第132話 再会
「ニコラ? ……ニコラか!?」
アリソンの向かいの牢。その奥に鎖でがんじがらめにされた盾が置かれていた。忘れもしないその形。
「コルネリア!」
「どうしてこんなところに! いや、そんなことはいい。よく来てくれたよほんとに! こっから出してくれ! ルナもアリソンもこのままじゃヤバいことになる!」
ルナって誰だと思っていると、テディがこちらの牢に近づいてきて、コルネリアがいるのとは逆の部屋の隅をじっと見た。そこにいたのは鎖につながれた犬の魔物だったけれど、背中から翼が生えていて見たことのない種族だった。
テディは二つの牢を見比べて、
「離れすぎてる。これじゃあテイムしてても魔力がつながらない」
「そうなんだよ。ずっと苦しそうなんだ。早くアリソンとルナを近づけてやってくれ」
コルネリアが懇願するようにいう。
「任せろ」
言ったトモアキが二つの鍵をヒメツルを使って一刀両断する、のかと思ったら懐から何やら小さい金具のようなものを取り出して、ちまちまと動かして錠前を開いた。小気味いい音がしてはずれた錠前が地面に落ちると、テディは一目散にアリソンの方へと向かう。
あれ、テディって魔物をテイムして世話していたんじゃなかったか。ならルナなるこの魔物の方が心配なんじゃないかと思ったんだけどな。
俺は首を傾げながらもコルネリアとルナのところへ向かい、同じく錠前のついた鎖をトモアキに外してもらう。コルネリアは人型に顕現すると伸びをして、俺のことをみると、
「はーああ。こういうところがダメなんだよなニコラはよお」
「なんだそりゃ。救った奴に言う言葉かよ」
「こういうときはさ、テディみたく真っ先にアリソンに向かうのが正解なんだよ」
俺の隣でジェナがうんうんと頷いている。
「いや、だってテディがこの魔物を連れてかないなら俺が連れてくしかないだろ。近づけないとダメなんだろ?」
「まあ、うんそうなんだけどな。まあいいや。ほら連れてってやってくれ」
コルネリアの曖昧な返事にまたもや首を傾げつつ、俺はアリソンのところにルナを連れて行く。ルナは魔力がつながったためだろうか一瞬安堵したように息を吐いたが、すぐに驚かされたように身を固めた。それはアリソンにちかづいたコルネリアもそうだった。
「なんだ? どうした」
魔物のことに詳しいだろうテディと状況を知るはずのコルネリアを順繰りに見て俺は尋ねたが、そこで答えを発したのは意外にもトモアキだった。
「魔力中毒症だ」
コルネリアが大きく首を横に振って反論する。
「そんなことあり得ないだろ。アリソンはほとんど魔力がなかったんだ。今までだってそれで苦労してきたんだぞ?」
「ああ、そうだろうな。そういう例は枚挙に暇がない。……ニコラ殿ならどうして彼女に魔力がなかったのかわかるだろう?」
いきなり振られてもわかるわけがない。と思ったけれど、逆に言えばいままでトモアキに教わったことがヒントになっている。俺は一つの可能性に思い至る。
「……母親のお腹の中にいたときに魔力を封じられたと言いたいんですよね。トモアキさんが以前俺の目の前でやったように。腹の中で箱に入っていた子供。アリソンは俺と同じ『ルベドの子供たち』だったと言いたいんですよね? でもどうしてそうだとわかるんです? もしかしたら何かの拍子に今まで発現しなかった魔力が溢れただけで『ルベドの子供たち』じゃないかもしれないじゃないですか」
「いや。彼女はそうだよ。ニコラ殿は彼女に初めて触れたとき、なにかつながる物を感じたんじゃないのか? 運命的と言うには薄く、ただの他人と言うには強い関係性を感じたんじゃないのか」
「それは、そうですけど、でもアリソンは大事な仲間だからで……」
「それに最初に触れた時って、かなりピンチな状況じゃなかったか?」
コルネリアが補足してくれる。
「レッドグリズリーに襲われて死にそうになったときだろ。そのとき初めてニコラはアリソンに触れて、魔力を流したんだ。それからも魔力を流すときくらいにしかふれあってないからな」
