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煌々の魔女  作者: フクメイ(シャフツP)
3/11

第2話「再演」


「人間なんて...不必要......あなたの守るものは...そんなもの......それでいいの?」


   聞きたくない。


「あなたの良心には、苦労したわ。」


   行かないで。


「頼む、これはお前のためなんだ...。だから、許してくれ...。」


   嫌だ。嫌だ。お願い。

   どこにも、行かないで。

   どうして、置いていったの。


 はっと目が覚める。ここ最近ずっとこうだ。怖い夢を見る。嫌な夢を見る。朝から走り込んだかのように、心臓が小刻みに鼓動し、少しだけ頭痛もする。最悪の目覚めにうんざりしつつ、重い体を持ち上げベッドから降りる。浮かない顔で洗面台に向かう。

 冷たい水を顔に押し当て、体全体にもう朝だと伝える。改めて鏡で自分の顔をまじまじと見つめる。至って平凡な顔。以前よりも少し痩せたような気がしつつ、頬に手を当てる。ふと、あの言葉を思い出す。

 「皮肉にも私と同じシルエット…。これが俗にいう”宿命”ってものかしら…。」

 自分と見た目が瓜二つの少女。今となっては、異様な不気味さを醸し出す謎の存在。そんなことが思い浮かんだせいか、瞬きをすると鏡にその少女が映し出される。驚きのあまり、目を大きく見開き、うっと声が出る。しかし、そこにはもうその姿はない。やはり、もう自分は”生贄”になったのだと確信した。

 夢は見たこともない景色を映し出す。まるで今まで経験したことのフラッシュバックかのように平気で見せてくる。夢だけでなく、朝から体調不良にさせてくることにも不満が募る。全ての原因は「魔女」になったあの日、一週間ほど前に遡る。未だに信じがたい出来事だったと振り返る。



 「ようこそ、”権視廟”へ。今より君は我々と同じ”魔女”となる。心から歓迎するよ。」

 一番奥に座る少し小柄な少女が口を開く。その表情は、美楽を快く受け入れんとばかりに優しく微笑んでいた。全くもって状況を飲み込めない美楽は、立ち尽くすばかりで、何から話せばいいかよくわからない。開かない口は静寂を生み出した。

 「まあ、そんなに硬くならなくていいわ。あなたの席は決まっている。ここに座ってくれる?」

 少女は自分の席の右前方に手で合図する。美楽はその席に向かおうとするが、足が全く動かない。この足を前に出す、その動作すらままならない程、右足は拒絶する。本当に進んでいいのかと、自問自答している節もあるが、右足は木偶の坊になったまま。その時、視覚情報が遮断され、脳内にとある声が響く。


 「それ以上進めば、あなたもあなたの人生も”普通”じゃなくなる。魔女という”ガワ”に書き換えられて、本来あなたが過ごしたかった生活とは程遠いモノになってしまう。万物を飲み込むあなたは、いずれその身体を保てなくなって自壊し、自分も大切な人も守れない。そして、崩壊する身体と世界を眺めながらバッドエンドへと向かう。それでもいいなら、その足を進めなさい。”生贄”になりたければ...。」


 自分であって自分ではない声。焦燥感を含み、それでいて寂しそうな声。視界が戻っても、動かない足の状況は変わっていなかった。ふと、背中に優しく手を置いてくれた存在がいた。右を見ると、騎士は屈強な雰囲気とは似合わずぎこちない微笑みをしていた。その表情を見ると、美楽の中にとてつもない安心感が生まれ、右足は歩み始めた。

 進み始めた両足は止まらない。さっきの謎の声に聞いていないふりをして、覚悟を決めて進んだ。自分の席へ向かう途中、座っている3人の後ろを通った。

 一番手前の人は舌打ちをして横目でこちらを睨んできたのを、愛想笑いで躱した。その次は、まるで教会のシスターのような修道服を着た女性。優しく包み込まれるような微笑みで歓迎し、前の人とのギャップに少し困惑した。その次は白衣を着て眼鏡をかけている研究者のような人。こちらに見向きもせずに俯いて退屈そうにしていた。そしてその横には誰も座っていない座席があり、左前には一番奥に座っていた小柄な少女がいた。ふと目があったが、少しにやけたその顔は変わらない。目の前の物々しく荘厳な雰囲気を醸し出していて、質素で派手ではない椅子を見て少し躊躇する。一旦深呼吸をして、その椅子を引く。

