第5話「罪を吐く」
その少女は、天真爛漫を体現したかのような性格だった。誰とでも仲良くなり、外で遊ぶことばかりしていて、よく泥だらけになって帰ってきていた。その様子に、両親は困り果てることもあったが、一人娘の笑顔に家族は幸せを享受していた。
あの日までは。
2091年6月13日(水) 午後6時13分
小学3年生の雫久は、その日友達と公園でバドミントンをしていた。まだ幼い雫久には、午後6時までには帰ると言う約束を、両親としていた。元気いっぱいと言えど、やんちゃではなくきちんと親との約束は守る真面目な子であった。しかし、その日はバドミントンに夢中になりすぎて、気づいた時には午後6時を既に5分以上過ぎていた。友達に別れを告げて、急いで家に帰る。一生懸命走る。学校での徒競走とは違い、焦りでより足に力が入る。こけることも厭わずに、精一杯の力を振り絞って走る。
真面目な雫久は、そこで始めて近道をしようと決意した。1分でも1秒でも早く帰らなければと考えるあまり、少し危険なことも考える。この時間でこの空の暗さ、路地裏、そしてまだ小学生という幼い年齢、いかにも犯罪に巻き込まれそうな条件が揃っている。それでも、純粋に親に会いたい気持ちで溢れるあまり、路地裏を通る。
路地裏に入って角を曲がろうとした時、ふと頭上から毅然さを覚える女性の声が聞こえた。
「止まれ。急いでいるところで悪いが、少し聞きたいことがある。」
止まる気は無かったが、その威圧感に足が勝手に固まってしまう。
「すみません、急いでるので。」
「質問一つなんだ、いいだろう?」
知らない人にはついていかないし、言うことを聞かないのは普通だが、この人に対しては例外だと本能レベルで勘が言っている。何か危険な香りを漂わせているその冷酷さを醸し出す女性は、上の看板からゆっくりと降りてきた。その光景はまるで神様が降りてくるように荘厳で、それでいて悪魔のような残忍さを演出していた。
「君は、自分がもし親を殺したら、まず何を考える?」
「えっ。そ、そもそもそんなことしないよ。」
自分では最もあり得ない行動に対する感情を言われて、答えになっていないことを口走ってしまう。しかし、その女性は満足したように振り返って別れの挨拶をしてきた。
「そうか。良い参考になった。ありがとう、では。」
次の瞬間、女性の体は微粒子へと変わって風に任せて夜の空へ飛んでいった。体全体に感じていたプレッシャーのようなものが消え、急いでこの路地裏を抜けようとする。
角を曲がった先で、唐突に何かにぶつかる。反動で後ろに吹っ飛び、恐る恐る顔をあげるとそこには男が3人立っていた。見るからに不良とも取れるその見た目に恐怖する。最悪の事態だ。最も恐れていたことが起きる。次の瞬間に腕を乱暴に掴まれていた。
「おいおい、こんなとこに子供が一人でいちゃ危ないだろー?俺たちが安全なところへ連れてってやるよ。」
ニヤニヤと嫌な笑みを溢したその男は、雫久の腕を引っ張ってどこかへ連れて行こうとする。恐怖と悲しみ、親への謝罪の気持ちで心の中がぐちゃぐちゃになる。どうしようもできないこの状況に、無力な雫久は為す術が無かった。
「待て!何をしている!」
その時、聞き覚えのある渋い声が路地裏の外から聞こえた。その声に、心のそこから安堵しその方向を向く。そこには警官の制服を着ている雫久の父親が立っていた。
「んだぁてめぇ?やっちまえ!」
雫久の腕を掴んだ男が命令口調で叫ぶ。2人の男が父親に向かって走り出す。そして殴りかかろうとしていた。
しかし、父親はそんな素人が勝てる人ではないことを雫久は知っている。殴りかかった一人目の手を難なく掴み、自分側へ引っ張り腹にパンチを繰り出し、その勢いで足を引っ掛け大外刈りを決める。殴りかかってきたもう一人には、すれすれで避けてそのまま背負い投げを繰り出す。その圧倒的強さに最後の一人は萎縮する。明らかな技量の差を実感したのか、その弱いものは武器に頼ろうとした。
「動くなよ!こいつの首が飛ばされたく無かったらなぁ!」
