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煌々の魔女  作者: フクメイ(シャフツP)
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第3話「焦土に眠る」


 声が、聞こえる。返事、しなきゃ。

 声が、出ない。答えなきゃ。答えなきゃ。

 どうして、喋れないの。どうして、目が開かないの。


 私、死ぬのかな?



 2095年10月22日(土) 午前9時38分

 召集指示が出た。今日はせっかくの休日だからと、昼までぐっすり寝ようとしていたが、コード=リンクによる雫久の声で目が覚めた。脳波を無理やり繋ぐため、やはり多少不快感がある。あと5分以内に集合とのことで、急いで支度をする。さっと顔を洗ってお茶を一口飲み、乾いた喉を潤す。学生服に着替えようと手を伸ばす。会議や魔女の活動中は、基本的に服装が自由なのが妙に緩い慣習だと改めて思う。美楽はこの学生服が一番機能性があって着慣れしていると思い、買い換えて間もない制服に身を包む。

 「よし、準備完了!えーと確か権視廟にいくときのセリフはっと...。」

 言いかけたその瞬間、いつもの声が。


 「やっぱりそうなるのね。運命は変えられない、それはあなたが一番知ってるはず…。」


 “やっぱり”とはどういうことだろう。魔女になったあの日から聞こえてくる声は、まるでこれから起きることを全て知っているかのような言葉を吐く。このことは誰にも話してはいない。魔女になった弊害か何かだと言われるのがオチだと想像できるから。みんなを信用していない訳ではないけど、このことは自分でどうにかするとしよう。

 「大丈夫、私は一人じゃないから。えっ、今私は何を言って...。」

 無意識に出てきた言葉に驚くが、これもどうせ魔女の弊害だと察して冷静になる。

 「まぁいいや、合言葉はっと...。”我らが巡悠(じゅんゆう)を看過し、蒼海(そうかい)の灯籠に通し給え”。」

 あの時と同じ感覚、無重力のような浮遊感を体全体で味わい、五感を奪われたように全てが無感覚になる。おそらく、これを今後幾度となく味わうのだろうと思うと少し不安になる。こんな非現実的なことでも受け入れられる自分は、”包括”に選ばれるのも必然だったのだろうかと察する。


 ふっと感覚が元に戻ると、唐突な重力に足がもたついてバランスを崩しそうになる。ギリギリで耐えて前方に目を遣ると、リーリヤ、雫久、アンナ、ダーシャ、シスターの5人が揃っていた。やっと来たかと言わんばかりに、リーリヤがこちらに視線を向けてくる。

 「5分ギリギリだったぞ美楽!早速本題に入るから座って頂戴!」

 はいっと元気よく返事をして小走りで自分の席に座る。一息ついてリーリヤが慎重な表情になる。

 「今回の案件はみんな知っているかどうか分からないけど、ついさっき9時32分にニューヨーク市西側近郊にある火力発電所で爆発事故が起こった。」

 えっ、と美楽は思わず声を漏らす。どうやら知らなかったのは寝ていた美楽だけのようで、知っている程で話は続く。

 「今のところ原因は不明、燃料供給をしていた訳でもなく、従業員も特に目立った操作等はしていなかったらしい。これらのことを魔人の仕業と断定できないが、現状では”異常事態”として契約主様から調査・人命救助目的で動いてくれと指示があったわ。現在も爆発は不定期に起こっているらしく、くれぐれも気を付けろとのことよ。このメンバーに召集をかけたのは、ほかでもないわ。人命救助を最優先事項とし、可能であればダーシャは多少の消火活動をして頂戴。アンナは、もし魔人やそれに関連する危機に直面した場合の主戦力として控えておいて。私と雫久で発電所周辺や内部の動向は常に警戒しておくけど、油断はしないでね。では、健闘を祈るわ。」

 一週間前にあったときのリーリヤとは真逆の真面目な態度、姿勢に驚く。これが多くの人の命を背負う”リーダー”としての責任を全うする姿かと、感心する。

 「了解した。では、私が先導しよう。雫久、よろしく頼む。」

 立ち上がったアンナは、横目に雫久を見る。それに頷いた雫久は、目を閉じた。

 途端に脳内に衝撃がくる。まともに雫久のコード=リンクを繋いだのは初のため、頭痛のような吐き気のような不快感に襲われる。思わずよろけて床に激突しそうになったところを、ダーシャに受け止めてもらう。上手く足に力が入らず、ダーシャにもたれかかってしまう。

