第122話 地下牢【アリソン視点】
階段は途中で曲がりらせんを描くようにぐるぐると下っていく。ペネロペはお姫様だけれど長い階段をスタスタとおりていく。アリソンは感心した。
「運動できるんですね」
「敬語はやめて。どれだけ長い間塔を上り下りしてると思ってるの? これくらいなら疲れもしないよ」
ペネロペのすきな場所は塔の最上階だったはずだ。確かにあの場所に何度も登っていれば足腰も鍛えられるだろう。
階段を降りていくと、徐々に異臭がし始める。ルナが鼻に皺を寄せている。ペネロペは鼻をつまんで怪訝な顔をした。
「何の臭い?」
アリソンには覚えのある臭いだった。長く外を歩き回っていた冒険者たちがギルドに戻ってきたときにさせる臭い。体を洗わず汗と泥にまみれた彼らがさせる臭いにそっくりだった。
臭いが強くなって、ついに階段が終わる。大きな扉があったが開け放たれていて、そこに臭いのもとがあるようだった。アリソンは「よし」と気合いを入れるとペネロペに言った。
「少しここで待っていて。危険がないか確かめるから」
ペネロペは鼻をつまんだまま頷いた。
今のところあの黒い謎の物体の痕跡はない。と言っても、塔の城がある場所はケイトたちの家がある場所から少し登った場所にあったはずだから、今アリソンたちがいる場所の高さがちょうど家の地下辺りになりそうだ。黒い物体があるとすればこの先だろう。
扉をくぐり抜けて進み、アリソンは立ち止まった。コルネリアも立ち止まり、怪訝な顔をする。
「ここは……地下牢か」
コルネリアの言うとおり、そこは地下牢で通路の両脇に鉄格子がずらりとならんでいた。臭いはどうやらそこからしているらしい。アリソンが目をこらして牢の中を見ると汚れた服を着た人々が地面に横たわっているのが見えた。何か罪を犯したんだろうか。アリソンは眉間に皺を寄せるとペネロペの元にもどった。
「ここ、地下牢みたい。人はいるけど、みんな牢に入ってる」
アリソンの言葉にペネロペは怪訝な顔をする。
「え? ……地下牢なんて使ってないはず。ずっと昔に別の場所に牢を作ったから。私が昔お父様に連れられてここに来たときにはもう使ってなかったよ」
アリソンもコルネリアも同じく首をかしげた。
「じゃあどうして……?」
ペネロペはアリソンの脇をとおって扉をくぐり抜け、地下牢のある通路に入っていく。彼女は牢のひとつに近づいて中をじっとのぞき込んだ。そんなことをすれば中の囚人につかみかかられてもおかしくない。しかしペネロペはまったく気にせず鉄格子に頭を突っ込むようにして中をのぞいている。
「あぶないよ」
アリソンが言うがペネロペはやめない。彼女は牢の中にいる男に声をかけた。
「ねえ、あなたはどうしてここにいるの?」
男はぼうっとペネロペの方を見たがそれは声に反応したというだけですぐに、また石造りの床を見る作業にもどってしまった。ペネロペは何度か声をかけたが、男はそれっきりまったく反応を示めさない。ペネロペは鉄格子から頭を離すとつぶやいた。
「なんだか、お父様みたいな反応……。こんなところに閉じ込められたらそうなるのも無理はないけど……」
ペネロペの言うことは確かに的を射ている。他の牢にとらわれている囚人たちにも声をかけてみたが、皆同じように声に反応するだけでぼうっとしている。目の焦点が合っていないというか、まどろんでいるというか、とにかく、この世界とは違う別の場所に心が奪われてしまって、体がただの抜け殻のようになってしまっているようなそんな印象を受ける。
アリソンは地下牢の一番奥に進んでいく。そこには入り口とは別の扉があって、さらに奥へと続いている。別の牢があるんだろうか、と考えていると、ペネロペが近づいてきた。
「アリソン、私、上に戻って報告してくる。信用できる人が何人かいるから。この人たちがどこから来たのか調べないといけないし」
アリソンは頷いて奥の扉に触れた。
「私は、この先に進んでみる。何があるか、確信がほしいの」
ペネロペは少し悩んだがコルネリアに言った。
「アリソンを守って」
「ああ、もちろん」
アリソンは「そんなに私頼りないかな」とつぶやいた。
次回更新は土曜日です。