懐から拳銃を出して雫久の顎下に突きつける。その行動に雫久は恐怖を越えた何かを感じる。父親は、人質を取られた事により、動きを止めるほかない。ましてや、人質が自分の娘だ。下手なことはできない。
「そこから動いたらバン!だぜ。良いかぁいうこと聞けよおっさぁん。」
少しづつ後退りしていく男に、何もできない父親は歯軋りをして自分の無力さに嘆く。突然足を止めた男は、またもやニヤニヤした笑いを出すと、拳銃の先を父親にむけた。
「ざぁんねん!用があるのはお前だ!サツのせいでこちとら動けねぇからな!」
次の瞬間、男は引き金を引いた。雫久は息を飲んだ。目の前の空間だけ時間がゆっくり流れていた。放たれた銃弾がはっきりと父親に向かっていくのを目で追えた。その金属の小さな塊は、父親の腹を抉るように貫通した。思わず叫んだ。
ケタケタと笑い出す男の声だけが路地裏に響く。男は掴んでいた雫久を跳ね飛ばし、走り去っていく。跳ね飛ばされた雫久は、その衝撃などそっちのけで、倒れている父親に少しづつ歩み寄る。消えそうな呻き声を上げ、腹を両手で痛そうに抑えている。その光景が夢であってくれと必死に願うが、神様は微笑んでくれなかった。
「とお、さん?」
自分が父親のそばに着いたときには、青ざめて自分の知っている威厳のある父親はいなかった。必死に考える。どうするべきか。自分が路地裏を通ったせいと言う自責の念でいっぱいだった。自分がここを通らなければ、誰も傷つかなかった。自分のせいで、憧れの父親が、誇れる父親が、頼れる父親が死にかけている。今そんなことを考えている時ではないことはわかっている。自分を責める時間があるのなら、目の前の父親が助かる方法を考えた方が良い。それは知っている。でも、それでも、雫久は混乱していた。およそ8歳で回る頭の回転を超えていた。たったの一瞬で、大人さえも凌駕するまるで高次元の生物にまで達するほどの思考を巡らせた。雫久は、この光景を決して忘れないだろう。
インターホンが鳴る。母親は雫久を探しに行った父親が見つけて帰ってきたのかと思った。しかし、それは希望的観測にすぎなかった。扉を開けると、地面に血の流線を描いて父親の腕を肩に背負って、雫久が泣きじゃくった顔で立っていた。その事態の異常性に一瞬母親は固まるが、急いでスマートフォンを取り出して、電話をかける。
雫久は、もはや何も考えられなくなっていた。ふとさっき出会った謎の女性を思い出す。そうだ、これは自分が殺したんだ。自分のせいで父親が今まさに生死の狭間を彷徨っている。自分のせいだ。自分が悪い。どうして、近道しようと思ったのかわからない。そう、家はすぐそこだったのに。早く帰ろうと必死になっていたのだ。それが、こんな事態を招いている。自分のせいだ。
壊れた時計のように、雫久の目も体も思考も止まっていた。
電灯の上に、冷酷な笑みを零す人影があった。
2095年11月4日(金) 午後8時13分
「そのあと、私は奇跡的に一命を取り留めた。まぁ、胃腸に後遺症が残ってあまり食事を食べられなくなってしまったがな。」
全てを聞いた美楽は、もはや言葉が出なかった。4年前で、しかもまだ8歳であろう少女が体験して良い内容ではない。まさにトラウマものだ。
「それ以来、雫久はあの日を思い出すのか、正面玄関から入らなくなってしまってな。いつも裏口から出入りしているんだ。それに、それまで明るかった雫久は静かで、何も喋らない子となってしまった。私も妻も誰も、雫久を責めようとは微塵も思わない。けれど、あの子は今でも自分を責め続けている。自分のせいだと。私たちはこの4年間、あの子に元気になってもらおうと必死にいろんなことをしてきた。でも、あの子は元に戻ることは無かった。そんな彼女が、君を連れてきた。だから、水原家を代表して君に頼みたい。あの子のために協力してくれないか。」
父親は頭を下げた。その動作に美楽は立ち上がる。
「やめてください!頭をあげてください、そんなことまでしなくても...」
