで黙っていたジェナが俺の鎧の下から言う。
「あれって?」
「影分身の術。魔力が届く範囲であれば姿を現せる。つまり……」
そういうことか。
次回更新は土曜日です。