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第X話 神の顕現

「師匠!」


アイナスが叫ぶ。


マルスマーダの右腕に黒い球が直撃し、そのまま腕を腐らせていく。

するとマルスマーダは、体に「腐り」が及ぶ前に、自ら右腕を切断する。


「大丈夫じゃ!そっちを頼む!」

吹き出す血に構わず叫ぶマルスマーダ。


「…はい!」

心配だが、そんな暇はない。

アイナスは一瞬マルスマーダに視線を向けると、すぐに目の前のマルマルに切り掛かっていった。


闇の尖兵、マルマル。

奇怪な体躯から吐き出される瘴気で、空が、海が、黒く染まっていく。


さらに、その巨躯から無数に生える触手の先から、黒い球が吐き出される。

黒い球は、陸と言わず海と言わず、触れたものを一瞬で黒く染める。


いや、腐らせていく。


大地は染まり、生き物は溶け、海が腐っていく。


七賢の中でも防御に秀でたライオナルが、黒い球を防ごうと全力で「盾」を展開する。


「くそっ、多すぎる!シンディ!」

ライオナルが声をかけるが、シンディから返事はない。


「シンディが抜けた分は儂がやる!ライオナルはそのまま耐えろ!」

隻腕になったマルスマーダが巨大な魔導陣を展開すると、周囲の触手が蒸発するように消える。


「少し時間を稼ぐ!竜どもを何とかせんとまずい!」

マルスマーダが、風に乗って移動する先には、混乱の広がる竜の群れがあった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