 「大丈夫かい、美楽くん。おいおいこんな子をいきなり連れてっていいのか、リーダーさんよ。」

 心配したダーシャはリーリヤに流し目で確認をとる。

 「うーん、新人に期待しすぎた私の責任だわ。今回はここで見学しておき...」

 「や、やります!」

 またもや無意識に口が動いていた。精神的にも肉体的にも既に疲弊していると言っても過言じゃない状態なのに、美楽の口は真反対の言葉を叫ぶ。その発言に全員が驚く。

 「できます、から。だって、これも人類のため、なんですよね?」

 美楽の口は止まることを知らず。

 「で、でも...。」

 「では、私が責任を持って面倒を見よう。本人の意思、責任感を傷つけるようなことはあまりしたくない。それに、私のそばにいたら安心だろ?」

 アンナの一言でリーリヤは言葉を失ったように、わかったと肯定の意思表示をした。アンナへの高い信頼度によって一悶着は解決したらしい。だが、美楽の体調は依然何も変わっていない。無責任のような言葉を連ねてしまった美楽は後悔していたが、それよりもどこから湧いて出てきたか分からない謎の決意を不思議に思う。

 「美楽くん、これを飲みたまえ。少しは和らぐはずだ。」

 目の前に差し出された試験管に多少躊躇うが、震える手でそれを掴んで口をつけないように一気に飲み込む。

 「それでは、今から現場に向かう。リーリヤから受け取った座標に飛ばしてもらい、そこから作戦開始だ。全員、備えてくれ。」

 ダーシャから貰った薬で若干不快感が軽くなった美楽は、辛うじてその足でしっかり立つことができた。

 次の瞬間、例のワープが始まった。今から「魔女」としての活動、いや人生が始まろうとしていた。そう実感した。ここまで自分の性格が裏目に出るとは、今更思い知った。昔は、いじめを受けようが何をされようが平気で知らないフリをしてきた。それが自分の信条であり性格だったから。でも、こんなことになるなんて思いもしなかった。本当は、人類の命運なんてかけられても困るし、平凡な日常を一生涯送りたかった。今、私は初めて自分に”後悔”した。初めて自分に”うんざり”した。

 でも、正直言ってそんな平凡な日常を過ごしていて良かったのだろうかと少し思う。少し刺激がないとそれこそ人間じゃ無くなってしまうような気がして。”魔女”、本来は人から忌み嫌われるような存在が、今こうして人の見えないところで死に物狂いで戦っている。人のために、自分のために戦っている。


 そんなのも、悪くないのかな。


 ようやく着いたと思ったら、唐突な熱風に肌が焼けるような感覚になる。目の前には燃え盛る火力発電所のようなものが聳え立っている。まだ小規模な爆発が起こっているようで、すぐ前方にパイプの残骸らしきものが落下してきて、甲高い金属音を鳴らして地面を跳ねる。

 「想定よりも酷いな。ここからはあまり散開せず、生存者の救助を開始する。各自、自分の命を最優先で行動してくれ。では行くぞ!」

 アンナの号令により全員覚悟を決め、頷く。

 「美楽、君は私の後ろにいてくれ。離れるなよ。」

 「は、はい!」

 一番信頼できるその背中についていく。まるで、空の刻と対峙したあの時のような感覚になる。純白の鎧から溢れる安心感、そして勇気を具現化したかのような凛とした声。それらに惹かれるように、美楽たちは燃え盛る発電所へと向かった。


 「予定通り...。」

 不穏な影は笑みを零して、姿を消した。



 所内は外見よりも酷い有様だった。金属の焼け焦げたような異臭が充満し、まさに地獄絵図と言わんばかりの光景。これを見てしまっては、本当にこの中に生存者はいるのかと疑問に思う。この業火では助けを求める呻き声すらも掻き消えてしまう。

