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煌々の魔女  作者: フクメイ(シャフツP)
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第6話「辺獄」


 2096年1月22日(日) 午前9時38分

 久しぶりの召集命令だった。その雫久の声は以前とは違う、生気を帯びた少女らしいものになっていた。それを聞いて安心するが、また何かあったのかと不安が重なって複雑な感情になる。急いで支度をする。顔を洗いお茶を一口飲み、学生服に着替える。そして、権視廟への合言葉を口にする。

 「”我らが巡悠を看過し、蒼海の灯籠に通し給え”。」


 権視廟に着いた時には、前回と同じメンバーが既に揃っていた。リーリヤ、雫久、アンナ、ダーシャ、シスターの5人は、期待の新人の入場に注目する。

 「待ってたよ、美楽。またもや急ぎの用だ、座って頂戴!」

 リーリヤはあの時と同じように話しかけてくる。前回よりも活気があるというかマシになった空気感に、何か自宅に帰ってきたかのような安心感がある。美楽が自分の席に座ると、リーリヤは口を開きだす。

 「今回の案件は、また炎の刻が関連するものだと思われる。」

 その発言に全員の表情が更に慎重になる。

 「今度は、ニューヨーク市郊外北西部にて、大規模の森林火災が起きた。前回の火力発電所爆発事件から丁度3ヶ月だ。これは偶然じゃないと私は判断して、炎の刻が再び引き起こしたと予想する。しかも、市街地から離れた森林のためまだ世間では誰も気づいていない。何か二次被害が出る前にこれの消火、及び炎の刻撃退が目的だ。敢えてこんな僻地で起こしたということは...。」

 「おびき出そうとしているってことか?」

 リーリヤの言葉をアンナが繋ぐ。確かに、前回の火力発電所の件は明らかに人への被害を考えたものだったが、今回は人目に触れないところで起こしているから怪しい。

 「おびき出しているかもしれないし、単純にケリを付けようとしているのかも知れない。前回は思い通りにならなくて興が削がれたとか言っていたから、おそらく相当な気分屋で根に持つタイプだ。私は、変に小賢しいことをせずに正面から戦いを仕掛けてくると予想する。」

 「でも、相当グロテスクなこと言ってた気がするけど。」

 “人間たちが焼き殺されていく様が見たい”というようなことを言っていた気がする。そのことについてダーシャが言及する。

 「まぁここで色々考えたってしょうがないわ。他の動きがあったら私と雫久がすぐに伝えるし、監視はずっとしておくから安心して行動していいわよ。とりあえず、質問がなければ早速迎え撃ってもらうわ。」

 その言葉に続く者はいなかった。既に覚悟は決めてある。

 「アンナ、また先導よろしく頼むわ。」

 「了解した。」

 アンナは立ち上がり、一度目を瞑って深呼吸をする。そして目を開け改めて鋭い眼光になり、宣言する。

 「今回の目標は森林地帯の消火、そして炎の刻と対峙した場合は撃退もしくは撃滅。消火はダーシャ、警戒・戦闘は私と美楽、シスターは後方支援だ。みなみな、準備はいいな?」

 確認を取るアンナに、全員が頷く。アンナはチラッと美楽を見て心配の言葉をかける。

 「もう、大丈夫なんだな?」

 「はい、自分のやるべきことは理解しました。」

 果てしない信念を込めたその表情と返事に、アンナは一安心して一瞬口元を緩めるが、すぐに”魔女”の顔になる。

 「では、いくぞ!」

 


 燃え盛る木々の隙間で、その人影は不気味に笑っていた。

 「こいよ、魔女どもぉ。今度こそ根絶やしにして、その皮を剥いで殺してやらぁ。」

 その人影は高笑いをした。炎により木目の裂かれる音たちよりも、空に響く声で笑った。



 ワープが完了して着いた時には、周りはあの時と同じで熱気が舞っていた。周囲は燃え始めた木々で囲まれていたが、奥まで続く道は綺麗に残っている。呼応しているかのように、炎はより一層勢いを増した。