「いいや、下げさせてくれ。これは家族の問題なんだろうが、今や私たちはあの子に為す術なしのようなものなんだ。私たちは、昔の雫久に戻って欲しいと強く思っている。これ以上彼女に辛い思いをさせたくない。ましてやまだ中学生になったばかりだ。とても不甲斐ないと自覚している。無責任だと言われても言い返せない。それは重々理解している。そして、あの子があれ以来初めて自分の家に友達を連れてきた。しかも年上の。だから、私たちは君に頼りたい。協力してもらうからには、私たちにできることはする。だから、頼む。」
頭を上げるつもりのない父親は、自分の思いをぶつける。その熱弁が琴線に触れた。そもそも自分には、雫久と良い関係を築く使命がある。ノーと答える気はないが、父親の我が子への愛を全身に受けて感動する。自分にはあまり縁が無かった”親からの愛”。それを目の当たりにして、思わず返事に遅れる。
「もちろんです!期待通りのことができるかわからないですけど、時間が掛かっちゃうかもしれないですけど、やれることはやります!」
その言葉に安堵の表情を見せた父親は、涙ぐみながらも感謝の言葉を表した。
「ありがとう、ありがとう...。雫久を、よろしく頼む...。」
初めて会ったときと同じように、握手を求めてきた父親に手を差し出す。その手は変わらず、優しい”父の手”をしていた。
それから雫久との生活が始まった。とは言いつつも、すぐには変わりそうにはない。むしろ、あの出来事を知ったからこそ、関わり方に細心の注意を払わなければならない。具体的に何をしなければならないかはわからないが、過ごしていく上で何か打開策があるかもしれない。そう信じて雫久との私生活を始める。
それと同時に、コード=リンクの練習をする。脳内で会話できるように、できるだけ口に出さずに考えたことを伝える。これが簡単そうで難しい。思ったことを口に出してしまう性格では無かったが、頭で考えていることを脳波だけで伝えるのは妙に疲れる。まるで息を止めているかのように上手くいかない。ただ脳内変換するだけでなく、それを脳波とかいう目の見えないものに乗せて使うのだから、正直言って仕組みをあまり理解できていない。また、常に接続しているのが単純に辛い。まるで一日中頭に少しキツい帽子を無理矢理被っているようなもの。徐々に締め付けがキツくなっていって、最終的には精神が拒絶反応を起こし出す。なぜ他の魔女たちはこれができるのかよくわからない。本当にこれに慣れるのか心配になってきた。きちんと使えなければ、みんなに迷惑がかかるということを糧にして、努力する意思はあるものの、いつ根をあげるかわからない。そんな切羽詰まったような毎日を送った。
もちろん学校にいても、食事をする時も、入浴している時でさえ、油断はできない。寝るときだけは接続を外してくれる。次第に雫久は悪戯をするかのように会話をしてくるようになった。面白いおもちゃでも見つけたかのように、その子供心にうんざりする時もあったが、それでも諦めることはしなかった。雫久の辛い過去を知ったからには、こんなことで壊れる自分じゃない。必ずやり遂げて見せる。その決意は固かった。
気づけば、1ヶ月はとうに過ぎていた。その間に魔人関連のことは全く起きなかった。まるで何かタイミングを見計っているかのように、何の動きも見せなかった。しかし、美楽は未だにコード=リンクを完全には克服していなかった。以前よりはマシになっているものの、全く動じずに完全に慣れるという目標には達していなかった。
そして、もうすぐ例の日が近づいていた。
2095年12月7日(水) 午後4時3分
美楽はいつも通り雫久のいる中等部へ向かった。いつも通り雫久を呼び出し、いつも通り校門から帰り路につこうとしていたが、いつも通りではないことを話しかける。
(ちょっと行きたいとこがあるんだけど、いいかな?)
いつも通りでないことに驚いて、少し戸惑う雫久だったが、頷いて了承する。
(わかった。どこに、いくの?)