 「では作戦通り、ダーシャは行く手を阻む小規模な炎を消火、シスターは負傷者を発見次第早急な手当てをお願い。ただし、既に息絶えている人は外の安全な場所へ運んで、あとは現場の判断に任せる。周囲の警戒は引き続き行うわ。」

 「了解。」

 脳内に聞こえたリーリヤの指示通りに動く。まずは負傷者の発見。

 「じゃあ全員、この薬を飲んで。暑さを軽減できる。」

 渡された試験管をまた少し躊躇しつつも、グイッと飲み込む。全員飲んだのを確認して、進みだす。

 ダーシャが次々と消化剤を周囲に撒いていく。この規模では、少しの消火ぐらいでは炎は治らずにやがてまた業火に晒される。熱風や異臭のこともあり、時間との戦いが強いられている。そう、”自分の命”が最優先であることは忘れてはいけない。

 ダーシャを先頭にして、アンナ、美楽、シスターと続いていき、負傷者を探す。

 「誰かいますかー!可能なら返事してくださーい!」

 久しぶりに大声を出したと実感した。美楽の声に反応してくれる声はない。繰り返し負傷者への応答を乞うように叫ぶ。リーリヤの指示通りに、地図なしでは迷うであろう広大な発電所内を駆け巡る。

 「そこの廊下を直進して、突き当たりを右に行けば階段がある。構造的にはもう2箇所があるけど、そこの階段は広いから避難しやすい。あとエレベーターは案の定壊れてて使えない。基本的にはその階段を使うわ。2階に行ったら広い空間に出ると思う。そこが一番危険なとこ。燃料タンクに最も近い部屋だから気をつけて。でも、この状況だとそこに従業員がいる可能性は高い。素早く且つくまなく捜索して。」

 リーリヤの指示は常に脳内を走り、それに合わせて美楽たちは真剣な眼差しで救助活動をする。

 やがて、先程言われた大きな空間に出る。燃料タンクに近い。それだけでいかに危険なことをしているかを実感する。でも、これは”宿命”だから。やらなければならないこと。

 「誰かいますかー!いたら返事し...」

 「たす、、け、、てくれ、、え。」

 微かだが、燃え盛る中から苦し紛れの男性の声が聞こえた。声がした方向に向かうと、大火傷を負っている重傷者がいた。大きく目を開き、驚きつつも駆け寄る。

 「大丈夫ですか!?シスターさん!負傷者いました!こっちです!」

 すぐにシスターに知らせ、シスターに治療してもらう。

 「もう大丈夫ですからね。安心して目を閉じておいてください。すぐに助かりますから。」

 「あっ、、ちに、も、、、なかま、、が、、、」

 「えっ?」

 治療中の男性は、おもむろに指をさして呟いた。どうやら他の従業員の居場所を知っているらしい。

 「美楽ちゃん、アンナさんたちに伝えてきて!もしかしたらまだ多くの生存者がいるかもしれない。」

 「わかりました!」

 事態の緊急性を改めて実感しつつ、険しい表情で動き出す。アンナたちに状況を知らせ、すぐさま救助に向かう。

 「じゃあ、私と美楽くんで救助に向かうから、アンナくんは退路の確保をしておいてくれないかい?」

 「了解した。くれぐれも何かあれば知らせてくれ。」

 「わかった、頼むよ。」

 アンナは帯刀していた双剣を抜くと、壊れて外界が見える場所に立ち、下の地面に向かって刀身を振る。すると、透明に煌めく氷が地面へ軌跡を描いていく。この燃え盛る炎の中でも、その氷は溶けるような素振りを見せず悠々と固定されている。緊急脱出用の滑り台が完成した。それを見て感嘆を漏らすが、それどころではなかった。ダーシャと共に情報を元に救助者の捜索を急ぐ。

 向かう途中、天井で何かが動くような音がした。ふと見上げるが、そこには何もいない。今確かに崩れゆく壁の音とは別の音がした。しかし、天井付近のパイプが一本だけ微かに揺れていた。

