第18話 肉好きの若者が、黒い竜と出会う話。その1。
さて、竜、である。
基本的には平和的で、人間に限らず他の生き物と理由もなく敵対することはない。
とはいえ、竜である。
万が一のことを考え、昼食パーティ自体もほぼ終わったということもあり、参加者の面々は自らの屋敷へ戻るか、用事が残っている人はブレダン家の屋敷の一角に移動してもらうこととなった。
なお裏庭が見える部屋へ案内したようで、何人かがこちらを覗いている様子が裏庭から見えた。
流石に気になるのだろう。
その結果、今この場にいるのは、老人と若者、アイナス、ブレダン伯爵と使用人5名。
だが、ブレダン伯爵含む6名は、だれが見ても緊張度が降り切れているかのようにガチガチである。
とはいえ黒竜に対する反応としては一般的、むしろ気絶しないだけでも立派であって、どちらかと言えばニコニコしているアイナスのような反応の方が珍しいのだ。
その件の竜2頭は、若者が思ったよりもゆっくりと近づいてきている。
「いきなり飛んでくると皆驚くからの。」
敢えてゆっくり近づいている、ということなのだろう。
「本気で飛べばあの距離でも一瞬じゃぞ。」
「そうなんですね。」
「見てみたいですね!」
「まあ、そうですね…。」
アイナスの発言に微妙な反応を示しつつ、少しづつ大きくなる竜の姿に視線を向け続ける若者。
段々と大きくなる2頭の竜。
そして見えてくる、黒光りする巨体。
「見えてはいましたが、凄いですね。」
美しく光る漆黒の巨体に、若者が感嘆する。
すると老人が、
「まあ、あの島の中でも大きいほうじゃからな。」
と答える。
あの島とは、先ほどの話にあった竜の城の事だろう。
竜の中でも大きい方とは、偉い立場ということなのだろうか。
「師匠、大きいということは偉い竜さんなんですか?」
「ん、まあの。」
やはり偉いのか…と思う若者の前に、ついに2頭の黒竜が到着した。
1頭は全身から威厳を放つ巨体の黒竜だが、もう1頭は、一回りか、もう少し小柄な黒竜だった。
「それでも大きいな。」
と若者は思ったが、
隣のアイナスは、
「なんかもう1頭はこじんまりしてますね!」
と全く遠慮のない感想を漏らしている。
すると、大きな方の黒竜が、普通に話を始めた。
「久しいな、マルスマーダ。」
あ、そのまましゃべるんだ、と密かに思う若者。
見た目の雰囲気と比べると多少違和感がある。
「そうじゃな。何時ぶりじゃったかの。」
「そんなことを言って、お前今日のことは忘れとっただろ。」
「ん?まあ、この場所で会うのも良いかと思っての。」
老人の微妙な言い訳に、素直に謝ればよいものを…的な雰囲気の黒竜(大)。
若者も、老人の「しまった」的なつぶやきを聞いているので、恐らく忘れていたのだろうと思っている。
とはいえ、実際にはそこまで怒っているわけではなさそうで、軽口の一つなのだろう。
「して、何か相談事と言っとったが…どうするかの。」
「うむ?」
「このまま話を続けてもよいものかと思っての。」
老人にとっての黒竜(大)は久々に会った友人であり、そこまで気を使わなくてもよい存在である。
また、この庭もそこまで邪魔が入るとは考えにくい。
が、この開放的な庭で立ち話でよいのか、と多少気になっているようだ。
「まあ、問題なかろう。」
「そうかの。」
「聞かれて困るものはおるのか?」
「いやまあ、大丈夫じゃろ。」
じゃろ?、と老人がブレダン伯爵一行を見ると、6人はこくこくと首を振っている。
アイナスは、まあ大丈夫なのだろう。
多分。
若者もそこまで口が軽いとは思われてなさそうだ。
それとは別に、屋敷に案内するとして、この巨体が入るのか…とは思ってしまったが。
なお使用人の方々の足が小刻みに震えているので、仮に移動するとして案内出来るかどうかは怪しいところである。
「まあ、お主がそういうなら別によいがの。ただ…」
「ただ?」
「紹介はしておこうかの。」
「おお、そうだな。」
「こっちがデロイで、儂の古い友人じゃ。竜族の中では…一応、王様かの?」
「一応ではなく、ちゃんと王だ。それと、娘のアールスラーメだ。」
「はい。初めまして。」
アールスラーメと紹介された小さいほうの黒竜が、軽く体を沈める。
上品なお辞儀のような感じだと若者は思った。
王の娘ということは、王女というではないだろうか。
落ち着いて佇んでいる様子は確かに王女様っぽい印象である。
「こっちは、これがアイナス。儂の教え子かの。」
「こんにちは!」
「で、弟子のニック。」
「はい、初めましてニックです。」
軽く頭を下げてお辞儀をするニック。
頭を上げると、不意にアールスラーメと目が合った気がした。
さて紹介も済んだし早速だが…とデロイが老人に向かって声をかけ、相談事と言っていた話を続ける。
ああでこうで、と話すデロイと、ふむふむと聞く老人。
その間、アイナスはブレダン伯爵たちと「おっきい竜ですよねえ」「…」「急に暴れたりはしないよな?な?」「大丈夫まだ生きてる…」といった感じで話をしている。
若者は先ほど不意に目があったアールスラーメに、思い切って声をかけてみた。
「アールスラーメさんは、やはり王女という立場になる方なんですか?」
「うん。そう。」
「お父様とマルス翁の話に入らなくてもよかったのですか?」
「私はあの話にはあまり関係ないから。あと…。」
「はい。」
「別に敬語とかじゃなくていい。マルスマーダ様の弟子ならなおさら。」
と、アールスラーメに提案された若者であるが、すぐに敬語をやめるのが難しいのは性格的なところか。
なので、では少しづつ慣れていきますので…と説明すると、アールスラーメも別に無理は言わない、と理解を示した。
さて、老人とデロイ王の話を何とはなしに聞いていた若者だが、やっぱりここで話すような内容ではないのでは…と多少不安になった。
不穏な話題のように聞こえたからだ。
「つまり、一度見にこい、ということじゃな。」
「そうだな。そうしてくれると助かる。」
「何時ごろ行くかのう…。」
「そこはお主の見立てで構わん。」
「分かった。多分じゃが…恐らくその穴は、開いた時点で目的はほぼ達成されているじゃろう。」
「…何か、動きがあるのか?」
「確実にある。ただ、尻尾はなかなか出さんの。」
「ふむ。私もちょっと調べてみるか…。」
「そうしてくれると助かるの。」
するとアイナスが、
「なんか大事な話のようなんですけど…、ここで話してよかった内容ですか?」
と、思ったことをそのまま口に出す。
対してデロイが、
「はっはっは。今の話は島にいる竜たちもほぼ全員知っとるしな。それに何かあっても真正面から叩き潰せばよいことよ。」
と、剛毅なのか大雑把なのかよく分からない返しをする。
「ところで、なぜ2頭で来たのじゃ?」
と老人。
それは若者も思った。
物騒そうな話だが、これだけならデロイだけでよかったのではないだろうか。
ただ、流石に次の話は老人も多少面食らったようだ。
「うむ、実は…アルの伴侶に心当たりがないか、聞きたかったのだ。」