(それはひみつ~。)
そう言うと美楽は帰り道とは反対の方角へ歩き出す。不安がる雫久ではあったが、置いていかれないように早歩きをする。
とあるバス停で立ち止まり、タイミングよくバスが来る。それに乗り込み、見知らぬ場所へと向かおうとする。どんどん家から遠くなっていくことに不安が募る雫久は、何度も美楽に行き先を聞くが濁された回答しか帰ってこない。バスに揺られて30分ほど経った。やがて降りた場所は、既に日本区画から外に出ており、本当に見知らぬ場所に来た。バスから降りた美楽は、左手に見える山道に足を進め出した。縮こまった状態で美楽の袖をつかみながら山道を進む。どんどん高度が上がっていくことを実感できる景色が続く。恐怖を徐々に覚え始めた雫久は、袖を掴む手を震わせていた。もう12月で寒いということもあるが、美楽の後ろ姿を見てなんとか平静を保つ。
何分経っているかもわからないくらい登ったところで、突然美楽の足が止まり、振り向く。
「やっと着いた~。ほら見て!いい景色でしょ?」
そこには、人類が約半世紀で築き上げたニューヨーク市があった。ただひたすらに続く街並みが、地平線を超えて遥か先まである。日が落ち始めて、一面夕焼けに染まる街の海が広がる。その圧巻の景色に思わず口をぽかーと開けて、魅入ってしまう。雫久にとっては今までにない感動を覚えた情景だった。その顔を見て満足げな美楽は、心を込めて言葉を放つ。
「お誕生日おめでとう、雫久ちゃん。」
(ありがとう、ございます。綺麗、ですね。)
どうやらお気に召したようで、美楽はやはり来て良かったと思えた。だけど、今だからこそ言わなければならないことがあった。それは前から決めていたし、覚悟はできてる。
「それで、さ。言いたいことがあるんだけど。」
少し躊躇ってしまい、緊張とは別の何かが押し寄せてくる。それでも、なんとしてでも言いたいことがある。聞きたいことがある。
「雫久ちゃんのことは、ここ1ヶ月くらい過ごして大体はわかったつもしだし、コード=リンクも少しはマシになったじゃん。雫久ちゃんが次に何をしようとしているかも、わかるようになってさ。だからさ、家族にもあなたの気持ちをつた...」
(それ以上、言わなくて、いいです。)
遮られてしまった本心に少し戸惑うが、同時に後悔と申し訳なさを感じる。
(何が、言いたいか、わかり、ます。何が、したいか、よく、わかります。だから、その。)
脳内に聞こえている声は震えていた。そして雫久は、その重い口を開いた。
「共感、なんて、して欲しいんじゃ、ないんです。別に。あれは、私の責任なんです。私のせいで、いいんです。結果的に、お父さんは無事だったけど、私の罪は、消えないから。」
「そんなこと、家族は望んでないと思うんだ。」
「違うっ!!!」
悲壮感漂う空気を変えたかった美楽だが、雫久は心の底から叫んで対抗した。
「誰がどう思うかなんかじゃない!私は、私は自分でこの罪を背負うって決めたんだ。私が殺しかけたんだ。私の手でお父さんを殺しかけたんだ。私のせいでみんなが傷つくのなら、私は何もしゃべらなくていい!ずっと黙ってお父さんとお母さんの言うことを聞いておけばいいんだ。あの時私がちゃんと約束を守っていれば、私はこんなことにならなかったし、お父さんも傷つかなかった!お母さんにだって心配かけなくて済んだ。あの時、私は一瞬だけ真面目さを失った。その時点で、もう”水原 雫久”はいなくなったんだ。もうそこで”魔女”になることが決定したんだ。家族に秘密にして、勝手に人類の命運を背負って、意味がわからないよ。私は黙って人の言うことを聞けば、何も口答えしなかったら誰も傷つかないんだ!だから”秘匿”なんて悪性を与えられて、この世の全てをこの小さな頭に植え付けられて、何が”秘密を守る”だ。なんにも守れてないじゃんか!約束を守れなかった私のどこに秘密を守る権利があるの?どこにそんな自信があるの?本当に意味がわからないよ。こんな私が罪を許されていいわけがないよ。私だけの咎であり私だけが背負うべき悪徳なんだ!神様だけだよ、こんなことを許してくれるのは。だから同情なんていらない、共感なんてして欲しくない。ましてや一緒に罪を背負って欲しくない。だから私は喋らないんだ。だからきっと、コード=リンクとかいう都合のいい能力が発現するんだ。私は決していい子なんかじゃない。お父さんとお母さんの子供であり、子供じゃないんだ。私は私だけでこの重荷を背負って、誰にも頼らずに死ぬんだ。どうせ魔女になったからにはいつか死ぬんだ。みんな悲しむんだろうな。だけど、それは私であって私じゃない。本当の私はもういないんだ。もう帰ってこないんだ。だから、放っておいて。もう、何も余計なことはしないし話さないから。」
