第32話 肉好きの若者が、結局肉を振舞う話
「本当に、そのまま帰るつもりだったのよ。」と、ハツキが言った。
今、どんな状況かというと、テーブルを囲んで3頭…3人、アイナス、若者、そして老人が座っていた。
「でも正直興味はあるよね。」とトウキ
テーブルに乗っている肉をじっと見つめるシンキ。
同じくじっと見つめる老人。
「別に無理して食べなくてもいいんですよ?僕と師匠で食べますし。」とアイナス。
「いやいや、皆で食べた方が美味しいですから。」と若者。
何だかんだで今日も肉を食べるのだが、完全に帰る雰囲気だった3人を引き止める形になったのは、いい時に帰ってきた老人の提案であった。
「せっかく来たんじゃから肉の一つでも食って帰ったらどうかの。」
その瞬間、若者は雷に打たれたかのように、固まってしまった。
まるで、美味しい肉を一人でも多くの人に味わってもらうことが自分の使命だった…何故そんな重要なことを忘れていたのだ…、と言わんばかりの表情を浮かべた若者であるが、実際そんな使命は無い…はずである。
ということで、
「そうですよね。皆さんで食べましょう。」
と若者が急いで準備したのは、老人の家ではお馴染みとなりつつあるボア系の肉と、味付けしたまま保存していたゴニアの内臓、ゴニホルである。
あまり内臓は見慣れていないのか、それとも見慣れた内臓とは少々見た目た違うからか、これは…?と戸惑い気味の3人とは対照的に、老人とアイナスは既に臨戦態勢である。
「ニックさん、さっさと焼いて食べましょう。」
「じゃの。」
「いや、3人に簡単に説明をしてからにします。」
「えー。」
「早くせい。」
と、はやる2人を尻目に、若者は、
「これは、レッドボアとキングボアの肉を概ね1カ月ほど冷蔵保存したものです。自分の感覚では背中とモモの部分が食べ頃だと感じたので、それらを準備しています。それと、肉の旨味を感じてもらいたかったので、いつもより少し厚めに切っています。それからゴニアの内臓は、丁寧に水洗いしてから茹でこぼしたものを、主に塩と香草で調味したタレに漬け込んで味付けしています。あ、味付けをしていないものもありますので、後ほど別に準備します。もしかすると、竜族の方は生でも問題なく食べれるのかもしれませんが、よく焼いてから食べていただいた方が美味しいかと思います。」
と、簡単に、と言ったのをまるで無視するかのように説明をする。
ただ今回は、若者を除く全員が既に臨戦態勢に入っていたのか、若者の説明に突っ込む人はいなかった。
そして、アイナスの「もう焼きますよー」を皮切りに、いつもの面子に3人が加わった焼肉パーティの開始である。
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結果として、準備した肉・内臓はすべて誰かの腹に納まった。
急いで準備したから量が足りなかったかな…と、追加で準備したものも、納まった。
追加の追加の追加くらいまで準備したはずだ。
それらはすべて誰かの腹の中である。
「もしかして、竜族の方って、見た目が人なだけで、食べる量は竜形態基準ですか?」
まだまだ食えますよ…という表情を浮かべていた3人は、若者にそう問いかけられると、目を見合わせる。
するとハツキが代表するかのように答える。
「えっと、必ずしもそうではないのよ、ただ…。」
「ただ?」
「凄く美味しかったので…気が付いたら食べていたというか…。」
「あ、そうなんですね。」
そしてトウキが、人形態でも、普通の人が食べる量よりは結構多いかな、と補足してくれた。
それを聞いた若者は、美味しく食べてくれたのであれば良かったと、安心した。
そして老人とアイナスを見ると、二人とも最後のゴニホルを延々と口の中で噛み続けている。
「ずーっと噛めますね。」
「じゃのう…。」
まあ、味わっているならいいか…、と若者は視線を3人に戻すと、もう一つ気になったことを聞いてみた。
「あの、竜族の方の食べる量って、普段はどのくらいなんでしょうか?」
するとトウキが、
「そうだね…レッドボア1頭いれば2,3日持つかな?」
と答える。
「まあ、そのくらいかしらね。」と答えるハツキの表情は、特に多いとも少ないとも感じていない様子だが、若者は、「1頭で2,3日…」とトウキの言葉を反芻する。
普通の人間であれば、レッドボア1頭は1カ月食べ続けてもなくならない程度である。延々と同じ肉だけを食べ続けるのは流石に難しいので、実際にはもっと長くかかるだろう。
とすると、単純に考えても、普通の人の10~20倍くらいは食べることになる。
「だとすると在庫の管理をきちんとしないとな…。」
と呟く若者。
するとハツキが「何故そんなことを…」と聞こうとして、止める。
そして、閃いた。
「成程、アルね。」
自分の考えが読まれてしまった若者であるが、特段隠すようなことでもないと思い、
「今のうちに準備は進めようと思いまして…。」
と答える。
ただ、次の発言は流石に予想外だったようだ。
「予め知っておいた方がいいと思うけど、アルはその辺の竜の3倍は食べるわよ。」
よく動くし戦闘訓練も激しいから食べる量も多いのかしらね…、という追加の説明をするハツキ。
一方若者は、中々に衝撃的な発言内容に、保管庫の拡張と狩り場の開拓を本気で考え始めるのだった。
「自分の食い扶持は、自分で稼がせないとだめですよねー、師匠。」
「ん?まあの。ところでアイナスは捕獲しには行かんのか?」
「僕は忙しいんです。」