「それじゃあわからなくて当然か。ニコラ殿と拙者が触れたときには魔力とは違う奇妙な繋がりを、『箱』との間にあったような繋がりを感じたはずだ。『箱』の存在を知らなかったニコラ殿たちがその繋がりの理由を知るよしもなかっただろうが」
トモアキは言ってアリソンの額に触れる。アリソンは身じろぎをして呻いている。
「あきらかに繋がりがある。そうとわかれば魔力を抑える方法を拙者が彼女に教えよう。少し時間をくれ」
トモアキは心配そうにしているテディの隣に座りこむと、アリソンの手を取って目をつぶった。
コルネリアは話についてこれていない。そりゃそうだ、『ルベドの子供たち』についてすら知らないんだから。俺がある程度説明してやると、彼女は、
「『箱』っていえばウィルフリッドの奴がこの先の地下にある人工魔石にくっつけてたアレがそうか。ものすごい根を張って、この地下だけじゃなくて、外の郭の地下にまで侵入して偉いことになってるぞ。真っ黒な根っこがうようよしてる」
「それが島が崩れてる原因だろ。島の下から俺も崩れるところ見たよ」
「アレを使ってホムンクルスとやらを作ってるんだな。私も人を食うサーバントについては本で知ってんだ。まさかすぐそばで作られてるとは思いもよらなかったけどな」
「誰が関わってるんだ? ウィルフリッドとか言う奴か?」
「そうだな。それと私たちがここに閉じ込められたあと、何度かここを通った奴がいたな。ええと、暗くてよく見えなかったけどなあ、そう、今アリソンのそばにいる奴みたいな格好をしていた」
俺は眉間に皺を寄せた。
「トモアキさんと同じような格好ってことか?」
「そうだ。ウィルフリッドの奴へこへこしてたよ。なんだっけ、さっき言ってた、『七賢人』とかいってた気がする。七って数字には聞き覚えがある」
ここにいる。
ケイ。
トモアキの双子の兄。
生きることに意地汚いと自分でも言ってしまうほどの家、力も権力もあるその家の人間をたった一人で、それも一晩で次々に惨殺し七賢人になった男。俺はその話を聞いてからそんな奴とは顔も合わせたくないと思っていた。そんな奴とは戦いたくない。
なのに、ここにいるのか。
アリソンはそれからすぐに目を覚ました。もちろんそれを俺が知ったのはテディがひどく喜ぶ声を聞いたからだけど、あろうことか彼は、アリソンをキツく抱きしめていた。
なんか、少し、もやってするな。
コルネリアがテディの頭を思い切り叩く。
「離れろ、馬鹿たれ!」
結構マジで叩いたらしく、テディの肩に乗っていた魔物が攻撃を食らったと勘違いして(いや食らったのだけど)、コルネリアに反撃しようとするのをなんとかテディは抑えながら、
「いや、あの、悪かったアリソン。だいぶ気が動転してたからな」
「私は大丈夫だけど……って、ニコラ!? 何でここにいるの!?」
俺は今までのことを思い出しつつ、
「色々あってノルデアの近くに来て、崩れてるのとかその原因とかを知って、アリソンに伝えなきゃと思って来た。それより、体調は? 魔力はどうなったの?」
俺はアリソンに、と言うよりトモアキに尋ねた。
「ある程度は抑えられただろうが、急場しのぎの物でしかない。本当はもっと訓練が必要なんだがな。今は症状を抑えているだけで、魔法を使えばすぐに魔力中毒症がぶり返してしまうだろう」
トモアキがアリソンに『ルベドの子供たち』について説明していると、ぐらりと地が揺れるのを感じた。
「またあの根っこが動いてるんだ」
アリソンが言うのと、同時にトモアキが立ち上がる。
「積もる話もあるだろうが先に進もう。アリソン殿は……ここに残っていた方がいいかもしれない」
「いえ。私もついて行きます。自分で始めたことです。それに魔力中毒症になっても、コルネリアを通して誰かに魔力を送ることはできるでしょう? 今までのニコラみたいに」
トモアキは少し考え込んでいたが、頷いて歩き出す。テディの補助を断り、アリソンは自分の足で立ち上がると、俺の腕からルナを受け取って鼻をくっつけた。
「行こうか。その間に聞きたいこととか話したいことが山ほどあるけど、でも今は一つだけ」
アリソンは言って微笑んだ。
「また会えてうれしい、ニコラ」
「俺もだよ」
次回更新は土曜日です。