 「これは消火するかしないかのレベルじゃなさそうだけど?」

 森の様子に、困惑したダーシャはアンナに指示を乞う。

 「どうやらヤツを倒した方が早いかも知れんな。ご丁寧に道まで用意してくれている。リーリヤ、予定変更だ。目標の位置を特定できるか?」

 「生命反応が一つ、その道に沿って進んだ先にいるわ。動く様子はなさそうね。」

 「決戦か...。」

 炎の刻は、案の定正面から魔女を打ちのめすつもりらしい。そのことに、より一層身体中が力む。ダーシャから渡された暑さを和らげる薬を飲み、魔女たちは走り出す。火力発電所の時の発言から、放っておくには危険すぎる相手。既にあの時に数十人は犠牲になっており、それが何十倍の被害になる前にケリをつける。美楽は、まるでラスボスを撃ちに行くかのような感覚になった。だが、魔人たちはどれもそれほどの実力と危険性を持つまさに”人類の敵”だ。覚悟を決めて、足を動かす。

 やがて、少し広い空間に出た。木も草も生えていない地面に違和感を覚えつつも、ここが決戦場だと全員が察する。そして、燃える木々の隙間から人影がこちらに歩いてきた。その歪な姿が顕となる。

 「やぁっときたなぁ、”地球の癌”代表様方ぁ?自らの力で我らが星の大切な肌を焼くのはぁ、大変居た堪れなくて痴がましいことだぁ。でも、ここまでしないとこの間の”ツケ”には到底届かないもんでねぇ?本当に気分を害するやつらだからなぁ、てめぇらはよぉ?」

 その魔人はヒトの形を保ったまま、怪物の姿をしていた。吊り上がった威圧感のある目、焼けた肌、先端の尖った歯、太く歪で棘々しい手足、まさに化物であった。

 「貴様が”炎の刻”だな?」

 アンナは、既に氷の双剣を抜刀しており、臨戦態勢へ入っていた。

 「あぁ、そうだともぉ。ようこそオレの戦場へぇ、そしてここがおめぇらの墓場だぁ。地球を汚し自然を飲み込み、水を濁らせ大地を砕き、空気を染めて灰へと化した。その代償をいつ払ってもらうかオレらは考えたぁ、そして思いついたぁ。てめぇらを一瞬で消し去る方法をぉ。だがまだその時ではなぁい。メインディッシュを頂く前にぃ、軽めのおやつといこうかぁ。」

 次の瞬間、魔人は地面に吸い込まれるように姿を消した。魔女たちに焦りが出る。どこからくるかとお互いが周囲を見張る。

 「直ちに密集せよ!各個撃破するつもりだ!」

 アンナが叫んだその時、美楽の後ろから微量の炎が溢れ、大きなシルエットが出現する。

 「っ!?美楽!後ろだ!」

 美楽が振り返った時には遅かった。既に魔人は構えていた。

 「まずはひとぉりぃ。」

 魔人の右手から放たれた爆炎が、美楽の影さえも飲み込むように轟音を立てる。魔人は慢心するように薄ら笑う。前回、自分の計画を台無しにして気分を害した張本人をまず狙う。その性格を知っていれば回避できただろう。だが、現にその張本人は炎に包まれている。その状況に全員に戦慄が走る。

 「呆気なぁい、呆気なぁい。次に向かってくるのはどこのどいつ...」

 刹那、炎の中から出てきた左手が、魔人の太い喉元を掴む。

 「んガァ!?な、にぃ?」

 ニヤりと笑った憎たらしい顔が、炎の中から覗いてきた。

 「やっぱり私に来ると思った。もしかして、私の能力知らない?」

 掴んだ左手からエネルギーが溜まる音が鳴り始め、やがて白く光り出す。

 「ふっとべええ!!」

 その言葉とともに、魔人は衝撃で大きく後方へ吹き飛んでいく。魔人は、木に衝突する寸前で体勢を整えて、木に炎を滞留させて飲み込まれるようにまたもや姿を消した。体に纏わりついていた火は消えて、外傷一つない美楽が現れる。

 「美楽!いつの間にそこまでできるようになったのか!?」

 全員が驚きと称賛の声を上げる。

 「コード=リンクに慣れるついでに、リーリヤと雫久ちゃんと一緒に放出の特訓をしてたんです。最初は、石ころを転がすところから始まったんですけど、なんとかできるようになりました!」

 自信満々の美楽に安心したアンナは、再び正面に体を向けて闘志に満ち溢れた表情になる。

 「では、私も格好いいところを見せなくてはな。」

 アンナは、抜刀した双剣をクロスさせてから勢いよく振り下ろす。すると、アンナの前方が物凄い速さで氷漬けにされていく。燃えていた木々さえも氷の中に閉じ込めて、その広い空間のおよそ半分を寒冷地へと変化させた。

