第131話 俺の魔法はいつも通り大雑把
廊下の隅にいた騎士の前を素通りし、途中にいた騎士の隣もすり抜けて、扉に近づいていく。俺は一瞬だけ背後を振り向いて、《幻影》を使った。
ずいぶん前にコルネリアとした会話を思い出す。元々道具じゃない俺は魔法を使うとき剣や盾なんかの形をうまく作れない。訓練すればいけるんだろうが、なんとなく今の今まで使えるならいいやの精神で形を作ってこなかった。
で、そのときコルネリアが言っていたのは、元の道具の形を作って魔法を使っていると言うこと。
そして、俺なら人型の魔法を使えるんじゃないかってこと。
まさしく《幻影》とはそういう魔法だった。
自分自身と寸分違わない存在を光魔法で出現させ、ある種、身代わりと呼べる存在を作る。卑怯というのはそういうことで、相手をだまし、そこにいると見せかけて背後から攻撃をする。効果的なのは確かだ。
トモアキはこれを「影分身の術」と呼んだ。
騙すという一点においてはこれ以上の方法はない。この場においては素晴らしい成果を発揮するだろう。
ジェナから受け取った光の魔力を人型の、俺にそっくりな形に成形する。
頭、首、肩、両腕、胴体、腰、両足。
自分の体をイメージしながら、次々に魔力を流し、ついに完成した。
……まあ、努力はしましたよ。ええ。
俺の目の前に、俺自身が出現したけど、いつまで経っても俺の魔法は大雑把なので、俺に似ても似つかない、ずいぶんと体のでかい、筋肉もりもりの男が出現してしまった。
まあ海岸で練習してたときからこんな感じだったけどさ。相変わらずヘッタクソだなあ。
俺の作り上げたその人型をみてジェナが、
「ニコラはこういう風になりたいのかな?」
と呟いたが断じて違う。
当然ながら、突然目の前にマッチョマンが現れた騎士たちは仰天する。身長が彼らの一・五倍位あって頭が天井すれすれで、オークとか魔物の類いにしか見えない。騎士たちは剣を抜いて、後退りながらもマッチョマンの俺と戦おうとしている。
その隙に扉の前の騎士たちをテディたちが眠らせている。
よし、あとはこのマッチョマンを暴れさせてその隙に扉から地下に行けばいい。眠った騎士たちは筋肉男をみて気を失っただけで誰も扉から中に入ったとは考えないだろう、というのがこの作戦だった。まあいいんだけどさ。
俺は最終フェーズ、筋肉もりもりの俺を暴れさせるところに移ったけれど、こいつ全然思い通りに動かねえな。俺が腕をぶんぶん振って動け動けと念じても、腕じゃなくて首がぐるぐる回っている。その奇怪さにさらに騎士たちがおびえる。眠らせなくても気を失うんじゃないだろうかこの人たち。
それにしても、ちゃんと暴れてくれなきゃ困るんだよ。扉から完全に意識を逸らしているうちに俺も地下に降りなきゃなんないんだから。
ほら!
いい子だから動け、マッチョニコラ!
俺はさらに魔力を流して体をめったやたらに動かした。
どうなったか。
リバウンドしたかのように筋肉が膨張して、ぶくぶくと太りだし、廊下いっぱいに体が広がってもう何が何だかわからない。首は胸の脂肪に溺れ、両腕は胴体と同じくらいまで太くなる。
「こんなの俺じゃない」
「筋肉もりもりの時からニコラじゃなかったでしょ」
ジェナが冷静に突っ込みを入れる。
〝ニコラ殿。通路が塞がっている今のうちに扉の中に入ろう〟
トモアキに言われてよく見れば、騎士たちは俺の幻影の向こう側に閉じ込められ、こちらにいるのは眠っている二人だけだった。
ラッキー。
俺はいそいそと扉の中に体を滑り込ませて、バタンと閉めた。あの後、偽ニコラがどうなったかはわからない。爆発したかな?
ちょっとした計算ミスはあったものの、結果的には地下への扉から中に入れたのでオーケーとして、俺たちは姿を現して階段を下る。ジェナまで俺の鎧の下から現れて、礼によって俺の手を掴み無断で魔力を使ってあたりを照らしていたけれど、何かに気づいて猫みたいに鼻にしわをよせた。
「なんか変な匂いがする。何の臭い?」
「何日も体を洗っていないみたいな臭いかな。時々ダンジョン奥深くに潜った冒険者が帰ってくるとギルドでもこういう臭いがする」
「ふうん。私には縁のない話だね」
「何、風呂入ったことないのか?」
「だって私、体洗わなくても綺麗だし」
ホムンクルスというかサーバントに新陳代謝などあるはずがないか。形のあるサーバントなら元の道具の手入れなんかをして体を清めるようなことをするのだろうけれど、ジェナとヒルデの場合それもないから必要性を感じないんだろうけどさ。
階段を降りるにつれて臭いは強くなり、ついにたどり着いた場所でピークに達した。そこには扉があって、通路のような物がその先に続いている。
さてここには何があるんだろう。先行するトモアキたちに続いて歩いて行く。
「ここは、地下牢か」
通路の左右にいくつもの部屋があって、頑丈な鉄格子が巨大な魔物の歯みたいに並んでいる。臭いはここから来ているらしい、と俺が考えていると、テディの肩に乗っていた猿のような魔物が何かに反応してするすると体を降りて走り出した。テディが慌てて追いかけ、一つの房の前で立ち止まり中をのぞき見る。
「アリソン? ……アリソン!!」
テディが慌てて俺たちを呼ぶ。牢の中には確かにアリソンがいたが、横たわって苦しそうにしている。多分意識はない。テディの肩から降りた魔物が心配そうにキュウキュウと声をだして、顔や肩の周りを飛び跳ねてもまったく反応を示さない。俺はそのとき、近くの牢から名前を呼ぶ声を聞いた。
次回更新は土曜日です。