 「どうしたんだい!急ぐよ。」

 「は、はい!」

 今はそんなことに気を取られている場合じゃない。負傷者を探さなければ。


 発見した負傷者は13名、死者は3名。現在まで発見した重傷を負っていた者は、全てシスターによって一命を取り留めるまでの治療を施して、所外へ避難させた。死体も同様に、所外へ一時的に脱出させておいた。残るは管制室のみだが、ここまでのことで不審な点はいくつかある。それについて、管制室に向けて走りながらアンナが言葉を溢す。

 「やはり何かがおかしい。もう救助活動を行いだして10分以上は経つが、大規模な爆発が起こる気配がない。それどころか、木製の建造物でもないのにここまで炎が留まっているのもおかしい。」

 「それは同感だわ。私と雫久が計算した通りならもうとっくに爆発は起きているはず。それに、あれだけ外観が酷かったわりに内部はまだ原型を保っている。管制室が残っていると命令した私が言うのもあれだけど、まだ建物上部が残っているのは不思議でならないわ。部屋や廊下が焼け落ちている箇所はそんなに多くないし、何より死体が少なすぎる。爆散して見つかりませんならわかるけど、建物がここまで無事な癖に人影が少ない。これは奴らの仕業だと怪しんでもおかしくないわね。」

 アンナとリーリヤの言葉に同意する。これらのことはまさに”普通”ではない。

 「”炎を操れる魔人”いてもおかしくないわねぇ。」

 シスターが”魔人”と言う言葉を発すると、全員に緊張が走る。美楽にとっては初陣の今回で、いきなり魔人という大勢の魔女を屠ってきた上位存在に出会うのは、運が悪いというべきか”宿命”というべきか。

 「何にせよ、もし魔人と接敵した場合はダーシャが他の2人を連れてここからすぐに逃げ出せ。後は私がどうにかする。」

 アンナのその言葉には一片の曇りもなく、覚悟を決めた自信に溢れていた。

 「頼りにしてますよ、”歴代最強の魔女”さん?」

 ダーシャの発言に少し引っかかる。アンナが強いことは理解していたが、いまだその本気を見たことがない。その思考を遮るように一行は管制室に到着する。

 「警戒を怠るな、負傷者を発見次第即座にここから離脱する!」

 その瞬間、床が崩れる。今になって発電所の崩壊が始まる。呆気にとられていた4人は重力にしたがって落下していく。このままでは全員重症は免れない。

 「なに!?全員衝撃に備えろ!私が道を...」

 「私に任せてください!何とかやってみます!」

 美楽は覚悟を決めた。やったことはない。でも、もし成功したら全員は助かる。自分はどうなるのか分からないが、やる価値はある。どうせこれから命の綱渡りをして行かなきゃいけない。いつでも死んでやるという思いで、歯を食いしばる。

 「美楽!なにをするつもりだ!」

 うつ向きに落下していることを利用し、両手を権視廟でやったように前方へ向けて手のひらを広げる。徐々に近づく地面。もうそんなことへの恐怖はない。できもしないことへの謎の自信。こんな状況でも笑みが溢れるほどの余裕。必ずできる、自分ならできると懸命に鼓舞する。

 「いっけええええええええ!!!」

 両手から白い蒸気なようなものが出てきて、徐々に落下スピードは落ちていく。しかし、それだけのエネルギーが美楽の両腕に集中する。骨折するかのような激痛が襲うが、名一杯歯を食いしばる。骨折が何だ、折れたってシスターさんが直してくれると安直な願いを抱きながら、迫りくる地面を睨み付ける。そして、やがて全員はゆっくりと地面に降り立った。

 「おいおい、美楽くんやってくれるじゃないか!期待通りの活躍をしてくれたなリーダーさんよ。」

 「さ、さすが!私の見込んだだけあるわ!」

 みんなが称賛の声を上げる。その目には輝きが籠もっていた。

 「よくやってくれた。私の力では自分だけが助かるか、全員が多少の衝撃覚悟の上だったが、、、待て、その腕は!」

 アンナが覗き込むように見た視線には、青ざめて内出血しているボロボロの美楽の両腕があった。美楽の呼吸は若干不安定で、焦点が定まっていない。震えることすらしていない両腕は、ぷらぷらして生気を持っていなかった。その様子にアンナは驚愕し、息を飲み、叫ぶ。