 「さぁ、お前の行動範囲が狭くなったぞ。その忌まわしい姿を表せ。」

 「ちっ、調子に乗るのも今のうちだぁ。氷が炎に勝る理由がどこにあるぅ。」

 アンナが満たした氷の空間が徐々に溶け始め、やがて激しく砕け散った。

 「流石に一筋縄ではいかないか。美楽、ダーシャ、シスター!そこから一歩も動くなよ!」

 アンナは氷の双剣を手放して無に返し、次は背中に自分の身長と同等の鞘が出現した。その柄を握ってゆっくりと引き抜いた。その刀身の形状に美楽は若干の恐怖を覚える。その刀は、刃先側にいくつもの鋭利で細かい溝が深く彫ってあった。斬るというより斬り刻むことに特化したかのような形状に、一切の隙はなかった。

 「舐めてかかったかのような行動を、今ここで詫びる。どうやら残忍な性格の割に、一対一を好むらしいな?ここからは私が相手だ。」

 「舐めて...?今お前、オレに対してそう言ったのか?あぁ...いいぞ!乗せられてやる!お前だけは絶対生きて帰さんっ!!」

 アンナの挑発に乗った魔人は姿を現し、妙な語尾が消えて口調が変わる。その目を思いっきり見開いて、アンナと正面から対峙する。2人の周りには熱気とは違った重い空気が充満していた。少しでも動けば火傷してしまいそうな程の空気の流れができていた。

 先に動いたのは魔人の方だった。アンナが刀を持っている右手の反対方向の左から、地面から迫り出すように仕掛ける。人間の反応速度では追いつけまいと、右手でその顔をつかもうとする、が。

 「グアァ!?」

 アンナは体を華麗に翻して太刀を魔人に向ける。無数の刃が魔人の右手を貫通し、激痛を生む。更に、返しになっているため手が動かない。

 「この形状を見て自ら近づいて来るとは。貴様、もしかして阿呆か?」

 アンナは動きの止まった魔人の腹を思いっきり蹴り飛ばして、無理矢理引き離す。飛ばされた魔人は、追撃を警戒して左手を振って炎の壁を作り出した。しかし、アンナはその壁に向かって走り出し、刀を横薙ぎに振る。すると炎の壁は何かに斬られたかのように吹き飛ばされ、魔人の体が丸見えになる。高く飛び上がった白銀の騎士は、その太刀を魔人に振りかざす。その一太刀は、頭頂部から怪物を一刀両断した。

 「取った。」

 そう呟いたアンナだったが、斬った感覚がやけに軽かった。真っ二つに割れた体を見ると、炎の塵に変わっていき風に流され消えていった。その様子にはっとなり振り返る。そこには、斬ったはずの右手には傷がなく、アンナに両腕を向けて構えている魔人がいた。

 「残念だったな、さよならだ。」

 魔人から轟音とともに爆炎が放たれる。前回の火力発電所の時に迫ってきた炎を遥かに上回るものが、たった1人の騎士に注がれる。アンナの背後にあった木々は瞬時に灰と化していき、跡形もなく吹き飛ぶ。この世の全てを焼き尽くさんとする炎は、地獄という言葉では表せない惨状を生んだ。黒く焼け焦げた地面は、その威力の強大さを物語っていた。

 それに思わず美楽はアンナの名を叫ぶ。これほどの攻撃を食らって無事であるはずがない。いくら魔女であっても、特殊な能力を持っていても、肉体は人間だ。しかし、ダーシャが美楽の肩にそっと手を置く。

 「安心しなって。言ったろ?”歴代最強の魔女”だって。」

 その言葉に半信半疑だった美楽は、その発言の後の光景に目を丸くする。徐々に巻き上げられた灰と煙が晴れていき、一つの影を浮かび上がらせる。そこには、何一つ動じていない白銀の騎士が立っていた。周りの地面が抉られている中、その騎士が立つその地面だけは何一つ変わっていなかった。

 「アンナさん!!」

 美楽は安堵した。顔色一つ変わらない、アンナのその勇猛としたシルエットに歓喜する。同時に、それに衝撃を受けて動きが止まる魔人がいた。

 「なぜ、だ。なぜあれを食らって無事で居られる!?」

 「どうやら、これくらいは耐えられるらしいな。これが貴様の本気か?」

 「ふ、ふざけるなっ!?お前如きに...自然の代弁者が負けるはずがねえだろうがよお!!!」

 魔人は背中から炎の翼を生やして、上空へ飛び上がる。前回の何かが飛び立ったような音は、どうやらこれだったらしい。その変化に、アンナはニヤリと口を緩め、戦闘を楽しむかのような眼光になる。