 瞬間、脳内に流れてくる見たこともない記憶。今まさに目の前で起こったかのような凄惨な記憶。耐えがたいその出来事に吐き気を催すが、美楽の心はそれに反してその事実を認めるかのように、落ち着いていた。

 さっき聞こえて来た自分の言葉を振り返る。”生贄”と言っていた。確かに、ここまで異様なことが起きれば、”そう”なったのだと思わざるを得ない。後悔しつつも、自分は覚悟して歩みを進めたのだと言い聞かせる。もう一回深呼吸する。

 「”生贄”の気分はどう?気持ち悪いでしょ?大丈夫、わかってるから。」

 突然の前方の声に驚愕する。偶然か否か、”生贄”というワードが重なる。それに、何か心を見透かされたような不思議な感覚に陥る。

 「じゃあ、さっさとこの状況を説明してしまいましょうか。」

 なんだろう、この感覚。この少女には心を委ねていいと思えるくらいの、安心感と親近感がある。

 「私たちは”魔女システム”と呼ばれる人類守護組織の生贄になった者たち。”魔女システム”ってのは2045年事件をきっかけにできた、人間社会を守護する、軍隊とは違う組織のこと。守護するとは言っても、ヒーローのような表立ったものじゃなく、基本的には秘密裏に行動するんだけどね。」

 「人間社会を守護する...。え、私がですか!?」

 「大丈夫、何も生身で戦えってわけじゃないから。」

 「それはどういう...。」

 今から重要なことが言われるかのように、少女は一呼吸おいた。

 「私たち魔女には、それぞれ”悪性(さが)”といわれる特殊な能力が与えられ、それを駆使して人間社会を守護する。簡単に言えば、人間が有する悪徳に擬えた能力で私たちは人間を守る。まるで皮肉めいた物を感じるけどね。そして、その悪性に沿った過去や異常な人柄の人物が選ばれる。”魔女”とついている通り、女性しか選ばれない。あと、私たちには一人ずつ1~9までナンバリングされていて、あなたは3。それと、各魔女ごとにも通称というか、真名なるものがあるから。ちなみにあなたはヴィーナ。これらは覚えといてね。」

 いきなり大量の情報が入って来て、少々混乱する。悪性?特殊能力?私は3?とりあえず、話の続きを聴く。

 「まあ、とりあえず自己紹介した方が早いかもね。」

 そういうと少女は、勢いよく立ち上がり、その拍子に重めの椅子が床との摩擦で重低音を響かせる。右手を胸に当てて自慢げな態度をとる。

 「私の名前はリーリヤ。第1の魔女・カーテーン、悪性は”自己愛”。この”魔女システム”の偉大なるリーダーよ!魔女システムが誕生した時から、悪性”自己愛”はこの枠でリーダーと決まっていて、私は6代目。基本的に私は戦闘はできなくて、大抵”ココ”から作戦の指揮をするわ。残念というべきか不幸中の幸いともいうべきか...。”自己愛”の能力は記録改竄。あ、記憶は書き換えたりしないから安心してね。」

 さっきまでの少し神妙で意味深な雰囲気とは打って変わって、ドヤ顔で早口になる。

 「始まった...。」

 隣に座っている白衣の女性がうんざりした顔で呟く。しかし、リーリヤの饒舌は止まらない。

 「記録改竄は主に書物や人工物が対象よ!単純に本の内容を書き換えるだけじゃなく、建造物とかに被害があった場合の修復もできちゃう優れた能力!なんなら、もし人に被害があった場合はそれさえも無かったことにできるから、秘密裏に動く我々と相性抜群!でも、戦闘力は皆無だから、基本的にはココから作戦の指示や戦況を伝える役割に徹するわ。本当はもっとド派手に華麗に戦場を舞いたかったけど、この能力でも役に立っていると実感しているから構わない!...よろしくね?あと、リーリヤって気軽に呼んでもらってもいいわ。」

