第21話 アールスラーメ
アールスラーメは、幼い頃から、鍛えるということが好きだった。
鍛えれば鍛えるほどよく動く体。
自分が強くなっていくことが実感できる喜び。
夢中になった。
そのことに後悔は無いし、むしろ誇らしいと思っている。
ただ、父さんから、
「伴侶となるべき竜をそろそろ見つけねばいかんな。」
と言われた時、その時はあまり深く考えなかったが、わざわざ自分に向かって言った言葉の真意が、後で理解できた。
あまり鍛えすぎると、相手を見つけるのが大変になる。
いや、正確にいえば、大変になる立場。
それでも、鍛えることに躊躇いはなかった。
幼い頃に、父さんとマルスマーダ様が戦っているところを見た。
もちろん本気の戦いではない。
それでも、凄い、と思った。
父さんもだが、マルスマーダ様が。
今の自分では勝てない、と思った。
将来の自分ではどうなのだろう、と思った。
目標ができたから、躊躇いはなかった。
もともと、黒竜と言う種族は、争いごとを好まない、平和的な種族である。
ただ、心の奥に眠る強者への憧れも当然ある。
強者への憧れ。
高い高い目標。
マルスマーダ様、そのままお強いままで、待っていてください。
きっと自分も、その高みまで上がってみせます。
アールスラーメが若者との手合わせを快諾したのは、別に若者がどうこうということは無い。
何やら不思議な雰囲気を持っているな、とは思ったが。
それよりも、今の自分の強さをマルスマーダ様に見てもらえる。
それが嬉しかった。
自分の全力を見てください。マルスマーダ様。
そして、始まりの合図と同時に吼え「ようとする」アールスラーメ。
…が、逡巡。
何故?
ただの人間に全力を叩きつけるのに気後れしたから?
そうではない。
危険を察知したのだ。
いや、「危険」なんてそんな生易しいものではない。
一瞬でバラバラにされ、竜族にとって命よりも大事な「竜核」も砕け散り、肉も皮も骨も内臓も、丸ごと食らいつくされる感覚。
初めての感覚
これは、何だ。
後悔?
違う。これは…。
『 絶 望 』
何ということだ。
自分は最初から勘違いをしていた。
自分を見せる良い機会だの、そんなことじゃないのだ。
これは、ただの「食事」だったのだ。
弱い肉は、強者に食べられる。
この世で最も原始的で美しい摂理。
…。
……。
そして次の瞬間、アールスラーメの体が一瞬だけ輝く。
するとそこには、一人の女性が立っていた。
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恐らくアールスラーメであろう女性が、静かに涙を流しながら立ち尽くしていた。
多少困惑気味の若者を尻目に、一人の男性が近づく。
どうやらデロイのようだ。
微動だにせず立ち尽くすアールスラーメの頭に、ポン、と手を置くデロイ。
「アル、大丈夫だ。生きとる。」
「あ…。」
全身の力が抜けて崩れ落ちるアールスラーメを、デロイは優しく受け止める。
「すまんが、屋敷のどこか一室をお借りできないだろうか。」
とデロイが言うと、アイナスが、準備してきます!といって屋敷の方へ走っていった。
すると若者が、
「えと、デロイさんと、アールスラーメさん、ですよね?」
と声をかける。
「そうだが、知らなかったか?」
「人の姿に変われるということですよね?知らなかったです。」
「能力的にはよく知られているのだよ。」
「まあ、ホイホイ変わるようなもんでもないかもの。」
「お前にはちょっと聞きたいことがある。」
「なんじゃ?」
「この若者、何なんだ?」
「ん?だから言っただろう。儂の弟子じゃ。」
「そうではない。」
若者とデロイの会話のはずだったが、いつの間にか老人とデロイの話になっていた。
ただ、今一番気になるのはアールスラーメのことだ。
どこか怪我などはしていないだろうか。
「ん?アルの事なら大丈夫だ。気絶しているだけだからな。」
とデロイが言うが、若者は流石に気が気ではない。
恐らく自分のせいなので、なおさらである。
まあ勝負じゃからしょうがないじゃろ、と言う老人に対しては、お前はもう少し反省しろと切れ気味なデロイだったが。
その後、戻ってきたアイナスと、ブレダン伯爵以下数名の案内で、一行は屋敷の中へと移動していった。