第39話 肉好きの若者が、実力を示す話。その2。
歩いて移動したら半日程度はかかる場所。
背の高い木々が多く、全体的に薄暗い印象の森の入り口。
一行はそこにいた。
もちろん、半日も歩いたはずはなく、移動は一瞬である。
「僕がやると、着くまでもっと時間がかかりますね。」
「そうなんですか?」
どうやらアイナスが作る『光の道』よりも、目的地までの距離がかなり短くなっているようだ。
飛行や瞬間移動といった高速移動の手段が、一部種族の特権であるこの世界では、公にはしない方がいい事実である。
「マルス翁、この辺りでよろしかったですか?」と、若者。
「ちょうどよいの。」と、若者の隣に老人。
「そうですね。もう少ししたら向こうの方に見えそうです。」と、老人の後ろに控えるデム。
その他の面々は、アルとアイナスが若者の後ろ、ハツキ達やエルメラはそこから更に後ろである。
なお、老人の家では曖昧にしか認識できなかった面々も、ここにきてはっきりと「敵」を認識するようになった。
そのため、今更「一体何が見えてくるのか?」と聞くような人はおらず、皆同じ方向を凝視している。
「マルス翁、一つ良いですか?」
「ん?なんじゃ?」
「向こうからくる、その、魔獣でしょうか…どうすればいいんでしょうか?」
という若者の「どうすれば」が、倒すためではなく食べるためであることに疑いを持つような人はおらず、皆「だよね…」と若者を凝視している。
「もう少ししたら見えるからの。そしたら儂の真似をしてみるがよい。」
「はい、分かりました。」
老人と若者が話を続ける間、何かが木々をなぎ倒すような音がどんどん大きくなる。
そして、嫌な雰囲気を持った空気のようなものが、一行に向かって吹きかける。
「凄い瘴気ね。」と、アル。
「そうですねー。」と、呑気なアイナス。
「これほどの存在が急に現れるのは流石におかしい気がするわね。」と、微かに不安気なエルメラ。
「…。」と、無言のハツキ達。
この無言は、近づいて来る存在を恐れているというよりは、先のエルメラの発言に同調しているのだろう。
嫌な雰囲気はますます強くなる。
瘴気は本来物質的なものではなく、あくまで精神的な感応を示すもののはずだが、これは明らかに物質的な質量を持って一向に悪意を叩きつけてくる。
「元は多分アッシュグリズリーじゃ。」
「そうなんですか?」
「外見では分かりにくいが…、来たの。」
一行の目の前で、かなり広い範囲の木々が一瞬でなぎ倒されると、闇を纏った塊が現れる。
「師匠、あれ本当にアッシュグリズリーですか?」
見た目ただの黒い塊である。その感想は無理もない。
「これほどの瘴気、ただの野ウサギでも相当に危険な存在になりそうですが…アッシュグリズリーですか。」
元は…と言われたアッシュグリズリーは、大きさ・攻撃力・防御力・各種耐性等々、諸々の能力を踏まえるとこの近辺では最強と言ってよい。
そして、この近辺で最強ということは、この近辺以外でも最強に近い。討伐難易度は最低でもSS、もしくは判定不能である。
それでも、
「まあ、ここにいる人達なら特に問題はないんでしょうけどねー。」
と軽いアイナス。
「お父様だけでも大丈夫でしょう?」
「周囲の地形を気にしなければ大丈夫だと思うよ。」
「それは大丈夫とは言わないと思う。」
そんな会話を尻目に、老人が、ちと足止めするかのと言いつつ、右手で空中に文様を描く。
一条の光が黒い塊に吸い込まれると、動きが一瞬止まる。
「よしニックよ、今から儂がやる技をよく見ておけ。」
すると老人が、今度は両手使って空中にゆっくりと大きな円を描く。
「あのアッシュグリズリーは、いわゆる『闇憑き』じゃ。」
「そうなんですか?」
聞きなれない単語に多少戸惑う若者。
その若者に聞かせるように、老人の説明が続く。
一度闇憑きになった魔物は元には戻らない、というのが一般的じゃ。
「…。」
倒した闇憑きは跡形もなく消えてしまい肉体は残らん。
「…そうですか。」
アッシュグリズリーは肉としての需要がほとんど無いんじゃ。臭みが酷くての。
「え?そうなんですか?!」
明らかに最後の話題だけ反応が違う若者。
そんな若者に、両手を動かしながら老人が問いかける。
「食用には向いていないと言われた魔物、しかも闇憑き。どうじゃニックよ、その味、気にならんか?」