 話が終わったと同時に、リーリヤはこちらをむいてウインクをする。思わず乾いた笑いをしてしまう。自分のことになると饒舌になって熱くなってしまうらしい。

 「次の人は...自分で喋れる?」

 リーリヤは美楽の向かいの席に座っている少女に声をかけた。その少女は、手元の小説からゆっくり視線を上げ、美楽と目が合うとすぐさま読んでいる本で顔を隠し、首を横に振った。その様子を見たリーリヤは、ため息をついて引いていた椅子に座った。

 「その子は訳あって人見知りで、あまり喋らないの。代わりに私が説明するわ。」

 顔を隠した少女は、少しだけ顔を出して美楽の様子を伺っていた。

 「彼女の名前は水原(みずはら) 雫久(しずく)。第2の魔女・トクマハ、悪性は”秘匿”。彼女も私と同じで非戦闘員。彼女の能力は二つあるわ。一つは完全記憶。自分が見たもの聞いたもの、体験したこと、全てを忘れずに完全に覚えているというもの。もう一つは、”コード=リンク”っていう他人と脳波を繋いで、思考や情報を共有する能力。これはとっても役に立っているわ。私と雫久が安全圏であるココにいて、地上にいる他の魔女たちに指示ができる優れもの。ただし、雫久は”秘匿”という悪性が故に、その脳内に未知の情報が膨大に集約されているわ。だから、初めてリンクした時や過度の情報共有を行った時は、その情報たちが自分の脳内に流れ込んできて強烈な不快感や精神崩壊を味わうことになるから注意してね。」

 さっきの自分の紹介とは打って変わって、落ち着いた様子で喋っている。

 「私たちの、知らないこと...。え、さらっとここが安全圏だって言ってたんですけど、そういえば、ここはどこなんですか?」

 水原 雫久という少女がとても優秀ということは十分理解できたが、今いるこの場所について聞くのを忘れていた。

 「さっきも言ったけど、ここは”権視廟”。地上からは遠いどころか、時間も空間も繋がっていない場所。完全に”魔女”だけが出入りできる部屋みたいなものね。基本的に重要なことはここに集まって話し合うわ。今回のあなたのような新入りが入った時みたいにね。」

 「へ、へぇ~。すごいところなんですね。」

 美楽の発言に、リーリヤは少し眉を顰めた。

 「やっぱりあなた、”包括”らしい言動をするわね。」

 「えっ?」

 さっきまでとは違った重い声色が聞こえてきた。

 「今のであなたが本当に魔女に相応しいかが分かったわ。これだけの情報量と、一般人からしたら意味不明な集団を目の前にして、そこまで落ち着いて処理できるのはあなたぐらいだわ。”包括”の悪性を持つ、芦花 美楽さん?」

 いきなりの雰囲気の変わりようと自分への言葉に息を飲む。この部屋にいる全員が自分を見ている。実際に振り向かなくてもわかるほどの威圧的な何かを感じる。包括?私の悪性?確かに、私はなぜかこの状況を理解して容認している。自分がこれからどうなるのか、地上で何が起こるのかを考えずに、この場のことを異様だとは思っていない。むしろ懐かしさを感じる。初めて来るはずの場所に、なぜか心と体は馴染んでいる。この謎の感覚に見覚えが、ある。

 「あ、別に不快だとか気味悪がってるとかなんかじゃないからね?なんか雰囲気悪くしちゃってごめんなさい。あなたに確認したくって。」

 元の声色に戻ったリーリヤが軽く謝罪をした。

 「いえいえ、私こそ軽率な発言をしてしまって。それで、私の悪性ってどういうものなんですか?」

 「それはあなた以外知らないわ。ただ、予想はできる。アミ、その子にぶつけてみて。」

 すると、自分と同じ側に座っている、さっき美楽を睨んできた”アミ”と呼ばれた人が、見向きもせずにこちらに左手の人差し指を向けて来た。その瞬間、何か黒く禍々しい針のようなものが美楽の方へ真っ直ぐ飛んで来た。突然の出来事で、高速に動く謎の物体を躱す余裕がないために思わず両手で防ごうとした。

