第124話 劣勢【アリソン視点】
「どうしてあなたがここにいるんです?」
彼は一瞬驚いたようだったが、頭上を見上げて思い出したようにいった。
「そういうことですか。姫が入り込んだ訳じゃない。あなたが入るのを手助けしていたのですね。まったく、私の邪魔ばかりしてくれますね」
アリソンは立ち上がると、ルナを抱えたまま階段の方へと駆け出した。ウィルフリッドと戦うより、上まで逃げてこのことを知らせないと。
「あいつを捕まえなさい!」
ウィルフリッドが叫んだ。と、真っ黒な根が地面から剥がれてアリソンの体めがけて飛んでくる。アリソンはぎょっとして跳び上がり、その根をよける。ウィルフリッドは『箱』に手をかけたままじっとこちらを睨んでいる。あいつが根を動かしているんだ!
「他のツタも使うんです! 早く!」
『箱』をせっつくように彼は叫ぶ。
アリソンはコルネリアとルナを抱きしめたまま言った。
「あのツタを弾き飛ばす。ルナ、魔力を使わせて!」
『うん!』
アリソンは雷の盾を作り出して飛んでくる何本ものツタを弾いた。盾にぶつかったツタはいやがるように一瞬後退して、様子を窺う。しかし、その間にもアリソンの背後には他のツタが迫ってきていた。
「アリソン!」
コルネリアの叫び声が聞こえ、どんっと背中から衝撃、アリソンの体が宙に浮く。腰に真っ黒なツタが巻き付いている。アリソンは叫んで、腰のつたを剥がそうとしたがびくともしない。徐々に体が締め上げられる。苦しい。アリソンはコルネリアに指示して剣を作り、ツタの根元を突き刺した。だが、ツタはびくともしない。アリソンの体は運ばれてウィルフリッドの近くでさらに持ち上げられる。
「逃げ出そうったってそうはいきません。いい機会です。あなたに罰を与えます。魔力のないあなたが私を愚弄した罰をね」
ウィルフリッドは苦しむアリソンの顔から、胸に抱かれたルナの方へと視線を移した。
「その犬の魔物、やはり魔力を持っていたようですね。テイミングがうまくいったのも噂で聞いています。ということは、いま、ようやくそいつを連れてきた意味を果たせるという訳です」
ウィルフリッドはそう言うと、また『箱』に命令した。
「こいつから魔力を吸い取りなさい!」
アリソンは抵抗したがツタが伸びてきてさらにアリソンの右手を縛ると、『箱』に触れさせるように引き延ばされる。
「ルナ! 逃げて!」
あいている左手でなんとかルナをつかんで胸元から離した。が、ルナは腕から逃げようとせず、ウィルフリッドに向かって魔法をかけようとする。
ウィルフリッドはルナの様子に気づくと、『箱』から片方の手を離し、腰からペンを取り出した。以前、彼がルナをいじめている現場に遭遇したときも、アリソンに向かって魔法を使おうとしたウィルフリッドはペンを取り出していた。あれがサーバントなんだ。
ルナが魔法を使うより早く、ウィルフリッドはペンを振った。ルナに向かって黒い魔法が飛んでくる。ルナは負けじと魔法を繰り出すが、劣勢だ。ぶつかり合った真っ黒な魔力同士があたりにはねる。ルナは苦しそうに顔を逸らしている。
そうしている間にもアリソンの腕は『箱』に近づき、ついに、触れてしまった。まるで真っ黒なスライムでも貼り付いているかのように、アリソンの右手は『箱』に磔になっている。
と、触れた瞬間、何かテイミングのようなかすかな繋がりを『箱』との間に感じたが、それも一瞬の出来事で、魔力が吸い取られる感覚に全身が支配されてしまった。
アリソンは呻く。ルナもコルネリアも呻き声を上げている。ルナの魔法が消えると同時にウィルフリッドの魔法も消える。ルナの魔力がアリソンの体を通って右手から抜けていくのを感じる。
「その犬の魔力を全部吸い出してあげます。そしたら、命はなくなってしまうでしょうが、元々そのために連れてきたんですから、役目を果たすべきです」
次回更新は土曜日です。