 「そうこなくては。本気でかかって来い、炎の刻!」

 「望み通り、灰塵にしてやるよ。このクソ魔女があああ!!!!」

 その2人の間に入ることは誰もが危険だと本能で感じ取った。共に戦うという考えはできなかった。これに手を出すことが、いかに身を滅ぼすかを察した。2人は、壮絶な空中戦を繰り広げていた。

 

 その様子を遠くから見ていた2つの人影があった。

 「ふふ...とても楽しそうね...。」

 小柄で物静かな少女は呟いた。

 「あんたにはあれが楽しそうに見えるのか?」

 胡坐をかいている女は、その言葉に疑問を抱いた。

 「ええ...とっても。戦闘狂と...戦闘狂の...命をかけた戦い...。哀れで...滑稽で...それでいて美しい...。」

 小柄で物静かな少女はそれに応える。

 「ふーん。あたしにはその感覚がよくわからん。でも、あいつと戦うことを想像すると、胸が高鳴る。」

 胡坐をかいている女はニヤリと笑った。

 「でしょう...?お互い...然るべき時が来たら...楽しみましょう...?」

 小柄で物静かな少女は、横目で誘う。

 「あぁ、楽しみだな。」

 胡坐をかいている女は、とある1人を睨みつけた。


 始まってしまったアンナと炎の刻との戦いは、熾烈を極めた。お互い一歩も引かない攻防戦に息を飲む。しかし、炎の刻の攻撃は一切合切アンナには効果がない。直撃する前に弾かれてしまう。炎の刻も、アンナの攻撃を食らっても際限なしに再生する。魔人は、どうやら正真正銘”ヒト”ではないらしい。

 「初めて会った時から気になってたんですけど、アンナさんのあの鎧ってどうなってるんですか?」

 今まで聞く機会が無かった素朴な疑問を尋ねる。それに対してシスターが答えた。

 「あの鎧は”ウンディーネ”と言います。アンナさんの家系である、フェルディナント家が代々奉っていた武具の一つです。アンナさんが小さい頃から鍛錬し修行した結果、あの鎧を装備するに相応しい体になりました。そして、本来の能力を遥かに上回るものを発現させたのです。それが、攻撃の無力化です。」

 「えっ!?それって無敵じゃないですか!?」

 衝撃の事実に美楽は驚きを隠せない。”歴代最強の魔女”とはこういうことだったのかと実感した。それじゃあ初めて会った時に、空の刻の光の槍が効かなかったのも、爆炎が一切意味を為さなかったのも、全て辻褄が合う。そして同時に後悔した。火力発電所で自分が盾にならなくとも、アンナがどうにかしてくれたのではないかと。自分が彼女の前に出る寸前、何か構えていたのを微かに覚えている。自分はアンナの邪魔をしたんじゃないかと、不安に駆られる。しかし、ダーシャが言葉を補った。

 「大丈夫、あの人は気にしてないよ。プライドは高いけれど、それを邪魔されたことよりあなたに深い傷を負わせてしまったことの方を気にしていたよ。自分がもっと早く判断しておけばって。だから、美楽くんはアンナが絶対勝つって信じておけばいいよ。そのほうが彼女に取っては助かるだろうし。」

 その言葉を聞いて美楽は安心する。アンナがいかに強いかを確信し、改めてその戦いぶりを見る。幼き頃からの鍛錬による圧倒的手数の多さ、豊富な実戦経験からくる攻撃の予測と立ち回り。まさに人間を超越したものだった。自分が非人間の領域に踏み入れていることが身に染みてわかる。”複数”よりも”個”で戦ったほうが十分発揮できる能力だ。

 「アンナさんは100種類以上の武具を扱えると言ってましたが、私たちはその全部を見たことがありません。これから見る機会はあるかと思いますが、果たして全部を見るのが先か、魔人を全滅させるのが先か、密かに楽しみにしております。」

 この状況で微笑するシスターに油断しすぎだと思ったが、それ以上にアンナが炎の刻とほぼ対等に戦えている状況が異様だった。


 アンナとの攻防戦に糸口が見つからなかった炎の刻は、攻めあぐねいでいた。

 「くそっ、このままじゃ埒があかねぇな。どれだけ燃やそうが弾かれるし、殴っても止められる。このまま長引けば、いくら再生できても体力がもたねぇ。どうにかこいつに一瞬で決めれる方法は...。」