 瞬間、ぐにゅう、と聞いたことのない変な音が鳴ったと思ったら、飛んできた物体は自分に当たらず消えていた。

 「あったり~。あなた結構優秀な能力持ってるじゃない。」

 何が起きたか訳もわからない自分を横に、予想が当たったリーリヤは一人浮かれていた。

 「い、一体何が...!?」

 「あなたの”包括”の能力は、攻撃の吸収と放出、かな?多分、今吸収したエネルギーを放出できるはずだけど。アンナ...あぁ、あなたを助けてくれた人にやってみて?」

 そう言われても、やり方もわからないし、自分が思った通りにその”エネルギーの放出”ができる訳じゃない。とりあえず、まだ着席せずに同じところに立っているアンナに向かって両手の平を向けて、力を入れてみる。しかし、何も起きない。

 「うーん、上手くできないか~。まぁまだ慣れてないだけだろうし、追々身に付けるってことで。じゃあ自己紹介に戻ろうかしら。アンナ、自分の席に座ってくれるかしら?」

 「了解した。」

 そういうと、180cm以上はあろう長身のアンナが歩き出し、その光景に息を飲む。歩きながら純白の鎧を粒子に変えて、その下に来ている黒いインナーが顕になる。同時に、シルエットが少し細くなったことで綺麗で長い青髪が宙にたなびく。整った顔立ちは男顔負けのハンサムであり、鋭く且つ優しさを含んだような瞳は何か惹かれるものがある。まさに真の”美”を体現したかのような姿をしていた。

 自分の席に座ったアンナは、深呼吸をしてその瞳で美楽をまじまじと見つめて来た。

「私はアンナ・レオ・フェルディナント。気軽にアンナと呼んでくれ。第4の魔女・チェーシード、悪性は”正義”。能力は、手に持ったモノの使用方法を瞬時に理解し、使いこなせるというものだ。私は主に武器や武具に対してこの能力を使っている。そのため、現在使用できる武器は100種類以上、鎧はさっき装備していたものを愛用している。無理矢理戦闘に特化させている、という感じだ。よろしく頼む。」

 「よ、よろしくお願いしますっ!」

 美楽は助けてもらった感謝の気持ちを込めて、立ち上がって深々と頭を下げた。それに嫉妬したのか、リーリヤは少し不服そうな顔をしている。その様子だけで、自己中心的というか自意識過剰な性格が垣間見える。そこに、軽薄な野次が飛んできた。

 「おいおい、新人さんよー。アンナに媚売ろうたって俺が許さねえぞ。」

 ふとアンナの左隣に座っている人物が声をあげた。両腕を背もたれにかけ、足を組んでだらしない姿勢で美楽に睨みをきかせてきた。その緋色の瞳と目があった瞬間、全身に悪寒が走り鳥肌が立った。まるで自分の内側を覗かれているような感覚に陥り、下手に動いたら殺すと言わんばかりの殺気に固まってしまう。爪先から頭頂部まで舐め回すような視線に不快感を覚えるが、体は反応できず死を悟ったように怯える。

 「新人いびりはやめろ、ティフレット。今は大人しくしておけ。」

 途端に悪寒などがなくなり、全身から重圧が消えていった。

 「ちぇっ、わーったよ。」

 アンナの怒気を込めた発言に、ティフレットと呼ばれた人物は睨むのをやめ、目を瞑った。と同時に、疲労感が全身を潰すかのように伸し掛かってきた。数十秒息を止めていたかのように苦しくなっていた肺は、一気に酸素を求めた。プレッシャーとも言い難い謎の”圧”に若干の恐怖を覚えた。

 「すまない、彼女はいつもこうなんだ。許してやってくれ。」

 新人いびりをした本人ではなく、アンナの口から謝罪の言葉が出てくることが意外だった。とりあえず、このティフレットという人物は厄介者だということだけは分かった。そう考えていると、ティフレットはおもむろに席を立った。

 「なーんか気分乗らねえから、俺の紹介は割愛してくれ。んじゃ、散歩にでも出ていくかな。」

 「こらー!待ちなさいティフレット!待ちなさーい!待ちなさいってば!」

 リーダーであるリーリヤを無視して歩みを止めないティフレットは、そのままドアに手をかけ部屋から退出していった。

 「まったくもうー!」

 漫画でよく見る”ぷんぷん”と効果音が出るような起こり方をするリーリヤを横目に、アンナは少し不安そうな顔をしていたのを見て見ぬふりをした。

 「まぁ、あいつと気が合わないと分かっただけでも幸いだ。肝に命じておくんだな。」

 おそらく次に自己紹介を始めるであろう白衣の女性が美楽に諭し、言葉を続けた。

 「じゃあ私の番かな。私はダーシャ。第5の魔女・ガブラハ。悪性は”慷慨(こうがい)”。北アメリカ圏アメリカ区画で医学薬学の研究をしている。幸か不幸か、私の能力はいかなる薬でも瞬時に調合、作成、服用ができる。特に話すことはない。これからもよろしく頼むよ、芦花 美楽くん?」

