第44話 肉好きの若者が、なつかれる話。その4。
アイナスが不在の間、アルの竜形態を見た若者が、不意に気づいた。
「少し、大きくなった?」
それに対してアルが、うん、と答えた。
普通に成長しただけなのか、それとも何か他に理由があるのか聞いてみたところ、若干答えにくそうなアル。
若者は、答えにくそうなところに聞き直すのも失礼かと、話題を変えようとする。
すると、老人を連れたアイナスが戻ってきた。
「ただいま!」
「何とも忙しないのう。」
多少うんざり気味の老人の様子に苦笑する若者。
一方アイナスはやり切った感を出している。
すると老人が、アルを一瞥して、少し大きくなったの、と呟いた。
「マルス翁もそう思いますか。」
「まあおかしくもないがの。」
「そうなんですか?」
若者は、どうやら老人が何かを知っているらしいと感じ、差し支えなければ教えて下さい、と聞いた。
老人は、竜族に限らず一般的な傾向と思うがの、と前置きした上で、
「体が家族を増やすために準備をしとるんじゃろ。」
と答えた。
一瞬、「?」と思った若者も、すぐに合点がいった。
そして視線アルに向けると、バッチリと目が合う。
そして、
「あーもう、さっさとやりますよ!」
というアイナスの言葉に、妙な雰囲気にならずに済んだ、と正直助かる思いの若者であった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「で、『七璧』を展開すればよいのじゃな。」
「ちゃちゃっとやっちゃいましょう!」
先程の勢いそのままにけしかけるアイナスだが、七璧は、長らく存在すら怪しまれていたものを老人が再現した絶技であり、見学を優勝賞品にして大規模な魔導大会が開ける程度の技である。
「やってみるから真似せい」とあっさり若者に告げる老人も無頓着極まりないが。
一方3人が準備をしている間、少し離れた3頭は、何やら話し込んでいた。
「ぐおー(がっちゃんは人形態にならないの?)」
「がうがう(それが駄目だったんすよねー。)」
「一応コツはある。簡単なものだけど。」
「ぐおー(どういうコツですか?)」
「出来るだけ具体的に想像する。性別だけでなく、体型や髪の色、長さとか。誰かを参考にしてもいい。」
「がうがう(アールスラーメさんは誰を参考にしたんすか?)」
「色々な国の人を見たりした。」
なお、アルはいわゆる王女なので、会う人族も王族が中心であり、容姿も相当に磨かれている人ばかりだが、アル自身に拘りは無い。
「ぐおー(人族はほとんど見たことがないです。)」
「がうがう(そうっすね。)」
「ぐおー・がうがう(見たら問答無用で切り掛かってくるか、全力で逃げ出す人ばっかりですしね~☆)」
と、笑いあう2頭だが、遭遇した人からすれば間違いなく死を覚悟する存在である。
その後アルが「二人とも人族を見る機会が増えれば、そのうちなれる。」と言ったところで、どうやら老人達の準備が出来たようだ。
「で、まあこんな感じじゃ。」
「師匠、ちょっとこの結界切ってみていいですか?」
「後にせい。」
「アイナスさん、先ずは練習しますので、ちょっとだけ待ってて下さい。」
「ぶー。」
「こんな感じでしょうか?」
「そうじゃな。大きさは好きにするがよい。」
どうやら、準備どころか粗方若者に伝え終わっていたようで、早速大きさを変えながら結界を試す若者と、嬉々として光る剣で切り掛かるアイナス。
「かった~い!」
と言いながら、ガッキンガッキンと遠慮なく襲い掛かっている。
なお、「ニックならこんなもんだよね」とあっさり流しているが、そもそも真似できるのがおかしいのも、いつもの事である。
そして、ニックさんこれめちゃくちゃ固いですね!と楽し気なアイナス。
どっこいしょと一休み中の老人。
これはこうしてみて…と張り方の研究に余念がない若者。
当初の目的が忘れがちになってしまうのも、いつもの事であった。
「ぐおー(あのお兄さん、もしかして凄い人ですか?)」
「がうがう(凄いというかヤバい人っす。)」
「ぐおー(絶対に敵に回したらダメな系?)」
「がうがう(もちろんっす。)」
…この2頭の感覚はどうやら正常なようである。