 「シスター!今すぐ治療だ!早く!」

 直後、美楽の腰が抜け落ちる。ギリギリでアンナが受け止め、耳元で優しく呟く。

 「無理をさせてしまった。すまない。しっかり休んでくれ。」

 駆け足で来たシスターに事情を伝え、安堵していた空気はすぐさま切り替わる。

 「アンナとダーシャは、美楽の腕が治るまで周囲の警戒!頭上から降ってくる破片に気をつけて!」

 「了解!」

 アンナは氷の双剣を抜刀し、ダーシャは両手の指に3本づつ試験管を挟み、臨戦態勢に入っていた。

 視線が定まらない美楽は、自分が治療されていることは実感できていた。自分の腕にシスターの手のひらが覆いかぶさり、緑色の光を輝かせながら、腕の痛みが徐々に引いているのがわかった。意識はまだある。シスターの心配そうな顔は見えるし、後方でアンナたちが警戒しているのも背中で感じられる。それでも尚、美楽の脳は正常に処理してくれない。虚ろというか、朦朧というか、不思議な感覚に満たされる。


 「”自分の命”が最優先。あなたが無理をしなくても、誰かがやり遂げてくれる。あなたの体はあなたのもの。」


 その声を聞いた瞬間、正気を取り戻す。瞳孔がきちんと開き、焦点はいうことを聞くように上下左右動く。なぜか分からないが、声帯もきちんと音を発してくれる。

 「シスターさん...。ありがとう...ございます。」

 「っ!?よかった!ちゃんと元に戻ってくれましたのね。でもまだ腕は治ってないから、動かしちゃダメですよ。」

 「はい!あいたた。」

 まだ腕に痛みは残っているものの、意識は完全に取り戻した。後は、ここを無事に脱出するだけ。

 「アンナさん!美楽ちゃんが意識を取り戻したわ!後少しで治るから、すぐに脱出しましょう!」

 「わかった!退路は私が開こう。...待て、何だこの音は。」

 突拍子もなく聞こえてくる重低音。まるで雪崩のような土石流のような、嫌悪感を抱く音が聞こえる。ゴゴゴと何かが迫ってくる。アンナとダーシャが身構えた。途端にリーリヤから叫ぶように指示が来た。

 「3時方向!大量の炎が迫ってきてるわ!避けて!」

 指示された方角を見ると、地獄の門が開いたかのような爆炎がこちらに向かっていた。この世の全てを焼きつくさんとして闊歩するその炎は、迷わずアンナたちへ直進している。咄嗟にアンナは剣を納刀し、右手を思いっきり炎の方に向け、叫ぶ。

 「展開っ!!!」

 アンナが叫んだ瞬間、その純白の鎧が光り輝いた。すると、突き出した右手から炎は避けるように直進し、後ろにいた美楽たちの周りを迂回した。裂かれてゆく炎は、まるでアンナの威圧感に負けて逃げ彷徨っているかのよう。永遠と迫りくる大量の豪炎を全て受け切るかのように、アンナの目は鋭く、覚悟と決意に満ち溢れていた。ここで防がなければ、全滅は免れない。そう思っている内心、これくらいのものであればいとも容易く受け流し切れると、心の余裕を保っていた。

 やがて炎の大軍はパタリと止んで、美楽たちの周囲を焼き焦がしていた。右手を下ろしたアンナは、息切れ一つもしていなかった。

 「やはりこうでなくっちゃなぁ?魔女さんよ。」

 ふと響き渡った男の声に全員が警戒する。四方八方から声が残響して聞こえてくるため、相手の居場所が掴めない。

 「誰だ!」

 「残念だが名乗る気はなぁい。お前らじゃなくて”人間”に覚えて貰わなきゃ調子に乗れないからよぉ。自分たちの無力さに嘆いて、無様に焼け落ちていく肌を見てぇんだ。」

 この残忍な思考、そして魔女と人間と区別できていることが何よりの証拠だった。”魔人”だ。しかし、空の刻ではないのは確かということしか情報がない。

 「そうか。では、粛清する。」

 「ふっ、やれるもんならやってみなぁ。この場所がどこかも知らないで、無闇に攻撃しようってかぁ?」

 その言葉につられて、周囲を見やる。そういえば、落下してきてから燃え盛る炎で周りの状況を掴めていなかったが、現在地が分からない。閉鎖空間ではあるから、外ではないようだ。嫌な予感がしてきた。そう考えていると、なぜか急に炎の群れが勢いを失くしていき、やがて金属の塊が顕になる。それを見て、全員に戦慄が走る。