 意味ありげな笑みを浮かべてこちらをチラッと見てきたが、それに愛想笑いしかできない美楽であった。

 「では、私も研究したいことがあるから先に帰らせてもらうよ。」

 自己紹介が終わると同時にまたもや椅子が床と擦れる音が響き、カツカツと甲高い靴音を鳴らして何も言わず部屋から出て行った。残っている6人はいっときの静寂を味わい、それを断ち切ったのはリーリヤの大きなため息だった。

 「何よ、可愛い後輩が入ってきたのに無愛想だなぁ二人とも。なんかごめんね?こんな微妙な雰囲気の歓迎会で。」

 申し訳なさそうな声と表情で美楽を見てきたが、いえいえと謙虚な姿勢を貫くことしかできない。

 「第6はさっきあなたをいじめてたティフレット。割愛しろっていうから別にいっか。じゃあ、次お願い。」

 「はぁい。私ですねぇ。」

 一つ空席を挟んで美楽と同じ側に座っている、修道服を着た女性が返事をした。すると、立ち上がって美楽の方に向き直った。

 「私はシスター・サピエンチア。第7の魔女・ニーザック。悪性は”寵愛”。能力はシンプルで心身の治癒、回復です。基本的には作戦の後方にてサポート役として立ち回らせてもらいます。また、ヨーロッパ圏ドイツ区画でプロテスタント教会のシスターをしております。多くの宗教が混在するこのニューヨーク市で、他の教えを認めるのも現在の状況ならば必然のこと。皆様の幸福と安寧の永続を心から祈っております。どうぞ、よしなに。」

 軽く会釈をしたシスターは、満面の笑みでこちらを歓迎している。その立ち振る舞いから、まさに”聖人”とも呼ぶべき人柄だと確信した。ゆっくりと椅子に腰掛ける動きひとつひとつまでが清廉さを纏っていた。

 「今のところ、あなたが魔女に慣れるまでのお世話係は、彼女とアンナが面倒を見るから。しっかりいろんなことを教わりなさい。」

 「はい!不束者ですが、よろしくお願いします!」

 美楽は改めてアンナとシスターに深々と頭を下げた。

 「えーと次の第8なんだけど、今回は諸事情で欠席だから私からせつめ...。」

 「いらない。ついでに私のも割愛して、帰りたい。」

 最後の一人であろう人物が、リーリヤの言葉を遮った。語尾に怒気のような苛立ちを含ませていた。

 「もー!なんでみんなそんなに無愛想なのよ!せっかく9人揃ったってのにー!一度くらいはいいじゃないか、歓迎会みたいのをやっても...。」

 「あのーもう帰りましたよ...。」

 「えええーーーっ!」

 シスターがリーリヤを指摘した時には、部屋の扉は閉まりかけていた。またもや妙な静寂が蘇った部屋は、蝋燭が静かに燃える音だけが残っていた。

 「私たちだって、ろくな出会いじゃなかったでしょ…。」

 リーリヤがボソッと呟いた言葉が耳に張り付く。今のメンバーの出会いは、今回のように楽しく全員集合という感じではなかったと美楽は想像する。新人である美楽に少しでもマシな歓迎をするために、リーリヤがいい雰囲気で進行しようとしていたことを今になって理解する。確かに、正直自分たちのような普通の人間が、唐突に人類のために命をかけろと言われて、正気でいられる訳が無い。今回は美楽のような楽観主義者だったからよかったものの、”普通”の人間が背負ってもいい重荷ではない。

