第134話 ケイ――サード
俺が呟いた名に、男は少し反応して眉を動かして、
「ほう、その名前を知っておるか。いや、我はすでにその名を捨てた。我を最後にそう呼んだのは同胞……それも同じ『箱』から生まれた我が半身からであったな。我は今、そう、『サード』と呼ばれておる。この国では三番目という意味であるらしい」
ケイ、こと、サードは完全に間合いに――俺を一瞬で殺せる間合いに入っていたにもかかわらず、すっと歩いて離れ、俺の目の前までゆっくりと移動しながら、
「して、貴様は何者だ? いや当てて見せよう。ふむ。複数の属性を使える人間には心当たりがある。セブンスが死んだのと関係しているな? ニコラ。先ほどそこの女が言っていたその名前に心当たりがあったのだ。ふむ。貴様がセブンスを、ね」
「敵討ちをするか? 俺は『七賢人』の一人を倒したんだ。恨みがあるんじゃないのか?」
俺はアリソンとテディに注意が向かないように、襲われても自分だけで済むように軽い挑発をする。
しかし、サードはそれを聞くと、
「なに、敵討ち? そんなものするわけがないだろう。セブンスと呼ばれたあの女は弱かったから倒されたのだ。ただ、それだけだ。生きることに対する執着が弱かったとも言える。我なら、貴様が害をなすと知れば、貴様が行動を起こす前に殺していただろう」
表情が変わらない。本当にただそれだけのこと、些事でしかないとでも言うように殺すという言葉を使う。
「じゃあ、どうして今俺を殺さなかった?」
「皆まで言わねばわからぬか? 単純なこと。貴様など、取るに足らぬ。我の歩く道に放られ転がった礫にすらならぬ。我とセブンスでは、そもそもの格が違うのだ。我がセブンスほどの力量であれば貴様を殺していただろうという話だ。我の力量であれば、貴様は放っておいても問題はない。必要になれば掃いて捨て、吹いて飛ばせる。それだけだ」
言った、瞬間、
サードは腰から刀を逆手で抜き、何もない場所に向けて構えた。視線すらそちらに向けず、本当にただそういうポーズをしたかっただけのように、ただ構えただけのように見える。
しかし、
高い金属音、そして、呼吸の音。
トモアキがヒメツルを刀の形に変え、首めがけて振ったその一撃をサードはいとも簡単に、片腕のみで防いでいた。
「これは驚いた。我が同胞。ここで相まみえるとは思いもよらなかった。最近どうだ。ヒメツルは息災か。たまに話を聞く程度ではあるが時折貴様の話を耳にしていたぞ」
驚いたと言いながらまったく表情を変えず、サードは道ばたで思いがけなくであった旧友にでも接するように話す。剣を向けられているとは思えない。
トモアキは両手で柄を握り、顔が紅潮するほど、腕が震えるほど力を入れているのに、サードの片手で掴んだ剣はびくともせず、むしろじりじりと押し返されている。それでもトモアキはサードを睨み、
「サード、お前をここで殺す。拙者にはそうしなければならない責務がある。家族を皆殺しにしたお前を、許すわけには行かない」
「我だって家族であろう? たった一人の、それも、生まれてこの方たった一人の同胞であるはずだ。我が殺したのは家族ではない。そのまがい物に過ぎないのだよ」
サードは言って、ほんのわずかに剣を握る手に力を込めた。
と、ぐん、とトモアキは身体を飛ばされて、自分から後ろに逃げたかったように数歩後退る。
サードは追撃することもなく、逆手に持ったままの刀を降ろして、
「我が同胞よ。我は今忙しい。貴様に構っている暇などないのだ。ここでの目的は達成した。複製は完了し、すでにこの場所に用はない。後は地上に戻らなければならぬ」
サードは懐から何かを取り出した。
それは、『箱』だった。
「一つの箱からさらに新しい箱が生まれる。我々はそうしていくつもの箱を作り出しては来たが、しかし、この土地はもう使い物にならない。地上に沈んでもらう。そして新たにそこで根を張るのだ」
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