全ての胸の内を吐き出した雫久は、息切れをしていた。その目は虚ろで、文字通り何もない空っぽの瞳だった。明らかに、12歳の少女が背負っていい業では無かった。過剰なほど自責の念がある、それ以上の問題だった。彼女が背負っているものは想像よりも重く、外せない鋼鉄の鎖で縛られていた。過去の罪に囚われ続けた彼女は、”約束を守る”ことに対して”何も喋らない”と言う結論を出してしまっていた。その揺るぎない結論に意思が追いついてしまっているため、変えようのない事実だけが彼女を苦しめていた。
何も言葉が出てこない美楽は立ち尽くしていた。なんて声をかけていいかわからない。楽観主義で呑気に生きてきた美楽には、この連なった言葉に対するボキャブラリーが無かった。どこを探しても、完璧な答えが無かった。それでも、ひたすらに言葉を捻り出した。
「私は、雫久ちゃんの気持ちを100%理解しているわけじゃないし、慰めたい訳でも同情したいわけでも無いんだ。」
「じゃあなんで!」
震える唇で精一杯の気持ちを吐き出す。
「それでも、雫久ちゃんはお父さんとお母さんが好きなんでしょ?」
その言葉に、雫久は呆気に取られる。ずっと自分のことばかりを気にしていた。ずっと自分に対することばかりで、家族のことをきちんと考えていなかった。その発想に、至れなかった。
「その罪を背負いたいなら、自己責任だと思うならそうすればいいと思うし、喋らなくたって良い子なのは伝わるよ。でもさ、家族が好きな気持ちを忘れちゃいけないんじゃ無いかな。私は家族の思い出なんてろくに無いけどさ、雫久ちゃんには家族で幸せになって欲しいかな。だって、あんなに良い親御さんじゃない?」
夕陽を背景に、美楽のぎこちない笑顔は映えていた。その言葉に、酷く胸を打たれた雫久は、俯いて泣き叫んだ。自分の真の愚かさに、自分の本当の罪に気づいた。溢れんばかりの悲しみと涙で苦しくなる。美楽は、その小さな体を静かに包み込んだ。慈愛を含んだこの両腕で、雫久を抱き締めた。
そっか、雫久ちゃんはただその胸の内を吐き出したかっただけなんだね。
だからこそ、家族愛に気づくことができて、自分が背負うべきものを理解できたと美楽は思った。涙が止まらない雫久は、気の済むまで泣いていた。徐々に暗くなっていく空に、帰る家を忘れて2人はそこにいた。
家に帰った美楽と雫久を待っていたのは、派手な装飾と巨大なケーキ、そして家族だった。盛大に祝った雫久の誕生日会は、大成功に終わった。その日の雫久は、今まで以上に笑顔が多かった。
(ありがとう、お父さん、お母さん、おじいちゃん。それと美楽さん。ありがとう。)
心の中で呟いた言葉は、口にしなくても全員に伝わっていた。全員が理解していた。
今日は、あの日以上に忘れられない日になるだろう。
2095年12月24日(土) 午後7時36分
美楽と水原家一行は、街中に散りばめられ輝くイルミネーションと共に、クリスマスを堪能していた。厚着をしている人々は、より一層寒さを視覚で伝わらせる。そんな風景に、心を踊らせていた美楽と雫久は店の商品には目もくれず、ひたすらその輝きを眺め続けた。
「ありがとう、美楽さん。今までの、私だったら、これを、見ることは、無かった。」
「こちらこそ、雫久ちゃん。少しだけ、喋れるようになって良かったね。」
頷いて笑顔を見せた雫久は、まさに少女と呼ぶに相応しい顔つきになっていた。まだ上手く言葉を繋げていくことはできないけれど、以前よりは多く口にするようになった。家族にも、その口で言葉を伝えることができるようになって、美楽は心から嬉しく思った。
その繋がれた手は、ふたりの全てを繋いでいた。
第5話「罪を吐く」 終