 「ま、まぁとりあえず総勢9名の魔女がやっと揃ったってことで、今日は記念日ってところかしらね!」

 平穏を装っているリーリヤの声には、若干の不満と不安が滲み出ていたのを、その場の全員が察した。

 「あれ、そういえば魔女は9人って言ってたんですけど、私がくる前はずっと8人だったんですか?」

 美楽はこの重い空気をどうにか変えたくて、まだ疑問点が残る魔女システムのことについての話を振った。

 「それは私から説明しよう。」

 リーリヤに話を振ったつもりがなぜか部屋の天井から男性の声が降ってきた。えっ、と驚きの声を漏らして頭上を見るが、豪華で煌びやかなシャンデリアが視界に入る。しかし、人影はどこにも見えない。

 「”契約主(けいやくぬし)”様よ。この魔女システムの創設者であり、管轄しているお方。唯一この”権視廟”と交信できる人でもある。お姿は決して見せない。天井から聞こえてくるけどいくら上を見てもいないわよ、美楽。」

 「契約...主...。」

 いかにも上位者のような単語が聞こえてきて、思わず萎縮する。普通の人間だった自分たちだけで人間社会を守り抜けというのは、いくらなんでもハードミッションすぎると思っていたら、やはりまとめ役がいたらしい。

 「カーテーン、後の説明は私がするから任せて欲しい。」

 少し歳をとっているかのような貫禄のある、よく心に響く声。その声だけでプレッシャーなるものを感じる。

 「了解しました。」

 さっきまでの雰囲気とは全く違うリーリヤの対応に、さらに契約主の権力の高さを思い知る。多少の恐怖心が脳内を駆け巡っているが、なんとかして平静を保つ。リーリヤだけではなく、他の全員の表情も同様に真面目な顔になっていた。

 「はっはっは!そう固くならなくていい。なにせ君は今より魔女の一員だからね。あぁ、正確には今朝かな?」

 今朝、と言われて何かあったかと考える。今朝はいつも通りに起きて、学校に登校して授業を受け、下校したはずじゃ。


   “いつも通り”?違う   


 今日一日は何もかもが”異常”だった。しかし、美楽の脳内には今朝の記憶はぽっかりと穴が開いていた。

 「まぁいいさ。さっきの質問だけでなく、君が知りたそうなこと全てを答えてあげよう。」

 まるで心の中を見透かされた気分になる。ティフレットの瞳とは違い、直接的に脳内を見られている感覚になる。

 「私は先程カーテーンから紹介された通り、魔女システム創設者にして管轄を行っている”契約主”と呼ばれている者だ。諸事情で君たちと面と向かって会話することはできないが、君たちの面倒はまとめて私が見るよ。さて、君の一つ目の質問だったな。君が揃うまでは魔女は8人だった。君が今いる第3の魔女の枠、いわゆる前任者が殉職したためだ。約1年前、君が今日対峙した”空の刻”の襲撃によって、悪性”渇望”が死亡した。魔女は基本的に殉職した場合や引退した場合は、すぐさま現在生存している人間から自動的に選ばれるはずだが、君が選ばれるまでの一年間現れなかった。私としても少々まずい事態であったため、残された8人での補填されるはずの人物の捜索を指示した。魔女の素質がある者は、一般人よりも運命に引かれやすいから、いずれ見つかると思っていた。しかし、現実はこうだ。何がトリガーとなったのかは分からないが、約一年越しに君という人物が第3の魔女として選ばれた。今日の朝方、チェーシードからの報告を受けて、念のため全員に召集をかけた、ということだ。結果、無事に本来の9人が揃ってめでたしめでたし。ということにはなったが、君には理不尽で唐突ながらも、”魔女”として責任を負ってもらうことになる。君には既に常人離れした能力が発現しているからだ。」

 「分かっています。私にもできることがあるから運命に引かれた、そういうことですよね?」

 「そうだとも、理解が早くて助かるよ。流石”包括”だね。」

 本心ではあったものの、自分の口からここまで決意めいた言葉が出てくるとは思わなかった。口が勝手にというよりは、脳が言わなければならないことを無意識に判断しているようだった。

