第113話 ノルデアへ!
船に忍び込む日、当日。二日間の修行、と言うか術の訓練をへて、俺たちは港で身を隠している。
トモアキというかキカというか、とにかく『ルベドの子供たち』に出会う前の俺は、気球を改良してノルデアまで行ってやるぜ、なんてことを考えていたけれど。実際島の下に来てみるとそれは難しそうだと気づいた。ノルデアの下には常時風が渦巻いている。昇ってこようとするすべてのものを叩き落とそうとする強風だ。俺はノルデアを見上げ「どうやってあそこまでいくんだ」と独りごちた。
ここでは足跡がつく心配はないが、船では甲板に歩く振動が伝わってしまうので、靴に布を巻いている。これバランスとるの大変だな。
トモアキは布なんか巻いていないのに音もなく歩いていく。と言って光魔法で隠れているから姿は見えないのだけど。服だってあんなに布が余っているのにまったく衣擦れの音がしないのは、どういうことだろう。歩き方の秘密を知りたい。
甲板までなんなくたどり着くとトモアキの声が頭の中で聞こえてきた。
〝ちゃんとついてきてるか?〟
〝ええ。今甲板に着いたところです〟
〝よし、では貨物室に降りるんだ。奥の扉から階段を二階分降りて先だ。そこで待つ〟
こういうときはこの会話便利だな。
甲板では人が行き交っている。風魔法は《闘気》と同じ要領で体に首から下に密着させているからいいとして、ジェナとヒルデの光魔法は、少し体から離れた位置で展開されている。
ジェナ曰く「自分が樽に入った気持ちで動くといいよ」とのことだったので体にぶつからないように注意しつつ、甲板をすすむ。体格のいい男たちが荷物を運び、ロープを繰って結び、大声であれやこれやと指示を出している。目的の扉は閉じていたがときおりでかい体の男が出てくるのでそれを見計らってするりと体を滑り込ませた。第一段階、侵入成功。
階段を降りると、魔石の入った樽が並んでいる。船尾の方を見ると巨大な装置があって、多分あれで船を飛ばすんだろう。クロードを連れてくれば大喜びですがりついただろうな。どんな技術が使われているのかまったくわからない。ここにも男たちがいて、樽に入った魔石をつぎつぎに装置に投入している。
いつまでも見ているわけにもいかない。階段をさらに降りて貨物室に入る。いろんな匂いがする部屋だ。食材ばかりが入っているのだろう。箱は厳重に固定されていて、ちょっとやそっとじゃ動きそうになかった。ここにはすでにあまり人がいない。たぶんここ数日で荷物の運び込みは終わって、今は離陸準備をしているんだ。
〝つきましたよ〟
トモアキに声をかけると、彼はすぐに姿を現した。俺は一度風魔法を解いて、ジェナに「魔法を消していいよ」と指示する。トモアキの視線がこちらを向く。魔法が解けた証拠だ。
トモアキが何かを渡してきた。
〝このマスクを口につけろ。上は空気が薄いからな。慣れるまではこれをつけないと倒れるぞ〟
そう言われて受け取ったが、どうやって取り付けるんだろう。四角い箱のようなものが中央にあって、その左右に一つずつ円柱形の部品がくっついている。箱には涙型に穴があいていた。多分ここに口をつけるんだろう。マスクの脇にはベルトがあってそれを頭の後ろまで持ってきて固定する。
しばらくして船が離陸する。がったんと音がしてジェナが軽く悲鳴をあげた。箱が厳重に固定されている理由がよくわかった。船はかなりの振動を伴って上昇していく。顎がガクガクする。俺は箱の一つにしがみついて、ノルデアに早くたどり着いてくれと願った。
ノルデアにはすぐについたけれど吐きそうだった。荒れ狂う風の中を船は進み、島にたどりつく直前なんか「がっくんがっくん」音を立てていた。とにかく体が揺さぶられ、箱にしがみつくのに必死だった。
トモアキは慣れた様子で立ち上がる。
〝よし、降りるぞ〟
少し待ってほしかったが彼はすぐに姿を消してしまった。ジェナは俺の鎧の下で呻いていたが、「頼む」と願うとすぐに光魔法を使ってくれた。
なんとか船の外に出て地面に膝をついていると、俺の鎧の下からジェナが這い出てきて、姿を現し同じようにうなだれた。
「ぐるぐるする。もう二度と乗らない」
「どうやって戻るつもりだ」
「飛び降りる。私の体なら生き残れるから」
あの風なら体があちこちに引き延ばされてしまいそうだけどね。
ついたのは港のような場所だった。と言うかルフがいるんだけど。こんな船よりかはルフの方がよかった。飼育員に餌をもらってご機嫌なルフを横目に見ていると、トモアキが現れて「そろそろ行くぞ」と言った。
俺とジェナ、それからトモアキは歩き出す。ジェナはあたりを見回して「おお」とつぶやいた。
「雲の上にいるよ!」
ノルデアは海の上にあるから景色がほとんど変わらずつまらないんじゃないかと危惧していたが、そんなことはなかった。雲が海みたいに島の端から遠くまで続いている。太陽の光を反射して白く輝いていて、綿が敷き詰められているようにも見える。夕日が当たったらさぞきれいだろう。
ジェナは興奮気味にあたりを見回していたがしばらくして落ち着いた。
「これだけ中に入ると普通の街だね」
何層もの壁に囲われていることを除けば、確かに、ただの街だ。ノルデアはそのくらい広いんだろう。
アリソンはどこにいるんだろう。何層もの壁で区切られているその一つ一つを探すのは骨が折れそうだった。こういうときに頭の中で話ができると便利だな。トモアキほど多用しようとは思わないけれど。
次回更新は火曜日です。