第88話 肉好きの若者が、飼育?現場に向かう話。
アイナスの家はトランザン王国の伯爵家であり、同国の首都ともいえるアルダーレインにある。
だが、出立前にアイナスが地図上で「ここです。このあたりで、飼おうとしてます。」と示したのは、アルダーレインからそれなりに距離のある、山の中腹であった。
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「アイナスさん、ここって山ですよね?」
と、少々の疑問を含んで問いかける若者。
3人が例によってピューンと空を飛んできたのは、アルダーレインから北にしばし、とある岩山の中腹。
「本当に、ここですか?」
キョロキョロと当たりを見渡す若者。
見えるのは、岩、石、低木のみである。
てっきりアイナス家の近くに牧場でもあるんだろうなあ、的な想像をしていた若者。
その疑問は最もではある。
一方のアイナスは、
「そうですよー。」
と、さも当然とばかりに返事を返す。
「少々説明が足りんようじゃから、儂から説明しておくかの。」
「はい、お願いします。」
流石にこういう時は頼りになる老人である。
「年の功ってやつですね。お爺ちゃん師匠お願いします。」
「おぬしがちゃんと説明せんからじゃろ。しっかりせんと行き遅れるぞ。」
「生き過ぎたお爺ちゃんも、それはそれで問題では?」
「いずれ自分が婆さんになった時に後悔せい。」
「むむ…。」
「ふん…。」
二人の間でバチバチと火花が散り、急にストリートファイトが始まるが、若者の頭は「山で飼育…?」と疑問でいっぱいのため完全スルーである。
さて、そんな若者に対して、ファイティング老人曰く、厳密には飼育ではない、とのことである。
「ロートーヌは実際にはそれなりに危険度の高い、猛獣と言われてもおかしくない奴じゃ。」
「はい。それは分かります。」
実際にロートーヌを見た若者も、正直なところ「あれを人の手で飼育できるのか?」というのは当然の疑問だった。
「しかも高いところが好きですからね。普通なら【それを飼育するなんてとんでもない!】ですよ。」
と、ファイティングアイナスが補足をする。
2人とも器用にファイティング補足をしてくれるものの、このままではどうしていいか分からないな、と所在無さげな若者。
そんな若者の様子を見たからかどうか、急に始まったストリートファイトは急に終わった。
見事な切り替えの速さである。
「いやー、師匠また変な技覚えましたね。」
「こないだのニックの技を見てから、ちょっとの。」
「なるほど。ニックさんの技は変なのばっかりですからね。」
「じゃの。」
何故か、若者の「変な技使い」扱いで盛り上がるが、特に若者は動じない。
というか、実際のところ自分でも少々「変な技かも?」と思っていたりする若者だった。
それはさておき、先ほどの疑問である。
飼育は常識的に考えて難しい。
しかし、ここではそれと似たようなことを行っているようだ。
果たしてどういうことなのか?
と悩む若者を、「まあ、行って見たほうが早いじゃろ。」といってスタスタと歩く老人。
そんな老人に連れられて来た場所は、中腹にぽっかりと開いた洞窟であった。
「この奥なんですよー。」
と、アイナスが若者に説明する。
「奥に何かがあるんですね。」
「はい。行けば分かります。」
「そうじゃな。」
先ほど、老人にも「見たほうが早い」と言われた若者は、それじゃあお願いしますと先を促す。
それを聞いたアイナスは、危険は無いと言わんばかりに、ずんずん奥に進んでいく。
若者が入口から見た洞窟は、闇に閉ざされた本能的に恐怖を感じる洞窟然としていたが、少し進むと急に光が広がった。
上部が明かり取りのような構造になっているのか、想像以上に明るい世界だった。
そんな、洞窟という想像とは程遠い、明るい回廊を淡々と進む一行。
「ここを抜けたら直ぐですよ。」
とアイナスが言ったとおり、それほど長くない回廊を抜けた若者の目に、美しい光景が広がる。
洞窟の奥のはずだが、光射す大地。
草が生い茂り、どこから水が湧いているのか川に湖まである。
そして、空には太陽と雲が浮かび、きれいな声で囀る鳥が優雅に飛び回っている。
そんな光景の中、ひと際目立つのが、湖の周りで美味しそうに草を食んでいる…
「ロートーヌの群れ…!」
想像を超える景色と肉の量に圧倒される若者。
すると、アイナスが、「ここが、最近発見された場所です!」と、両手を広げながら高らかに宣言する。
「ようこそ!ブレダン家の秘密の牧場へ!」