 「さて、君が対峙した”空の刻”に関係のある話をしようか。」

 その言葉に息を飲む。今日半日くらいずっと考えていたことについての話だ。あわよくば、答えが分かるかもしれない。

 「魔女には明確な”敵”が存在する。それは”魔人(まじん)”と呼ばれる魔女と対を為すモノたちだ。”空の刻”も魔人のうちの一人だ。彼らは我々人間の滅亡を企んでいて、そのために不定期で間接的にニューヨーク市を攻撃してくる。一般人からは何も感知できない範囲で、魔女が未然にそれを防いでいる。魔人はそれぞれ、人間が恐れる自然の驚異の名を冠している。我々が彼らを初めて確認したのは約25年前だ。2070年、その年から徐々に自然災害の件数が増えてきたことを疑問に思い、調査したところこれらのことが判明した。本来の魔女の役割は、将来的に現れる人間と敵対する存在のための自衛機関、且つ社会で起きる不可思議な事件や事故の対応をすることだった。しかし、君が知っている通り、人々がニューヨーク市に移住して以降、犯罪件数は徐々に減少していき、警察機構も縮小傾向にある。そのため、いわゆる魔女システムは実質的には”機能していなかった”。ところが、魔人の発見により自然災害はもちろん、不可解な事件が増加してきた。この約25年間、魔人と幾度となく対峙してきたが、完全に仕留めた数は0。撃退は何度かあるものの、そもそも何人いるかすらも分からないのが現状だ。以上が、今我々の直面している事態の全体像だ。まだ人類に大きな損害は被っていないものの、この均衡状態がいつ崩れるかも分からない。君が思っている以上に事態は深刻だ、残念ながら。」

 あまりの情報量に混乱しつつも、いつも通りの楽観主義でおおよそのことは理解する。答えらしきものは返ってきた。あの自分にそっくりな少女はやはり、完全な”敵”であることがわかっただけで十分だ。自身の中に明らかな闘争心が芽生えだしたのを感じ取った。

 「大丈夫です。上手く言葉にはできませんが、自分の使命というか”宿命”たるものは理解しました。」

 ふと空の刻の顔が思い浮かぶ。どうにかして自分との関係性を聞き出し、この事態の収拾を付けさせたいところ。

 「うむ。君はその悪性のおかげか、十分に肝は据わっているようだ。安心したよ。では、私はここで失礼させてもらうよ。後のことはカーテーンに聞いてくれ。」

 「お疲れ様です、契約主様。」

 契約主が交信を切ると、張り詰めていた空気が一気に解けた。

 「まさかとは思ったけど、契約主様がいらっしゃるとは。急な出来事でごめんなさいね。」

 さっきまでの重く緊迫した空気から解放され、肩が軽くなったかと勘違いする。深呼吸をして、名一杯酸素を取り込む。息をすることすら忘れるほどの時間だった。

 「まぁ、何かあれば私以外の誰でもいいから、頼ってね。基本的には、魔人が襲撃してきた時や魔女が行くに値する事件が起こった時に召集指示をするから。それ以外は気を楽にして、普段通りの生活を送ってくれて構わないから。」



 「普段通りの生活って言っても、気になることも考えることも多すぎて、困るなぁ。最近は睡眠不足だし。」

 あれから召集指示などは特にない。魔女のメンバーとは住んでいる区画が違ったり、そもそも何も情報がない人だっている。普段通りの生活を送っているつもりでいるが、どこかぎこちない行動をとるようになった。これから自分の“運命”は何に引かれていくのか、不安でしかなかった。

 「今日は日向とお出かけだったな...。ちゃんと楽しめるかなぁ。いやいや、何を不安がっているんだ!いつも通りの私にしなきゃ!」

 両手で頬をマッサージして、口角を上げる。よしっ、と呟いて玄関に向かう。黄色のシューズを履いて、コツコツと鳴らして合わせる。行ってきます、と呟いて部屋を後にする。


 そう、これは非日常が日常になる物語。






 夜景。夜のニューヨーク市はビル群の明かりを伴って、綺麗な夜景を作り出す。

 煌々。煌めく街の明かりは、寒くなり乾燥した空気を直進させていく。

 屋上。ひとり少女はとあるビルの屋上で立ち尽くしていた。

 群青。暗い青の衣装に身を包んだ少女は不適な笑みを浮かべていた。

 魔女。少女は忌まわしい存在の名を口にした。

 

 「せいぜい抗ってみせなさい、主人公さん。」


 少女は、ビルから飛び降りた。




 第2話 再演  終


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