 その一瞬、油断した隙にアンナからの蹴りを背中にくらい、遥か下の地面にぶち当たる。地面に埋まった顔を上げると、すぐ目前にアンナがゆっくりと舞い降りてくる。

 「なんだ、何かないのか?貴様の攻撃方法は単純でつまらん。まだ空の刻の方が戦い甲斐があったな。」

 アンナはその鋭利な刃を炎の刻の額に突きつけて、愚痴を溢す。

 「今、なんつった?」

 その溢された愚痴に炎の刻が聞き返す。

 「なに?」

 炎の刻は、寒さに怯えているかのように体を小刻みに振るわせて、歯軋りをしだす。

 「今”空”っつったよな?あいつの名前を...。あいつの方が上だと?ふざけるな...ふざけるな...ふざけるなぁぁあああ!!!!!」

 途端に地響きが聞こえてきた。地震のような縦揺れと横揺れが不規則に起きる。何かが地面から迫っているかのような。

 「あいつの方が強いだと?俺の方が強いに決まっている!!あいつらは仲間であって味方ではない。今も何処かから俺の無様な姿を眺めているだろうよ。だから気にくわねぇ。あのガキのどこから殺気がするんだ?どこに強い証拠があんだ?ふざけるな!!俺の方が、俺の方がてめぇらを殺すのに相応しいんだよおおおおおおお!!!」

 その時炎の刻の周りの地面が膨れ上がる。

 「まずい!退避しろ!ここは私が引き受ける!リーリヤ!早く3人を退避させろ!」

 「り、了解!3人とも、強制送還させてもらうわ!」

 「ま、待って!」

 次の瞬間、美楽は視覚が遮断される。もちろん全ての感覚が。それでも、聞こえていなくても溢れんばかりの感情を口から出す。

 「アンナさあああああああああん!!」


 気づいた時には権視廟で尻餅をついていた。すぐさまリーリヤに向かって駆け出す。

 「どうして帰したの!?」

 「アンナの命令でしょ!聞いてなかったの?」

 焦りで自分が何を言っているのかわからないほど錯乱していた美楽に、リーリヤは答える。

 「でも!アンナさんが!あのままじゃ!」

 「美楽くん、さっきの話を思い出して。あの人が負けるわけないだろ?」

 はっと気づく。そうだ、アンナは”歴代最強の魔女”だ。負けるはずがない。そう信じたはずだ。でも、心のどこかであの背中が崩れ落ちることを想像してしまう。

 「で、でも!」

 「大丈夫、コード=リンクは繋がったままだし、会話もできるわよ。アンナ、今そっちの状況を説明してちょうだい。」


 「あぁ、そりゃあもう地獄だな。下から大量の溶岩が溢れ出て、今地上は大惨事だ。街の方まではおそらく届かないが、ヤツがやっと本気を出したって感じだな。簡単には返してくれそうにない。アレを出すかもな。」

 アンナは、目の前の惨状を淡々と説明する。同時に、更なる戦闘への好奇心が止まないほど胸が昂っていた。

 「そう、死なないでよ。”歴代最強の魔女”さん?」

 「了解した。被害は最小限に抑える。以上だ。」

 そう言って、アンナはコード=リンクを切った。戦いに一切の支障をきたさないように。

 「さて、観戦者は居なくなった。いくぞ、炎の刻。」

 未だ俯いて怒りを溜め込んでいる炎の刻が、溢れ出る溶岩の隙間で微かな呻き声を上げていた。騎士は、例のアレを取り出す。アンナの努力の結晶であり、フェルディナント家のリーサル・ウェポンである、”炎”を具現化したその剣を取り出す。そして、淡々と詠唱を開始する。

 「我、生贄に為らんとする者。我、魔女に為らんとする者。沸沸と煮え滾るこの熱情を許し給へ。豪豪と猛進する激情を許し給へ。我が愛刀よ、彼の者を星へと還し、その墓標を作らんとせよ。”サラマンダー”、解放っ!!」

 詠唱終了と共に、アンナは未知数で不可視のエネルギーを纏う。相手を完全なる人類の敵として、自らが欲する最上の戦闘を求めて、アンナは炎の刻を睨み付ける。愛刀を握り直し構える。

 「あぁ、待ちわびたぜ魔女おおおおお!!!!」

 真正面から攻め込んできたアンナに対し、溶岩の壁で防ぐ。しかし、アンナはそれをものともせず、愛刀を握り突破する。突っ切って斬りかかるアンナの一振りを、ギリギリで炎の刻は躱す。