 「今更気づいたってもう遅ぉい。」

 そこには、まだ焼け落ちていない燃料タンクが聳え立っていた。憎き魔人の顔すら拝むことは叶わず、名称すら知り得ない。その薄ら汚い笑い声だけが響いていた。

 アンナは必死に考えた。この量の燃料が爆発すれば、自分の鎧が耐えられるかどうかも怪しい。それに、後に3人が控えているとなるとさらに厳しい。美楽の治療はまだ完全じゃないし、何よりこの衝撃を全て吸収できたとして本人が無事であるはずがない。やはりここは、自らが犠牲になってでも、最大出力で対抗するしかない。

 アンナは、氷の双剣を微粒子に変えて消し、アレを取り出そうとした。だが、目の前に唐突に現れた人影に思考が止まる。

 「終いだ、魔女さんよぉ。」

 次の瞬間、大爆発が起きた。しかし、アンナは変えようとしていた武器を取り出せていなかった。

 なぜなら、目の前に美楽が両手を広げ、立っていたから。




  どうして、あなたはそうやって他人のために犠牲になれるの?


    自分が傷つくのは別にどうでもいい。でも、誰かがが傷つくのは嫌。


  それで自分が他人を守れない体になったら意味がないと思わないの?


    思わない。今私が誰かを守った。その事実だけで私は満足だから。


  嫌だな、その言い方。本当にいつまで経っても変わらないのね。


    私は昔から変わってないよ。


  それは本当に昔のことなの?あなたはこうやって、私と話ができているでしょ?


    どういうこと?あなたは誰?


  私はあなた。過去のあなた。あなたが知りもしない別のあなた。


    それはどういう...


 その瞬間、全てが途絶えた。



 声が、聞こえる。返事、しなきゃ。

 声が、出ない。答えなきゃ。答えなきゃ。

 どうして、喋れないの。どうして、目が開かないの。


 私、死ぬのかな?


 まだ、死にたくないな。

 まだ、”守り足りない”な。



 美楽はゆっくり目を開けた。まるで1年ぶりに日を浴びたかの様に、眩しかった。視界の隙間から、白い天井が見えた。少し息苦しい、口元に何かついている。ピッピっと電子音が規則的に聞こえる。首をゆっくり左に動かすと、白い透明のカーテンが風に乗り棚引いていた。右を見ると、見知った顔の人物が居眠りしながら座っていた。それを見て心から安堵し、思わず声をかける。

 「リーリ...ヤ...さん...。」

 声にならない声だったが、その人には届いていた様だった。

 「う...んん~。あっ、美楽!大丈夫!?どこも痛くない!?」

 「だい、じょうぶ、だよ。」

 「よかった~。他のメンバーにも、無事目覚めたって伝えておくわ。」

 安心したリーリヤは、見たこともないほど顔が和らいでいた。まだそこまで、出会って間もないけど。リーリヤは、席を立って部屋の隅へと向かった。左手を耳にあてて誰かと会話している。おそらく雫久に事情を伝えて、各メンバーに間接的に伝達するつもりだろう。会話が終わると、リーリヤは矢継ぎ早に部屋の出口へと向かった。

 「看護師さんたちに目覚めたって伝えてくるから、ゆっくりしていて。」

 颯爽と出て行ったリーリヤの背中を見送ってから、部屋全体を見渡す。看護師、ここは病院だった。あの時から記憶が飛んでいる。あの後自分がどうなったのか、魔人を倒したのか、どれくらい時間が経っているのか、何も情報はないが、とりあえず今はリーリヤが帰ってくるのを待とう。そう思って、美楽は深呼吸した。


 まだ、”生きている”ようだ。




第3話 「焦土に眠る」  終


第2章 秘匿  開幕



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