この戦いは、竜種3万頭が同時に攻撃を仕掛けるところから始まった。


火、氷、岩、風、雷、様々なブレスが一斉にマルマルに襲い掛かる。

閃光で周囲が白く染まり、轟音が響く。


多くの竜が「これなら流石に…」と思ったのも束の間、濛々と立ち込める煙の中、まったく動きを変えずに、周囲を腐らせ続けるマルマル。


「そんな…。」

「どうすれば…うわぁっ!」

「あの黒い球に触れるな!」


竜種は全てが戦闘に特化しているわけではない。


だが、決して弱いわけではない。


それぞれが秘める力を開放して、必死に攻勢を取る。

しかし、3万頭の竜は、1頭、また1頭と闇に染まり、腐り、徐々に数を減らしていく。


そして、戦いが始まってからそれほど間を置かず、8割方の竜が姿を消してしまった。


「みんな、下がれ。」


そんな折、竜種の群れの中心で指揮を執っていたデムが、残った竜種を下がらせる。


「儂がやる。」

「父さん?」

「後は頼んだぞ。」

「え…まさか!」


エルメラが叫ぶ。

デムが何をしようとしているのかが、分かってしまったからだ。


「だめ!待って!」


エルメラも、戦況が圧倒的に不利であることは理解している。

残された手段がそれほど多くないことも。


だが、死を覚悟した父の姿に、叫ばざるを得なかった。


「私も一緒に!」

「バカ言え。アルを頼むぞ。」


ニヤリと嗤うデム。

涙を流すエルメラ。


「生きろよ、エル。」

「…!」


止めたい。

でも、止められない。


そんな葛藤を抱えるエルメラを一瞥したデムが、短い呪文のような言葉を唱える。

すると、デムの体が一瞬光り、その体躯から浮かび上がるように、小さな黒紫色の玉が現れる。


「黒紫龍の竜核爆縮、受けてみるがいい!」


浮かび上がった黒紫色の玉が、マルマルに向かってゆっくりと放たれる。

その様子を見届けたデムは、全ての力を失ったかのように地面に向かって落ちていく。


そして、黒い球に飲み込まれた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「遅かったか!デム!」


とマルスマーダが叫ぶ。


デムが自らの命と引き換えに解き放った竜核爆縮。

黒紫色の玉がマルマルにぶつかった瞬間、周囲の空間が、玉に向かって猛烈な勢いで吸い込まれる。


「師匠、あれは!」

「デムだ。竜核を使った殲滅技じゃ。」

「そうですか…。」


短い会話で全てを把握したアイナスは、その行く末を見守る。


全てを吸い込むかのように、脈動を続ける黒紫玉。

触手も、触手から放たれた黒い球も、マルマルも、その脈動に合わせて吸い込まれていく。


しかし、ある瞬間から、脈動が止まる。


「足りんかったか…。」

「どうなったんですか、師匠!」

「効き目はあった。だが、少し足らん。」

「そんな…どうすれば。」


デムが命を懸けた竜核爆縮でも、マルマルには届かないのか。


「マルマルとて弱っておるはず。あと一手、何か、決定的な何かがあれば!」

と、誰に向ける訳でもなく叫ぶマルスマーダ。


そんなマルスマーダの様子に、アイナスも思わず

「何か、何かないのか!」

と叫ぶ。


すると、両足が無い状態のアールスラーメがふらふらと近づいてきた。

「イーナ、これを使って。」

アイナスが振り向くと、アールスラーメの右腕には、白い結晶が握られていた。


「私の竜核。飲んで。」


その言葉が何を意味するのか、アイナスにはすぐに分かった。

竜核を飲めば、一時的にその竜との融合ができる。


だが、あくまで一時的だ。

そして、竜核を差し出した竜は、融合が解ければ死ぬ。


「アルが死んじゃう!」

「安心して。もう長くない。」

「安心できないよ!」

「時間がない!早く!」


アルもマルスマーダと同様に、黒い球の「腐り」から逃れるように、両足を自ら断った。


しかし、どうやら間に合わなかったらしい。

既に体の一部が腐り始めており、自分はもはや長くないと、分かってしまった。


「早く!」

「うう…。」

「お願い!」

「くっ!」


涙を浮かべるアイナスが、同じく涙を浮かべるアールスラーメから竜核を受け取り、飲み込む。

すると、アイナスとアールスラーメの体が同時に輝き、アイナスの全身が虹色に光る竜の鱗に覆われる。


【頑張って】


アールスラーメの言葉がアイナスの頭に響く。

そして輝きの消えたアールスラーメは、力尽きたように落ちていった。


「アル!」


アイナスも、アールスラーメが助からないことは、見た瞬間に分かってしまった。

でも、助かってほしかった。

そんなアールスラーメは、最後に自分に未来を託した。

やるしかない。


「師匠!何か、何か弱点はないんですか!」

「無い!まとめて切り飛ばせ!」

「分かりました!行きます!」


アールスラーメの力を借りて実現した、限界を超えて伸びた光の剣と、光速の剣捌き。

奇跡の融合が、マルマルの体躯に無数の剣筋を刻み込む。


音もなく切り刻まれるマルマル。

その場にいた誰もが、その様子を見守り、そして、マルマルの動きが止まる。


「止まった…?」


すると次の瞬間、耳をつんざくような絶叫が、あたりに響く。

質量すら感じさせるような音の波に、空間が揺れる。


空間が、揺れる。


「倒したんでしょうか?」

「いや、これは…。」


アールスラーメとの融合が解けたアイナスが、マルスマーダの隣に並ぶ。

そのアイナスの耳に、マルスマーダの呟きが届いた。


「尖兵…そういうことじゃったか…。」


全てを察し、諦めた表情のマルスマーダが肩を落とす。


「どうしました?」


そんなマルスマーダに問いかけるアイナス。

その表情は徐々に驚愕に代わっていく。


「まさか師匠…、そんな…そんな!」


マルスマーダの表情と、七賢として収集してきた知識の蓄積。

そこから導き出されたのは。



揺れた空間から、小さな子供が現れる。

男女は分からない。



だが、その存在感たるや。



ニタァ、と嗤ったその子供が、周囲を見て、自分の右手を見て、再び周囲を見る。


「マルマルを倒してくれてありがとう。これでようやく復活だよ。」


手を振りながら笑顔を振りまく子供。

邪悪な存在感に、絶望する人々。




その日、大地と海と生き物が、腐った。

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