 「はっはっはっ!あぶねぇあぶねぇ。いいぜもっと来いよ!」

 「右腕が無いのによく言える。」

 「はっ?」

 炎の刻が気づいた時には、右腕は消し飛んでいた。斬られた部分は当たりを見渡しても無い。斬られた感覚は全く無かった。切断面からは血が吹き出ることもせず、ただそこから”無くなった”かのようだった。そして、耳元からアンナの残酷で挑発的な囁きが聞こえる。

 「腕か?そんなものはもう蒸発したぞ?」

 「グアッ!?」

 サラマンダーが炎の刻の胴体を貫通する。もはやその痛みは、突き刺さったというより”抉れた”感覚だった。腹から突き出た剣先の方向が、頭部と垂直になる。走馬灯を見た。魔人に魅入られてから今日に至るまでの全てを。

 「や、やめ...。」

 「呆気なかったのは貴様の方だな。正直いうと、面白く無かった。死してヒトに詫びろ。」

 「ふ、ふざけるなあああああああ!!!こんなっ!ところでっ!死ぬのはああああああ!!!」

 サラマンダーを炎の刻の脳天に向けて、斬る。真っ二つになった顔面を横目に、アンナはサラマンダーを手放す。遥か下の溶岩湖に向かってその影は落下していく。その様子は、自然の儚さを彷彿させるものだった。幾星霜と重ねた年輪も、一瞬にして灰と化す。それが自然の摂理。

 「ふぅ、帰るか。」

 アンナは権視廟に帰還した。


 溶岩湖に触れる寸前、炎の刻は朦朧とした意識の中で願った。アンナとの再戦を。今の力では全くもって敵うはずもない強大な相手。それを心から欲した。

 「あなた...やっぱり...面白いわね...。」

 死際に聞きたくもない声を囁かれうんざりしたと思ったら、地面に衝突する。その衝撃で更に意識が薄れていく。そんな中、微かに視界に映った人影があった。



 権視廟に戻ったアンナを迎えたのは、泣きじゃくった顔の美楽だった。

 「アンナさああああん!!!」

 すぐさまアンナに抱きついてきて、その頭をそっと撫でる。

 「あぁ、帰ってきたぞ。」

 自分の胸元で号泣する美楽をよそに、リーリヤに報告する。

 「炎の刻は始末した。」

 「よくやったアンナ!さすが”歴代最強の魔女”だな!」

 聞き飽きるほど聞いた自分の肩書きに、ふっと笑みが溢れる。

 「だが、すまないが確実に殺した瞬間は目撃をしていない。何より、サラマンダーの反動で、ぐっ...帰還が先決だと判断した。」

 その手に口から血を吐き出したアンナは、よろけた。

 「ア、アンナさん!?大丈夫ですか!?」

 「あ、あぁ。とりあえず、シスターよろしく頼む。うっ...」

 駆け寄ってきたシスターによる治療が始まった。”サラマンダー”の使用はその強大な力を発揮すると共に、使用者に多大な負荷を課すため、いくらアンナといえど多少の無理をしなくては上手く使えない。

 「炎の刻は消滅した、と願いたいわね。確か、どこからか監視されていると言っていたわね。もしかしたら瀕死の状態で回収された可能性も考えられるわ引き続き警戒は続ける予定だから、みんな一旦解散して休息してちょうだい。」

 リーリヤから的確な指示がある。治療されるアンナを心配そうに見る美楽に、リーリヤはそっとその肩に手を置いた。

 「大丈夫、もう泣かないでってば。みんな無事に帰ってきた。それだけで十分よ。魔人のことは一旦忘れて、あなたも休みなさい。」

 「うん...。うん、そうだ...ね。」

 

 泣き止んだ美楽の瞳孔は、黒く煌めいていた。




 小柄で物静かな少女は、真っ二つに割れた顔を抱えていた。

 「おれを...どうする、つもりだ。貴様...。」

 死にかけている頭部は、最後の力を振り絞って声を出す。

 「どうしようかしら...ね...。とりあえず...ここに入れておくから...静かにしておいてね...。」

 そう言うと小柄で物静かな少女は、緑色に発光する液体にソレを投げ入れた。

 「もったいないけど...たっぷり...味わいなさい...。またね...。」

 小柄で物静かな少女は、暗闇の中へ消えていった。




 第6話「辺獄」  終


 第3章 慷慨  開幕


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